第11話新たな出逢い

「クリオネ!」

杉本晴夫は叫んだ。

それを聞いた水戸井ジェニファーは、めずらしい昆虫か小動物でも見るような顔をして、晴夫をみつめている。

ジェニファーは腰に両手をあてて、晴夫の顔を見あげた。頭をかしげて「そなた、なかなか面白い生き物であるな」と言った。「ふむ。クリオネとか申したが、それは可愛いらしい人形なのか?」とジェニファーはたずねた。

「俺はペットかよ。クリオネってのはな…」晴夫はスマホを取り出して、クリオネ、画像、と打ち込んだ。すぐに写真が出てきた。「ほら。これ見てみろよ」

「ちょっと貸しなさいよ!」助沢のぞみがスマホを取りあげた。画面を見たとたんに顔つきを変えた。「なによ、これ。魚?虫?エイリアン?こんなへんてこりんな生き物がジェニファー様に似ているだと!無礼にもほどが…」

「まあまあ、そう怒るでない。どれ、われに見せてたもれ」とジェニファーは画面を見た。「ん。なかなかユニークな形をしておるではないか。で、この生き物がわれにどのような関係があるのだ」

「いや、だからさ。おまえ肌が透きとおってて白いだろ。眼はオレンジ色だし、ブレザーがスカイブルー。そのままじゃんか。だから、クリオネってあだ名つけたんだよ」晴夫はかみくだいて説明した。

「ふむふむ。面白いたとえだな。で、あだ名とはなんぞや?」とジェニファーは言った。

「なんだと。世間知らずにもほどがあるぞ。おまえはどの星で生まれたんだ」晴夫は目のまえの少女にイライラしてきた。「あだ名っていうのはな、本名とは別に親しみやすい呼び方をすることだ」

「それで、われはこの生き物に似ておると申すのだな」

すると、ジェニファーは左の女子に顔をむけた。「角田、この生き物を知っておるか」

「は。クリオネとは、動物界、軟体動物門、複足綱、裸穀翼足目、ハダカカメガイ科の生物です。北極海や南極など、冷たい海に生息しております」と角田は、クリオネの生物学的な属性を説明した。「ですが、このような下等な生き物とお嬢様をくらべるなど、とんでもございません。この無礼者、ここで成敗いたしましょうか?」

「いやいや、それにはおよばぬ。それに、よく見るとなかなか愛らしいではないか」とジェニファーは言った。「われと似ているとは、この生き物も幸せだな」

「おまえら、なにわけのわかんないこと言ってるんだよ」晴夫はしびれを切らして言った。「ところでさ、高校生ふぜいがこの店で昼間からなにやってるんだ」

「いいかげんにタメ口をきくな!」と助沢が言う。

「お嬢様はバーチャルアイドル『ユメノココロ』ちゃんのファンなのよ!」と角田が言う。

「それと、ボカロが好きだから新しいパソコンを買いにきたの!」二人が声を合わせて怒鳴った。

助沢と角田はつんけんした態度を続けるが、晴夫はそれを聞き流してジェニファーに言う。

「おっ、『ココロ』ちゃんとボカロ?俺と同じ趣味じゃんか」晴夫は一転して笑顔をうかべた。「女子高生に手を出すのは犯罪だけど、友だちならいいよな。おい、ジェニファー。仲良くしようぜ」

