(4)サラは必ず、良い女王になる。

 翌日、サラは朝早くにあたしの家を出た。

 迎えにきた男につれられて、突然訪れたときと変わらない軽やかな足取りで。あたしはそれを、いつもの粗末な服を着て、いつもと変わらない顔で見送った。



 サラが持ち込んだ荷物はほとんどサラが持ち帰ったけれど、一つだけ彼女が置いていったものがある。

 金の耳飾りの片割れ。片方をサラが、片方をあたしが持つことになった。

 今となっては、この耳飾りだけがあの一週間が現実だったことを示す唯一のものだ。

 この家にいた一週間で、彼女の中にどんな変化があったのかは判らない。なぜここにきたのかも、なぜ帰る気になったのかも。

 枯れた水道の代わりに川を使うひとびと、垢だらけの物乞い、学校にも行けない子どもたち。

 彼らを見て彼女が何を感じたのか、想像することすら難しい。それくらい、サラとあたしでは立ち位置が違いすぎた。

 けれど、知っている。覚えている

 本来ならば顔も見られないような立場の少女が、あたしと一緒になって、あたしの教え子たちにいろいろと教えてくれたこと。文字もろくに書けない、教養もない少女たちとすぐに仲良くなったこと。手がぼろぼろになるのも気にせず、鼻歌まじりに家事をしていたこと。

 彼女がとても素朴な、優しい性格をしているということ。

 あたしの前で彼女は、王女ではなくただのサラだったのだ。だからこそ判る。


 サラは必ず、良い女王になる。


 もう二度と会うことはないだろう。めまぐるしい日々の中で、お互いを思い出すこともなくなっていくかも知れない。

 けれど、忘れない。

 この国に、サラというあたしの友人が生きていること。転げるように笑い合ったこと、川でじゃれ合ったこと。

「きっと、」

 サラも。

 追憶しているうちに陽は傾いて、部屋全体が何もかもを焼き尽くすような緋色に染まっていく。その色がサラのドレスを連想させて、あたしはそっと眼を細めた。

 思い立って、耳飾りをつけてみる。

 どんなに似ていたって、あたしはサラではないしサラはあたしではない。

 あたしたちは別の人間で、あたしたちはお互いにはなれない。あたしはあたしにしかなれないし、サラはサラにしかなれない。

 サラはそのことに、気づいたのだろうか。だから帰って行ったのだろうか。

 彼女は何かを、見つけられたのだろうか。

 考えてみても答えは出ない。けれど、そうであればいいと思った。

 あたしとの生活が、一週間という短い時間が、彼女に何かを残していればいい。


 まるで比翼の鳥のような、運命の双子のような少女を想って、あたしは耳飾りにそっとキスをした。

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暁の乙女(#暁の乙女) 伽藍 @garanran @garanran

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