第3話週末のクラブにて

東京都内、JR渋谷駅。

山手線のハチ公口改札を出て、駅前の交差点をわたり、右方向の公園通りを進んでいく。大手デパートを横に見ながら、ゆるい坂道をのぼって十分ほど。大通りから目立たない路地裏に〈ランスロット〉というクラブがある。ギャルモデルやタレントがあつまることで有名な、おしゃれなクラブ通に人気の有名店だ。

ランスロットとは〈アーサー王物語〉に出てくる伝説の人物である。王妃グィネビアとの不義により、円卓の騎士の崩壊をまねいたことで知られている。

ちょっとしたトリビアなので、参考までに。


深夜、クラブ〈ランスロット〉のDJブースでは、高城ダニエル健二がパイオニアのコンソールマシンCDJ3000の前に立ち、ラップトップパソコンの MackBook Air を操作していた。

高城は、トラックメーカーという、オリジナルの曲をもつDJ兼プロデューサーだ。いまどきのEDM (エレクトロニックダンスミュージック)業界では、クラブ専属のDJより、トラックメーカーのほうが人気が高く、売れる傾向がある。職業としての安定感こそ低いが、自前の曲があるために人気や知名度もあがりやすいのだ。

このあたりの事情はクラブにくわしい方にしかわからないだろうから、ざっと理解してもらえればいい。

彼のプロフィールを紹介しよう。高城はダニエルというミドルネームをもつが、外国人でもハーフでもない。大学と両親の仕事の関係で長くアメリカに住んでいたので、こういう名前がついたのだ。

カリフォルニア州ロサンゼルスのパサデナという街にある、通称カルテックとよばれる〈カリフォルニア工科大学〉の出身で、経営学の修士号をもっている。

彼は三十歳、独身である。身長180センチ。もちろん、英語はネイティブでりゅうちょうに話す。欧米人のような彫りの深い鼻すじのとおった顔つきだ。トレードマークは、アッシュブロンドに染めた銀灰色の髪の毛。ごく親しい仲間には健二と言われるが、それ以外の人には、高城、またはダニエルというミドルネームでよばれることが多い。

彼の本業はファッションデザイナーである。なので職業柄、洋服にはこだわりをもっている。なかでも、ブランドアイテムの〈グッチ〉と〈シャネル〉に目がない。つまり、おしゃれは彼のライフスタイルそのものなのだ。

高城は、都内でも指おりのファッションの街である表参道で、自分がデザインした服のアパレルショップを経営している。最近では、みずからデザインする下着のプロデュースもはじめた。

もとスケートボード選手で、カルテック時代には、ロサンゼルスの〈Xゲームズ〉という大会で準優勝したこともある腕前だ。

とにかく多彩である。マルチタレントとは、この男のためにある言葉ではないだろうか。


深夜二時。出番をおえた高城は、VIP席の友人のところへ戻ると、かわいたのどをシャンパンの〈モエ〉でうるおした。〈ランスロット〉はDJとしての本拠地なので、彼は仕事のない夜をここですごすことが多い。

テーブルには四人の仲間がいた。

ファッションモデルの、愛称 "ちなみん"こと『橘(たちばな)ちなみ』。美容師でセイヤというあだ名をもつ、高城の親友『加賀美誠(かがみまこと)』。国内トップクラスの女性DJとして知られる、有名人の『レイカ』。そして、ゴーゴーダンサーのアイドル『ユリア』である。

「健二くん、おつかれさま。今日もかっこよかったよ」とちなみが言った。

彼女は、高城のことをふだんから気にかけている。まわりにいるオラオラ系の男たちとはちがった紳士的なふるまいが、なんとなく女心をくすぐるのだ。イケメンなのにそれを鼻にかけないのも、男として尊敬できる。

「ちなみんサンキュー。わるいけどモエもう一杯もらえる?」高城はグラスをあげて、シャンパンのおかわりをたのんだ。

「は〜い。あたしのおごりだからたくさん飲んでね」とちなみは言いながら、彼のグラスにモエをそそいだ。

ちなみはファッションモデルとして、渋谷のクラブ業界では顔がきく。〈ランスロット〉ではVIP待遇で、週に何回もモデル友だちと遊びにきている。

「なあ健二。こないだ〈ヒドラ〉でDJラッシュがまわしてたけど、あいつ最近すげえ客あつてるよな」とセイヤが親友の高城に言いながら、愛用の煙草に火をつけた。「一年前までぺーぺーのさえないDJだったのに、えらいちがいだぜ。コネでも使ったんじゃねえのか。ふう〜っ、ああうまい」

〈ヒドラ〉は、ランスロットと同じ渋谷のクラブである。センター街の奥の宇田川町にある、ハイスペックな客層で知られる有名店だ。

「そんなことないだろ。おい、人にむかって煙草ふかすなよ、ゴホゴホ」高城は手であおぎながら、迷惑そうな顔つきをした。「ラッシュとはイベントで共演したことがあるけれど、そのころから才能はあったよ。それなりに努力したんだろ。〈ヒドラ〉はコネでまわせるようなハコじゃないよ」ハコとは、クラブを意味する業界用語だ。