「友だちだと!この変態め、ろうぜきにもほどがある。平服せんか!」と助沢と角田が声をそろえて言った。

「あ〜よいのだ、そなたたち。この者は孤独な引きこもりなのであろう。よし、情けだ。助沢、われの携帯を出してたもれ」とジェニファーが言う。

すると、角田がバッグからギャラクシーの最上位機種〈 S21 5G 〉をとり出した。

「ラインの友だち追加画面をひらいてたもれ」ジェニファーは命令した。

「はい、ただいま」と助沢はいんぎんに答える。ラインの画面を開いて、QRコードを表示した。

「この者に見せてやるがよい」とジェニファー。

「こら、変態男。お嬢様がありがたい情けをかけてくれたのだ。このコードを読みこめ!」助沢が晴夫に指図した。

「おまえら、つくづく年上をなめてんな。ま、いいや。趣味も合うし、友だちになってやるよ」と晴夫は言って、ジェニファーを友だちに追加した。

「けなげだな。見ろ、助沢、角田。喜んでおるぞよ。なんとも無邪気ではないか、おほほ」と言って、ジェニファーは上から目線で笑った。

「意味わかんないけど、まあいいや」と晴夫は言った。「ところで、『ココロ』ちゃんが好きだっていうけど、なにをさがしにきたんだ?」

「こら、直接話しかけるな!」と角田が言った。「今日はだな、バーチャルユーチューバーとボカロの機材を購入しにきたのだ」

「へえ、そうなんだ。なら俺がえらんでやるよ。ついてきな」晴夫は三人をさそって通路を進んだ。

「行こうではないか。それに、このものはなかなかクレバーであるぞよ」

クレバーは利口という意味。ジェニファーはそう言うと、助沢と角田をつれて歩き出した。

「はい、お嬢様」「はい、お嬢様」

「おい、なにしてんだ。はやく来いよ」と晴夫は言い、奥のコーナーに向かった。

バーチャルチューバー(ブイチューバー)とボカロに必要な機器は、それぞれまとめてディスプレイしてあった。

ブイチューバーには、パソコンと3Dモーションキャプチャー用のツール。モーションキャプチャーは、人の身体にセンサーをつけて、その動きをもとに3DCGキャラクター化することだ。あとは、編集用のソフトウェア、そして音声録音機材。

ボカロ(ボーカロイド)には、DTM(デスクトップミュージック)で音楽を作る環境を整えることが必要である。そのために、CPU(セントラルプロセッシングユニット)、メモリー、ともにできるだけハイスペックなパソコンを使用する。あとは、DAW(デジタルオーディオワークステーション)という音楽制作のためのソフトウェア。そして、マイクやギター、シンセサイザーなどの周辺機器がおもな機材である。

専門的な話になったので、もとに戻そう。

晴夫は、ブイチューバーとボカロのコーナーの展示スペースに立って、女子高生三人組を待った。彼女たちがくると、説明をはじめた。

「ジェニファーは、ブイチューバーとボカロは経験者なのか?」とたずねた。

「ある程度であるな」とジェニファーが答えた。

「おまえさあ、その女王様言葉やめてくれないかな」晴夫は言った。「すげえ距離感あるし、やりにくいんだよな。だいたい、俺のほうがはるかに年上なんだから、敬語とは言わないから、せめてふつうのタメ口で話せよ」

「タメ口とはなんぞや?」とジェニファー。

「あちゃ〜。めんどくさい。もういい」晴夫はあきらめの境地だ。

「とりあえず、経験者ということなら、話は早いな。PCはなに使ってんの?」

「助沢、知っておるか」とジェニファーはたずねた。

「はいお嬢様。ブランド名はわかりませんが、Windowsパソコンでございます」

「だそうだ」とジェニファーは答えた。

「スペックは聞いてもムダそうだな。でも、いちおうブイチューバーやってるんなら、CPUとメモリーは大丈夫だろう」

晴夫はボカロのコーナーに目をむけた。「ボカロの経験はあるのか?」

「存ぜぬ」とジェニファーは答えた。

「そっか。PCは今のままで使えるよ。あとは、DAWとオーディオインターフェイス、スピーカーとヘッドホンだな」晴夫はそう言って、棚に展示された商品を物色しはじめた。

「え〜と、どれがいいかな。これいくらだ…えっ、めっちゃ高い!。JKが買える金額じゃないな。ん、待てよ」というと、晴夫はジェニファーのほうをむいた。「おまえ、予算はいくらだ」

「予算?おかしなことを申すな。金に糸目はつけぬ」とジェニファーはしらっと答えた。平然としている。

「マジか!」晴夫はのけぞった。どんだけ〜と心の中で叫んだ。「そうか。お嬢様学校の理事長の娘だから、金はいくらでもあるんだな。なら話は早い。俺が最高級の環境をつくってやるから待ってろ」

「では助沢、角田。この者のつとめが終わるまで、どこかで茶でもしよう」とジェニファーは言った。

「はい、お嬢様」と二人は答えて、店を出ていこうとする。

「おいおい、どこに行くんだよ!」と晴夫は三人に呼びかけた。

「カフェに行く。用がすんだら、ラインしろ!」と角田が言って、三人は去っていった。ひとりとり残された晴夫は、あぜんとして立ちつくしていた。

「どういうこと。俺は執事か?」

まあいいや。それに、あのハーフけっこう可愛いしな。アニメからとび出してきたようなルックスだし。ここで恩売っとくのもわるくないぞ。

晴夫はそう思いながら、ニヤニヤと笑みをうかべていた。ロリコンの下心がまる出しになっている。

ともあれ、性格は別にして、十代の可憐な女の子のためにひと肌脱ごうと晴夫はきめた。長らく女の子に縁のない晴夫は、久しぶりの異性との接触に、少なからず胸をときめかせていた。

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