第14話アイツは歳下の女の子

西新宿のパソコンショップ〈ベロシティ〉で、バーチャルユーチューバー『ユメノココロ』のDVDと『初音ミク』のボカロのソフト〈ミクミクダンス〉を購入した杉本晴夫は、実家の楽器店に戻るところだった。

いつもどおり、ココロちゃん(とファンは呼ぶ)のYouTubeに夢中になって、ながらスマホで新宿通りを歩いていた。

だが、晴夫の頭の中は、店で遭遇した女子高生のことで頭からいっぱいだった。その女の子とは、つまり〈純粋女学院〉理事長の娘『水戸井ジェニファー』のことである。

スカイブルーの制服に身をつつんだ、金髪のハーフ。女子高生とは思えない大人びた態度に、なんとなく胸がときめいた。彼女も『ココロ』ちゃんのファンだと知って、親近感がわいたせいもある。

「まったく、二十六歳の俺が、なぜあんなガキに気をとられているんだ?」とは言いうものの、晴夫の顔は思いっきりニヤついている。アニメの萌えキャラ好きな、ロリコン丸出しの状態だ。「あのガキ、生意気で完全に上から目線だったぜ。けど、めっちゃ可愛いかったよなあ…って、おいおい、年齢差を考えれば犯罪だぞ、犯罪!」

彼女いない歴十年以上の晴夫は、YouTubeはうわの空で、完全なる妄想を思いうかべていた。女子高生と禁断の萌えラブかよ。うへへ。

それからしばらく歩いて、ちょうど歌舞伎町の入り口にさしかかったときだった。

「よお、坊主!」

物思いにふけっていた晴夫は、その声を聞いてふりむいた。ぼろぼろのキャップをかぶって眼鏡をかけた六十代くらいの男と、白髪のおばさんが目のまえに立っていた。

「お〜おっさん。またパチンコかい」と晴夫は言った。「おばちゃんこんちわ」

「あら、元気そうじゃない。よく会うわねえ」

そんなに会ってないけどなあ、と晴夫は思った。口には出さなかったけれど。男性のほうは、なんだか機嫌が悪そうだった。まあ、理由は見当がつくけどな。このおやじ、単純だもん。

「おめえ感が鋭いな。そうだ、パチンコだ」男はそれが当たりまえのように言った。「おめえはどこ行くんだ?」

「西口で買い物してきたんだよ」晴夫は答えた。「こんな時間に外で何やってんだよ。また負けたのか」

「ふん、ナマ言いやがって」男はタバコをふかしながら言った。

やっぱり。いくらくらい負けたのか、それもだいたい想像がつくけどな、と晴夫は予想した。

「あんたの言うとおりだよ!」白髪のおばさんが、大声でグチった。「よせばいいのに、朝から大ハマりでさ。八万も突っこんでこのざまよ。やめろって言うのに聞かないんだよ」

俺に言うなよ。それが晴夫の正直な感想だ。この夫婦、しょうもなっ!

「うるせえ!北斗無双の角台が今日は爆発するはずだったんだよ!」と男は不機嫌そうに言った。

「おっさん。いい歳してギャンブルにのめり込むなって。どうせ店の金使いこんでるんだろ」と晴夫は言いすてた。北斗無双なら、プレステのゲームやりゃいいじゃんか。ケンシロウの強敵(とも)のグラフィックだって、パチンコの比じゃないぜ。俺は、やっぱ聖帝サウザー派。ひかぬ、こびぬ、かえりみぬ!天翔十字鳳〜ってな。

「そうなのよ。おかげで商売あがったりよ」と言って、おばさんが男の頭をひっぱたく。晴夫は現実に引き戻された。

「くそっ。明日は朝から並んでリベンジしてやる!」と男は息巻いた。


このパチンコ中毒オヤジとおばさんは、歌舞伎町の入り口にあるパチンコ屋〈ハナマル〉の常連客である。

一年ほど前に偶然知り合ったのだが、晴夫は二人の名前を知らない。パチンコにのめり込んでいるさえない夫婦ではあるけれども、街で会うとなぜか話がはずんだ。

母親を亡くした晴夫にとって、とくに中年のオバさんには気をゆるしている。夫婦は、区役所通りで居酒屋を経営している。土地を持っているので、店は小さいけれどかなりの金持ちなのだ。

「パチンコもいいけど、ほどほどにしとけよ。あんまりハマると身を滅ぼすぞ」はるかに歳下の晴夫は、男に説教をたれた。

「生意気いってんじゃねえよ」男はタバコを捨てて言った。「じゃあな。くそっ、ムカつく!」男はそう言って、パチンコ屋の方に戻っていく。

「あんた!今日も十万コースなのかい。今日は爆発しないんだから。撤退したほうが身のためだよ」文句をたれながら、おばさんは後を追った。

「おいおい、まだやるのかよ。しょうがねえなあ」晴夫は夫婦を見送って、ふたたび歩き出した。


昼間に立ち寄ったコンビニの前に来ると、晴夫は携帯のライン画面をひらいた。友だちとのトーク欄で『ジァニファー』をさがした。あれっ?無いぞ。よく見ると、『クリオネ』という名前がある。ありゃ、あいつ俺がつけたあだ名を使ってるじゃん。晴夫の表情が思わずゆるむ。気に入ってくれたのか。可愛いところあるじゃん、えへへ。

超絶美少女が少しだけ歩みよってくれたことが、女っ気のない晴夫には夢のような出来ごとだった。

アイコンの欄をクリックして、トーク画面を開いた晴夫は驚いた。

「おっ!」

見ると、なんとクリオネからメッセージが届いている。


今日はご苦労であった

のぞむなら友だちになって

やらんでもないぞよ

『ココロ』ちゃんに免じて

ゆるしてやる


ちぇっ、えらそうだなあ。お姫さまかよ。そう思いつつも、メッセージが届いたことに晴夫は浮かれた。しかも、おまけにディズニーのスタンプまで押してある。

「へえ、可愛いとこあるじゃん」なんだかんだ言っても、十代の女の子なんだな。晴夫は心をなごませて、返信メッセージを入力した。


はいはいお望みいたします

仲良くしような

歳の差は気にするな

あぶない人じゃないから

心配するな


メッセージを入力すると、晴夫はアニメの『キスバン』の動くスタンプを押した。

今日は面白い一日だった。そう思いながら、実家の楽器店にむかった。


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