なにその乗り物の下の回転する丸いの

 都内の事務所で、ウェブサイト「異世界でチートになった男が、強引ながらみるみるモテまくって美少女を喰い散らかした件」、以下いちごみるくの掲示板に書き込まれている内容を精査していた時、助手の一人、大船おおふな智也ともやが坊主頭を撫でながら声を上げた。

「伊勢原さん、これ、信憑性高いですね」

 掲示板にはこう書かれていた。



 五味ごみやま畜太郎ちくたろうを異世界へ送ってください

 ニュースをご覧になっていればご存知かと思いますが、奴は私の息子夫婦をあおり運転で追い詰め、死に至らしめました。裁判所内でも反省の素振りすら見せません。このままでは私が奴を殺しそうです。お願いします。奴を異世界へ送ってください



「割り出した住所は、件の遺族で間違いはありません」

 通信機器のエキスパートである大船が断言した。いちごみるくを実際に作り上げたのも大船だ。ピンクの背景に薄いシアンの文字を乗せたり、全ての文字の色をこまめに一つずつ変更して更に点滅させているあたり、デザインセンスにも光るものがある。

 おれはうなずき、大船に指示を出した。

「では、連絡をとってくれ。2日後の16時15分に、渋谷駅ハチ公前で。黒尽くめのおくりびとがお待ちしております、と」



 渋谷駅、ハチ公前で依頼人が声をかけてきた。この人だかりの中でも、目深く被ったバンダナから上着、靴に至るまで全てを黒で統一しているのはおれだけだろう。目立たないための努力は徹底している。

「本当に黒尽くめなので、遠目からわかりました」

 今度からは赤一色にするかと思いながら、依頼人の話を聴く。

「今度、あろうことか五味山が仮放免されるそうなのです。そこでなんとかして殺してやろうと思ったのですが、ネットでの噂を目にして書き込みました。お願いできますか」

「お任せください。住所も調べてあります。成功を確認後、振込をお願いします」

 金額を依頼人に伝えると、彼の目が大きく見開かれた。



 事務所では、椅子に座った大船と、机に腰掛けた多賀城たがじょう幸子さちこが打ち合わせをしていた。おれを見かけた多賀城が、ショートカットを揺らしながら出迎えてくれた。

「あ、所長おかえりなさい。決まりました?」

「ああ、間違いなく本人だった」

 軽くうなずいた後、ところで、と多賀城は不満を口にした。

「大船君にも言ってるんですけど、いちごみるく、もう少しどうにかならないんですか」

「どういうことだ」

「色遣いとか、ヤバイですって。ピンクに水色の文字なんて、一番読みづらいですよ。字もなんかビカビカしているし」

「いや、読みづらい中、わざわざ書き込むからふるいにかけることができるのです」

「だいたい、いちごみるくって略称が、今更ながらその、大丈夫ですか、お脳の方は」

「警戒心を解くためには、大胆に接近する方が良いです。いちごみるくという略称に警戒を抱く人はいないでしょう」

 大船がその都度、自信満々の口調で反論する。

「その通りだ。見やすさや名称が問題ではない。メッセージが重要なのだ」

 おれも加勢する。

「そのメッセージが読みづら過ぎるのはおかしくないですか、と私は言ってるんですけど」

 自分のデザインセンスがおれと大船に及ばないことに気づいたのだろう。ため息をついて多賀城は話を進めた。

「そもそもその黒一色…。まあ…もういいです。決行日は?」

「ああ、明後日の午前5時30分、場所は五味山の自宅だ。大船は五味山の行動パターンの予測を、多賀城は道具の確認とデザインセンスを磨いておいてくれ」

 多賀城がおれを睨んだ。



 決行日当日、午前5時30分。

 おれと多賀城は、K県O市にある五味山の実家の庭に潜り込んだ。大船の調べた間取りを確認し、3階の五味山の部屋まで外壁をよじ登る。まず多賀城が音も立てずに屋根に到達し、そこからロープを垂らしてくれるのだ。荒い息を吐きながら登るおれに多賀城は小声で言った。

「うるさいんですけど」

 こいつ雇い主さまに向かって。

「それに夜も明けてきているので、その黒一色は昼間のゴキブリ並みに目立ちます」

 こいつは、男のロマンというものを何一つ理解していない。グレーのイモジャージは確かに動きやすいだろうが、仕事にロマンは欠かせない。だがこの場で言い返すほどおれは素人ではない。ただ必死で登るだけだ。