「なるほど。おまえが言うならそうなんだろうな。いやあ、その点レイカさんはケタがちがうよなあ〜」とセイヤは、となりでゴーゴーダンサーのレイラと話しこんでいるDJレイカの話題をもちだした「いまや〈タイタン〉だけじゃなくて、ミュージシャンとして全国のクラブで引っぱりだこだもんね。EDMフェスの〈アルティマジャパン〉に出演とか、マジでスーパースターだぜ!」

〈タイタン〉も渋谷のクラブで、日本一の集客力をほこる超メジャーな店だ。平日でも、1000人以上の若い男女でフロアがうまる。

セイヤが自分を話題にしていることに気がついたレイカが、彼のほうをむいて鋭い視線を投げた。

「あんたさ、なにあたしのこともち上げてんのよ。またよからぬこと考えてるんじゃないの?みえみえなんだよ」レイカはセイヤをにらんだ。「うちのVIPにタダで入ろうとしてもムダだからね!金持ちなんだからケチるなよ。どうせ女めあてなんだろ」

「いやいや。そんなこと考えてませんよ、レイカさん。〈タイタン〉はレイカさんのシマなんだから荒らしませんてば。こわいなあ、も〜」レイカはセイヤの天敵だ。年齢は下なのに、貫禄がちがうので頭があがらない。

横で二人のやりとりを聞いていたゴーゴーダンサーのユリアが、セイヤを指さして笑った。

「あいかわらずチャラ男だよね〜セイヤくん。早く結婚したらどうなんですか。もう女遊びする年じゃないでしょ。あはは!」とからかった。

「おまえさあ、先輩をいじめるなよな。親からも結婚しろってさんざん言われてるんだよ。まいるぜまったく。クラブで酒飲んでるときくらいのんびり遊ばせろってば」とセイヤは言った。

セイヤの女好きは仲間うちでも有名だ。彼はいく先々で可愛い女の子をナンパしては、高級外車にのせて自宅につれこんでいる。そんなあさましい行動を友人たちは冷ややかに思いながらも、あえて口には出さないでいた。

「セイヤもそろそろおちついたらたらどうだ。彼女とはもう五年だろ。いいかげんに安心させてあげろよ」と高城は言った。

「おまえまでそんなこと言うのかよ。俺はまだ若いんだぜ。もうすこし遊んだっていいだろ。美容室の仕事はストレスが激しいの。発散する場がほしいんだよ」とセイヤはこまり顔でうったえた。


ここで、高城の友人たちをざっと紹介しよう。

"ちなみん" の本名は『橘ちなみ』。奈良県出身の二十六歳。一卵性双生児の双子の姉で、妹は大阪に住んでいる『橘ななみ』。

日本一のゴーゴーダンサーグループ〈ギャラクシーエンジェルズ〉の元メンバーで、現在はファッションモデルと水着のプロデュースを手がけている。〈ギャラクシーエンジェルズ〉については、またのちほど説明する。

陽に焼けた肌と、おだやかな顔つき、そしてギャル系のファッションがトレードマークである。

彼女のインスタグラムのフォロワー数は二十万人をこえる。つまりインフルエンサーだ。最近は、いわゆる "ライバー" としても大人気の有名人だ。女性からの人気が高く、彼女がプロデュースする水着は、オンラインストアで売り切れが続出している。ちなみにブランド名は〈CHIIS(チース)〉という。

高城の横でさわいでいる、セイヤこと『加賀美誠』は、高城のカリフォルニア工科大学時代の同級生だ。南青山の一等地にある金持ち一家の末っ子で、実家に近いタワーマンションに一人で暮らしている。

年齢は二十九歳。身長178センチ。金髪にあごひげがトレードマーク。アディダスマニアで、スワロフスキーが大好きだ。典型的なパリピのルックスで、まわりからチャラ男と呼ばれていることを本人も認めている。

スワロフスキーとは、ダイヤモンドと同じカッティングのクリスタルガラスのこと。洋服やバッグ、帽子、スニーカーなどのデコレーション用として人気がある。スマホケースの飾りつけにも使われていて、ギャルモデルやタレントの多くがスワロフスキーの携帯デコ電を持っている。

セイヤの職業はヘアメイクアーティスト。青山で〈ポラリス〉というヘアサロンを経営しているが、最近は副業でFXトレードの投資を手がけており、本業の美容師をはるかにうわまわる、年に数千万円の収入を得ている。

愛車は〈フェラーリ812スーパーファスト〉。排気量6.5リッター、V型12気筒DOHCエンジン搭載のモンスターマシンだ。金持ちが高級車を見せびらかす、これまた派手好きなセイヤらしい。

カリフォルニア工科大学時代の専攻は、広報メディア学だった。頭はキレるのに女好きが弱点。長年つきあっている彼女がいるのに、いまだに結婚のきざしがない。

『DJレイカ』は、いわずと知れたビッグクラブ、渋谷〈タイタン〉の看板DJである。クラブミュージック界のトップアーティストとして、日本一の女性DJという地位にまでのぼりつめた。

