第18話ウィークエンド

九月第一週の土曜日。

渋谷のクラブ〈タイタン〉は、週末に来店するクラブピープルで大混雑していた。

毎週土曜日は〈バンキッシュ〉というイベントのため、都内や近くの県から大勢の若者が集まってくる。


〈タイタン〉は全国一の集客力をほこるビッグクラブである。平日でも千人以上のクラブ好きな男女が、酒を飲んで盛りあがりにやってくる。

場所は、渋谷駅近くのファッションビル〈109〉から、道玄坂をのぼった円山町のホテル街。

三種類のコンセプトのダンスフロアがあるが、週末はすべてのフロアが人混みでごった返す。深夜0時までに入場すれば、男性は1000円、女性は入場無料プラス2ドリンク。そんなリーズナブルな料金も、人気の理由のひとつだ。

五階のメインフロアでは、DJブースの前方にせり出した半円形のステージで、ゴーゴーダンサーユニット『ピーチ』が踊っている。

ゴーゴーダンスとは、EDMの曲にあわせて、ビキニ姿の美女が自由な振りつけで踊るものだ。クラブやDJイベントの華である。

『ピーチ』のメンバーは、北海道出身のライラ、コロンビア人のマリア、そして、ゴーゴーダンサーのトップ集団『ギャラクシーエンジェルズ』にスターダンサーとして所属していた美弥の三人である。

リーダーのライラは、以前に〈タイタン〉のスタッフとして働いていた。ゴーゴーダンスが大好きで店に通っていたところを、女性看板DJ『レイカ』にスカウトされた。

新人時代のライラは、ゲスト客を呼ぶイベンターとして毎週のように集客新記録を達成して、 DJやスタッフの間で名を知られていた。

ある日、クリエイターの『MAKI』という男性と偶然に出会い、彼のプロデュースによってダンスユニットの『ピーチ』が結成された。彼女のサクセスを描いた映画もつくられて、全国のクラブファンにその名を知られるようになった。

そのライラがひきいる『ピーチ』は、月に四日、土曜日に〈タイタン〉に出演している。ライラは新人時代からのファンも多いため、〈バンキッシュ〉の夜はフロアが人また人で埋めつくされる。


ステージの後方では、『DJレイカ』がプレイしていた。レイカは今、女性では間違いなく日本一のアーティストである。《タイタン》のレジデントDJをつとめ、女性として異例の年間300本の出演数をこなしている。


彼女はイベントの音楽プロデューサーでもあり、有名コスメブランド『LUEUR(リュエール)』のパーティBGMや、シューズメーカー《ELIZABATE(エリザベート)》のテレビCM曲も手掛けている。

POPS、EDM、HIPHOPを中心に、ジャンルレスなMIXと遊び心あふれるプレイテクニック、激しいパフォーマンスで観客を盛り上げる実力派DJだ。


オリジナル曲『Remember me(リメンバーミー)』『I wanna real(アイワナリアル)』は、iTunesチャートでダウンロード数1位を獲得している。

最近では、国内の地方都市のクラブや、台湾、韓国などの海外にも招待されて、その名声はスケールアップするいっぽう。ダンスミュージックファンから絶対的な支持を得ている。



『ピーチ』の四十分の出番が終了して、三人はステージの袖に引き上げた。メインフロアにはまだレイカの曲が流れている。

《タイタン》のバックヤード(控え室)は、六階の J-ポップフロアの裏にある。シャワールームやドレッサーが完備していて、出演者やスタッフの休憩所や準備室として利用されている。


『ピーチ』の三人は、冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出して、ステージで流した汗の水分補給をした。交代でシャワーを浴びると、私服に着替えてソファーに腰を落ちつけた。

「みんな、お疲れさま」『ピーチ』のマネージャーで、高木という三十代後半の女性が三人を出迎えた。「〈ヒカリエ〉でサンドイッチ買ってきたから食べてちょうだい」

「ありがとうございま〜す」と三人が声をそろえて言った。


「ねえ高木さん、来週の《アルティマジャパン》だけど、タイムテーブルの詳細もう来ました?」と、ライラがメイクを直しながらたずねた。

「あ、それならボスからラインで送ってきたよ」と美弥が答える。「二日目の夕方四時半と、三日目の六時の2ステージだって」

「ちょっとライラちゃん。ラインチェックしてるの?」と高木はややあきれた様子でたずねた。


ちなみに、"ボス"とは、gogoダンサーのトップ集団『ギャラクシーエンジェルズ』のプロデューサー『DJ サンダーケリー』のことで、本名はアレックス的場という。

美弥が『ギャラクシーエンジェルズ』に所属していた関係もあって、『ピーチ』のプロデューサー兼DJをつとめている。ライラの映画パリピ!では、EDM曲の音楽監督も担当した。