 五味山の部屋の窓を静かに割り、物音一つ立てず多賀城が入り込んだ。続いておれが物音を立てて忍び込んだ時には、すでに多賀城の手により五味山はうつ伏せに組み伏せられていた。ニュースで見る以上にふてぶてしい面構えだ。

「なんだてめえら!」

「静かに」

 多賀城は一切のためらいなく五味山の肘を外した。悲鳴が響く。急がなければ。

「クソっ! クソが! なんでおれがこんな目に!」

「所長、今です」

 おれは懐から黄金に光るペン「ワールド・アクロス・エクスキューショナー」を取り出し、五味山の延髄に思い切り突き刺した。


「死の谷の日陰を歩いて 約束の地へ迎え」

十字を切りながらおごそかに告げた。


 五味山の動きが止まり、体から力が抜ける。多賀城が顔を赤くして震えている。階下で物音がした。

「よし、行こう」

 多賀城が立ち上がり、おれたちは急いで窓から逃げた。大船が運転する黒いハイエースに乗り込み、都内事務所へ戻った。



 2日後のテレビでは、仮保釈された五味山が自ら出頭し、今までの非礼を泣きながら詫びているシーンばかりが報道されていた。パソコンで依頼者からの振込金額

 4,158

 を確認し、おれは朝のコーヒーを楽しむ。砂糖とミルクを入れたいが、男のコーヒーはストレートでなければならない。

「おはようございます」

 多賀城と大船が同時に出勤してきた。大船の手には一冊の本が握られている。

「やはりポストに入ってました」

 それをおれに差し出しながら大船は言った。

「今回はどんなタイトルです?」

 多賀城が覗き込む。



「異世界に転生したボクが車の知識で無双してハーレムを作り上げたことについて」

 という長ったらしいタイトル。著者は伊勢海老いせえび揚太郎あげたろう。おれが書いた本ではないが、おれのペンネームだ。早速開く。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「うおお! 転生者がなんぼのもんじゃい!」

 ゴミヤマと名乗る村人が襲ってきたのでボクはやれやれと肩をすくめ、車で跳ね飛ばした。


 わああああああああああ!


 という悲鳴を上げて村人は飛んでいった。

 立ち上がって「な、なんだその乗り物についている丸くて回るのは!」

 ボク「これは車輪というんだ。そしてこの乗り物は車! 人間より速い! ボクから逃げ切れたら許してやろう! ハハハ!」

 ゴミヤマ「うわー速い! 逃げられない! グワババ」

 ボク「ハハハ! 死ね!」


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 異世界送りは成功した。挿絵では、五味山にそっくりなゴミヤマというモブが転生者の操る車から逃げ回っていた。こうして五味山は、未来永劫「車輪を知らないバカモブ」として記録されることになった。

 転生者さまがエライわけではなく、周りがバカ。こういう本が届くのはもう何冊になるだろうか。


「相変わらず、すごい内容ですね」

 大船が頬を紅潮させつつ「異世界ものはこうじゃないと」とか言いながら熱心に読む。何度も言うが、おれが書いたものではない。だがおれのペンネームで届くこの本は、ワールド・アクロス・エクスキューショナーで異世界へ送られた奴らの精神的末路を示していた。

 そしてなぜかこれらの本がなかなかに売れており、その印税が我が事務所の活動資金となっている。依頼者の金額負担が想像より遥かに安く済むのは、本が売れるからに他ならない。もちろん異世界おくりが困難な場合は金額も変わってくるのだが。


「…相変わらず、スッゴイ内容ですね…」

 多賀城は三白眼で眺め、即興味を失ったようだった。男のロマンというものを何一つ理解していない。

「ところで所長、人が本気で相手を抑え込んでいる時に笑わそうとするの、いい加減やめてもらえませんか」

 おれが何かしただろうか。

「ほら、死の谷のなんちゃらかんちゃらって奴。静かな時にあんなこと言われたら力が抜けますって」

「いや、詠唱は必要ですよ。自分の為にも、異世界の為にも」

 大船がおれを弁護してくれる。

「大船君が所長を甘やかすからどんどん悪化するのよ。あのペンだって変な名前が」

「人生を左右する聖なるものにはそれなりの名前が」

 二人の言い合いを聞き流しつつ、おれは苦いコーヒーの香りを楽しむ。砂糖とミルクを恋しく思いながら。

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