レイカは、毎年幕張メッセで開催される、世界的EDMフェスティバル〈アルティマジャパン〉の常連DJだ。世界の有名アーティストにもひけをとらないパフォーマンスで、毎年観客を熱狂させている。

ここ一年だけでも、リリースされた彼女のミックストラック(楽曲)は四タイトル。そのすべてが、なみいる有名男性アーティストをおさえて、iTunes のダンスミュージック部門でダウンロード数第一位にランキングされている。

渋谷系の可愛いルックスから想像できない肝のすわった性格で、〈タイタン〉では後輩DJやスタッフにおそれられる存在だ。このあと紹介するライラのもと上司であり、最近ではファッションブランドの音楽プロデューサーも手がけている。

最後に紹介するのは、ゴーゴーダンサーのアイドルユニット〈ピーチ〉のリーダー、『ユリア』だ。

年齢二十六歳。四月生まれの牡羊座。本名は「水本ひかり」という。北海道函館市出身の独身女性である。

五年前にダンサーをめざして上京したところを、レイカにスカウトされて〈タイタン〉に入店した。その後、彼女の人生は一変した。ゴーゴーダンサーのトップグループ〈ギャラクシーエンジェルズ〉のプロデューサーに認められ、三人組のダンサーユニット〈ピーチ〉でデビューした。

ゴーゴーダンサーとは、クラブやEDMフェスティバルのステージで、ビキニ姿でセクシーなダンスを踊る女性たちのことを意味する。クラブ通なら説明するまでもないのだが、物語のなかで欠かせない役柄ということで、ここはぜひとも覚えておいてもらいたい。

ユリアは、デビュー以来トントン拍子でスター街道をつっ走ると、伝説的なシンデレラストーリーの主人公となった。DJ業界やクラブ好きなパリピの若者たちの間で、彼女を知らないものはいない。クラクラするほどの美貌にもかかわらず、親しみのある性格で、クラブに集まる男性たちからつねに視線をあつめつづけているのだ。

ユリアには、アメリカの医科大学に留学しているインターンの婚約者がおり、帰国後に結婚する予定である。


とまあ、こんなハイスペックな仲間たちと一緒に、高城は優雅なセレブ生活をすごしているわけだ。見た目もよくて経済的にも裕福。なに不自由なく暮らしている彼の将来は、前途洋々。イケメンは得をする、の典型である。

深夜三時。モエのシャンパンボトルが十本以上空いて、五人はハイテンションで話に花を咲かせていた。

「そういえば、このあいだとなり街の高円寺のCDショップで、ある女の子と知りあったんだよ」と高城がセイヤにきりだした。ふだん軽々しく女性の話題にはふれない高城だが、酒のいきおいもあって口をついて出た。

「ん、それってどんな女なんだ?」とセイヤがたずねた。

「いやね、ちょっと人見知りな子でさ」と高城は説明しはじめた。「CDショップの店員さんなんだ。ちょっとしたトラブルで縁があってね。見た目はどちらかといえばおとなしい感じなんだけど、なぜか気になってね。なんというか、ほうっておけない感じというか」

「ルックスがおとなしいって、どんな感じなんだ?」とセイヤが言った。「そんなさえない女のこと気にするなんて、おまえらしくないじゃん。天下のイケメンがどうした」

「ルックスじゃない、雰囲気だ!勝手にかんちがいするな。俺は見た目で人を判断なんかしないぞ。女性は中身が大切なんだよ」と高城が反論した。「どんなに華やかな外見でも、優しさや思いやりのない女性は価値がないね」

「なにへ理屈こいてんだか。女は可愛いにこしたこたあないだろ」セイヤはまたタバコをとり出して、ライターで火をつけた。「で、その不思議ちゃんとはそのままバイバイしたんだろ」

「いや、ラインを交換したよ」

「なにっ、知り合いになったのか!」

「俺のほうが勝手に友だち追加したんだ」と高城は言った。「その子はひかえめな人なんで、思わず強引に交換しちゃったんだよ」

「紳士のおまえがめずらしいな。まわりに美人はいっぱいいるだろうに、どういう風の吹きまわしなんだよ。しかもそんなさえない女にさ。まあ、どうせ興味本位だろうから俺はどうでもいいけどな」セイヤはその話題をうちきって、モエをぐいっとあおった。

「ねえねえ、健二くんたちなんの話してるの?」となりでスマホを見ていたちなみが、画面から顔をあげてたずねた。

「いやさあ、こいつが変な女の…」

「おい、よけいなこと言うな」高城がセイヤの背中をおもいきりたたいて、その先の言葉をさえぎった。

「ゲホッ!おい、なんだよ〜」

ちなみが自分を気にかけていることを知っている高城は、彼女に心配をかけまいとして、つくり笑顔をうかべた。

「なんでもないよ。それよりちなみん、今日もほんと可愛いね」

とってつけたような高城の言葉に、ちなみはキョトンとした顔をしてみせた。

「へんなの。健二くんたら、あんまりかくしごとしないでよね。もう〜」


クラバーたちの夜は長い。五人はそのまま朝まで飲みつづけた。

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