「そうなの? ありゃあ、知らなかったわ。あとで見とこっと」とライラが言った。「あたしラインの未読めっちゃたまってるから、気がつかなかったよ〜」

「イージーミス!本番までもう一週間じゃんか!」とマリアが言った。

「わかったわかった。ここんとこ忙しかったから許してよ」と言って、ライラはヘアメイクを続けた。「にしてもさ、初めての《アルティマ》びびる〜。

あたし、夢だったんだ。二十歳のときに友だちと見に行って、いつかあの舞台に立ってみたいってね」

「夢がかなって良かったね、ライラちゃん」と美弥が言う。彼女の性格は、三人の中ではいちばんおっとり派だ。「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。楽しんで踊ればいいんじゃない?」

美弥は『ギャラクシーエンジェルズ』のスターダンサーとして《アルティマジャパン》のステージに何度も立った経験があるので、余裕である。

「あたしはぜんぜん平気。ウェルカムって感じ。あ〜、楽しみだなあ!」とマリアは鼻歌まじりで言った。

「あんたにはプレッシャーというものがないの?能天気だよねえ」

「ライラ、ポジティブシンキングね。人生前向きに生きなくっちゃ!」


彼女たちが話題にしている《アルティマジャパン》とは、世界三大EDMフェスティバルの一つ《Ultimet Digital Challenge(アルティメット・デジタル・チャレンジ)》、通称アルティマのことである。

その日本版アルティマジャパンは、毎年九月に三日間、千葉県の幕張海浜公園で開催される。十万人以上の観客を集める、まさにパリピの祭典なのだ。


「お疲れ〜。あんた達もうシャワー浴びたの?」DJレイカが、フラフラになって部屋に入ってきた。

「あ、レイカさん。お疲れ様です」と三人が声をそろえた。「使わせてもらいましたよ。今日はもう出番が終わったので」

「うらやましいわね。あたしも少しは休日欲しいわよ」レイカはソファーにドッカと腰を下ろしてため息をついた。

「レイカさん毎日ですもんね。大変だなあ」とマリアが言う。

「DJはけっこう消耗するのよ。もしかしたらダンサーより疲れるかも、あ〜だるい」レイカは片手で首の後ろをマッサージした。テーブルの上のバリスタマシンからコーヒーを注ぐ。

「あっ。そう言えば、レイカさん。《アルティマジャパン》の出番っていつでしたっけ」とライラがたずねた。

「DAY2とDAY3の二回だよ」

「日、月ですか」とライラが言った。「それにしても、レイカさんすごいなあ。《アルティマジャパン》のメインステージに二日間も出るなんて、尊敬しちゃうわあ。もうスーパースターですよね」

