第2話夢か現実か?

「ねえ、ほんとにだいじょうぶ?手をかしてあげるから、さあ立って」男はそう言って手をさしのべてくる。

いやいやいや。近よらないで。あたしにさわらないで〜!

コミュ障のことみにとって、世のなかでリア充のイケメンほど恐ろしいものはない。そんな男とこんなかたちで出会ってしまうとは、まさしく悪夢そのものだった。

目のまえの男が近づいてくるが、ことみは動くことができない。身体が硬直して、ヘビににらまれたカエル状態。顔が火照っていまにも熱が出そうだ。

消えて、消えて、消えて。悪魔よ消えろ〜!ことみは目をとじて、身体のまえで十字を切り、魔法の呪文をとなえた。そして目をあけると…

「どうしたの君。まさかケガでもしたのかい」

うわっ、近い!最悪、どうにかしてよこのイケメン。ここはぜったい無視しなくっちゃ。負けないであたし。こいつがいなくなるまで、じっとしてればいいのよ。

ことみはダンゴ虫のように丸くなって、必死にうずくまっていた。

「君、ほんとに具合が悪いんじゃないか」

わっ、まだいる!もう、どうすればいいのよ〜。しかたなく、ことみはおそるおそる目をあけた。銀髪野郎の顔が目のまえにあった。男はキラキラした瞳でこちらを見つめている。

メダカ、ついにゲームオーバー。コンティニューできず、電源も落ちた。


「おいっ、メダカ女!なにやってるんだ。仕事さぼってるんじゃないよ、はやくCDならべろ!」

いきなりのどなり声。みると、足立という名のブサイクな顔をした店長がうしろに立って、こちらをにらんでいた。

「使えないやつだな、おまえは。陳列さえまともにできないのかよ。発売まで時間がないんだぞ。さっさとやれ!」

ことみは、イケメンとの遭遇で硬直した身体をむりやりふるいたたせて、のろのろと立ちあがった。

「あ、すみません。すぐにすませますので、はい」店長にむかって頭をさげると、謝罪のひとこと。

「まったく、これだから年増女はやだね。しかたなく雇ってるんだから、きっちり働かないとクビにするぞ!」と言って、嫌味な店長はことみの服をつかむと、ガクガクと身体をゆさぶった。気の弱いことみはなすがままだ。

「おい、その手をはなせ!」

イケメンがいきなり、店長の手首をガシッとつかんだ。すらりとした見た目からは想像できない怪力で、ギリギリとしめあげていく。ことみはあ然として、口をポカンとひらいた。

「あいたた、なにするんだよ!やめろ、やめろってば!」店長はおもわず悲鳴をあげた。なさけない顔に涙をうかべて、銀髪の男を見あげた。身長160センチの身体が、180センチのガタイの前ですっかり萎縮している。

「女性になにするんだ、こいつ。この人にあやまるんだ。さあ、あやまれ!」そう言うと、銀髪男はさらに力をいれて、店長の手首をねじりあげた。

「あ〜っ、痛い、痛い!はい、わかりました。ごめんなさ〜い!」店長はもはや抵抗することもかなわず、銀髪男にすがりついた。「だからお願いします、その手をはなしてください。ひや〜っ!」

銀髪男は、店長の手首をバシッとたたいて解放した。その顔が怒りで紅潮している。

「た、田中さん。それじゃあ、なるべく早くたのみますよ。急いでね。あ、いやいや、ゆっくりでいいから」店長はことみを苗字で呼んだ。しかも"さん" づけで。そしてクルっとまわれ右をして、そそくさと去っていった。

「まったく、なんてやつだ。女性に手をだすなんて、パワハラもいいところじゃないか。いや、犯罪だ犯罪!」イケメンはそう言いながら、店長の背中にむかってなんども人差し指をつきつけた。

「君、だいじょうぶ。怖かっただろ」

ことみにむかって優しく声をかけるイケメンの顔は、まさしく正義のヒーロー。切れ長の目のなかで、瞳がブルーに輝いている。

「あ、はい、平気…です」床を見ながらうつむいて、ことみは言葉をつないだ。

「そう。ならよかった。しかし、それにしてもけしからん。男の風上にもおけないやつだ」

ことみはそっと顔をあげて、男の顔をチラリと見た。イケメンで、紳士で、さわやか。完璧だ。

それにしても、この男どうみても日本人なのに、なんで眼が青いわけ。あれっ、もしかしてカラコン入れてるの?え〜っ、チャラい。やっぱ苦手だ。でもなあ、せっかく助けてくれたのにお礼も言わないなんて失礼だし。う〜ん…

ことみはこうみえても親の教育がしっかりしているので、礼儀正しいのがとりえなのだ。

「あ、あの、ありがとう…ございます」助かりました、と言おうとしたが、緊張で言葉がつづかない。

「いや、お礼なんていいよ。とうぜんのことをしただけだから」イケメンはあくまでさわやかだ。「あ、僕は高城っていうんだ。高城ダニエル健二。君はなんていう名前なの?」

ことみはたじろいだ。初対面で名前を聞かれるなんて、人生ではじめてのことだったのだ。頭が真っ白になった。

「あ、そういえば、さっきあの男が田中さんって呼んでたね。君は田中っていう苗字なんだ」イケメンが言った。「下の名前はなんていうのかな?」

「こ、ことみ、です」なんとか言葉をふりしぼった。冷や汗が出てきた。コミュ障のことみにとって、この状況ははっきりいってキツい。

「そう、ことみさんか。可愛い名前だね」高城ダニエルと名乗ったイケメン男は、笑顔で言った。「そうだ。ここで会ったのもなにかの縁だから、友だちにならないか。CDショップの店員さんと仲よくすれば、なにかと便利だしね。ふふ」

ええっ、なに言ってるのこの人…意味わかんない。なにが縁よ。友だちだとか、無理無理無理無理無理。ぜったいありえない。

ことみが頭をかかえてあせっていると、イケメンがたずねた。

「君、携帯もってる?」

「まあ、もちろんありますけど」ことみは、質問の意味がわからずにこたえた。

「じゃあ、出して」

は、なにゆえ?なんであたしの携帯を見ず知らずのあんたにわたさなきゃいけないの?ことみは頭をひねったけれども、もともと押しに弱いので、ジーンズの尻ポケットからスマホをとり出した。

「ちょっと借りるよ」彼はことみのスマホを手にとって、ラインの画面をひらいた。「QRコードを読みこんで、友だち追加、と。おっ、アイコンはアニメの女の子か。可愛いね。よし、これでおっけー。じゃ、なにか困ったことがあったら、いつでも連絡してね」イケメンはサクサクと画面を操作して、ことみにスマホを返した。 

なんて強引なの。ラインで友だち追加?初対面なのになんでこうなるの。あ〜わけわかんない。だからリア充はいやなのよ。あたしにはあたしの領域ってものがあるの。ズカズカと入りこんでこないでよ。ドキドキしちゃうじゃない…ん、ドキドキって…いやいやいや、そんなばかなことあるわけない。こんなあざといナンパ野郎に胸がときめくわけないでしょうが。もう〜あたしったらどうかしてるわ。

「それじゃ、また」とイケメンが言った。「こわれたCDは僕が買っておくからね。今日は会えてよかった。それからことみさん、自分が悪くないと思ったときは、あやまっちゃだめだよ。もっと堂々として、自信をもってね」

さわやかな笑顔をのこして、イケメン男は去っていく。ことみは無言で、その場にたたずんでいた。


これは現実なのか…


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