「そう言うけどね、けっこうあたしにもプレッシャーはあるのよ」コーヒーを飲みながらレイカはつぶやいた。「まわりは世界の有名DJばっかりだからさ」

「レイカさんは女性DJの日本代表なんだから。女の子のファンが泣いて喜びますよ」マリアがソファーから身を乗り出して言う。

「マリアったら嬉しいこと言ってくれるじゃない。っしゃあ〜、頑張るからね!」とレイカは、背伸びをして身体をほぐした。「あとワンステージ行くか〜」

と、その時、三十歳くらいの男性が部屋に姿を見せた。テキーラショットのグラスを手に持って、鼻歌まじりに踊っている。

「お〜、ライラ!久しぶりじゃねえか」男性はテキーラをあおった。

「あ、トモティーさん!ごぶさたしてます」ライラが頭を下げた。

トモティーは、レイカと同じく《タイタン》のレジデントDJである。ライラがスタッフとして働いていた頃の大先輩だ。

「三人も可愛い子ちゃんそろって、何やってんの?」トモティーは『ピーチ』のメンバーに顔を近づけた。

「こらっ、トモ!セクハラしてんじゃね〜よ。テキーラ回っていかれてんのか、お前は」とレイカが怒鳴った。

「いやいや、セクハラじゃないっすよ、レイカさん。この子たち本当に可愛いんだから。僕もファンなんですよ」トモティーが両手を広げて弁解した。

「えっ。トモさんあたし達のファンなんですか。嬉しいな」と美弥が言う。

「アイムソーグラッド!」とマリア。

「こいつの言うこと間に受けない方がいいよ。可愛い女にはみんな同じこと言ってるからね」とレイカは言って、トモティーを見下した。

「いや、俺そんなナンパじゃないっすよ。人聞きが悪いなあ、もう」と言ったが、いかにも言い訳じみている。

「言えてる〜。あたしがいた頃から、トモさん女の子にテキーラバンバン飲ませてたもんね〜あはは」とライラが言った。

「何なんだ、こりゃ。セクハラじゃなくてパワハラじゃんか。やってらんねえな」と言って、トモティーは引き上げていった。


「ねえ、ライラちゃん。ここで働いていた頃、集客の新記録つくったって聞いたけど、ほんとなの?」と美弥がたずねた。

「まあね。とりあえず野郎どもには人気あったからね。でも、女の子のファンもけっこういたよ。あの頃は、それはそれで気楽に楽しんでたかなあ」とライラは新人時代をふり返った。

「ライラはスタッフになっても、お立ち台の花形だったもんね」とマリアが言う。

「gogoダンサーになったきっかけって何だったの?」と美弥がきいた。

「うん。あれはね、まだスタッフになる前に、ここに通ってお立ち台で踊ってた時かな。自称クリエイターのさえないオジさんと、ふとしたきっかけで仲良くなってね。その人と親子のようなつき合いをするようになって、それから運命が変わっていったのよね」とライラは昔を懐かしんだ。

「え、それってMAKIさんのこと?」と美弥が言った。

「そうだよ。あたしの東京のお父さん」とライラは答えた。「パチンコ北斗の拳の中毒でさ、ギャルが大好きなエロおやじ。あはは」

「ノーノー、ミスターMAKIはああ見えて紳士なのよ〜」とマリアが言う。


ライラ、本名・川原木ひかりは、当時、北海道からgogoダンサーを夢見て上京したばかりだった。

五年前、まだタイタンの客として遊びに来ていたころ、クリスマスの夜に、小説家のMAKIと知り合った。

ライラの才能を見抜いたMAKIは、落ちぶれた人生からの復活をかけて、彼女をスターにするためのアイデアを考え出したのだ。


ライラを主役にした実録映画〈パリピ!〉を企画したMAKIは、自らの脚本・監督で映画を作り上げて大ヒットさせた。

『ギャラクシーエンジェルズ』のプロデューサー『DJサンダーケリー』に掛け合って、彼女たちの出演も勝ち取った。

映画の制作と並行して、gogoダンサーのアイドルユニット『ピーチ』の結成も手掛けた鬼才である。いわばライラの育ての親であり恩人なのだ。

忙しい現在でも二人の交流は続いており、MAKIはライラの相談相手として何かと彼女の面倒を見ている。


「へえ、MAKIさんとライラちゃんて、運命のような間柄なのね。何だかステキ」美弥が言った。

「楽しい人だよ、まーきーは。頭が良くて才能もあるしね」ライラはMAKIのことをまーきーと呼ぶ。

「あたしはミスターMAKIが好き!見た目よりぜんぜん若いしノリが良いから、ラティーノの女の子にはモテると思うね〜」とマリアはライラに言った。

「それ聞いたらまーきー大喜び間違いなしだわ」とライラはうなずいた。


「さあて、帰ろうか。明日から《アルティマジャパン》にそなえてスタジオで練習しなきゃ」ライラは立ち上がった。

「ユニフォームを集めてちょうだい。クリーニングに出しておくから」と高木マネージャーが三人に言った。

「お願いしま〜す」と美弥が言う。


「《つるとんたん》でご飯食べていこうよ」とマリアがみんなを誘った。

「おけまるん!」とライラ。

「あら、いいわね。行きましょ」

『ピーチ』の三人とマネージャーは、大きなバッグをかかえて《タイタン》を後にした。

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