第2話

「ハアッ……ハッ……」


呼吸が荒い。辛い。苦しい。身体の中の爆弾がどかーんといっちゃいそう。


だけど止まれない。止めたくない。


止まったら包まれちゃいそうだからこの夜に。


私は夜の街を走っている。当て処も無く目的も無く。ただひたすら走っている。逃げなきゃ押し潰されそうだから。心が。


雪が電灯に照らされて降り注いでいる。





学校に行ったらいつもだった。昼休みにクラスでオムツを履かせられる、私がオムツだから。男子がいても関係ない。池本さんとか西原さんとかのグループがトイレへ逃げ込もうとした私を囲い込んだ。


逃げ場なんか無かった。私のいつもはいつも通りに始まった。私のいつもはいつからいつもになってしまったのだろう……..。


クラスの笑い声がこだまする度にこめかみがズキスキした。お腹がぎゅるるっと鳴って私はそもそも行こうとしたトイレへ駆け込んだ。オムツ入ってんだから大丈夫だろうよとの男子の嘲笑が遠くで響いたが無視して駆け込んだ。


先生は何もしてくれたことなんか無いし、言ったところで良くもならない。これ以上悪くなることもない。そんな私の学校のいつもだった。


結局、私の下着は帰ってこず。ノーパンダーZで真っ直ぐ帰宅する。


そこもミタクナイイツモがある。


ギシアンアンギシギシアン。アンギシアンギシ。ギシアンアン。 アンギシアンギシ。みたいな感じで脆すぎるベッドの悲鳴とキモすぎる性の嬌声が私を迎え入れた。おかえりもただいまもしなくなったのがいつぐらい前からかは思い出せない。


お父さんは好きだった。玲奈さんと再婚する前は。


玲奈さんも好きだった。お父さんと結婚する前は。


汗と煙草で混じり合ったこの1K8畳の部屋の私の唯一の居場所である押し入れの中へ入る。目に見えないように。何もいないように。そして押し入れの中でお母さんが買ってくれたヘッドフォンを耳にあてがう。


充電が半分も磨り減ってるスマホでYouTubeをつける。YouTubeは大好きだ。きらめいてるモノもうらやましいものも。時には悲しいモノも。私の感情の全てがここにある。ここが私の居場所だと狭い暗やみの唯一の光へ視線を注ぐ。


ギシギシ。アンアン。an・an。と獣の戯れが私の唯一の光を暴力的に切り裂く。お父さんはお父さんのカタチをしているからお父さんと言ってるけれど。今のお父さんは愛犬のほーまんと何も変わらない。ほーまんはどこにいっちゃったんだろ……。




と言うのが一時間前の私のいつもだった。けど私自身はいつもに慣れなかった。


心が苦しかった。叫びたかった。というか叫んだ。大声でわああああああ!!!!!!と。走り出した。ヘッドフォンから生きててよかったと歌が流れた。信じられなかった。生きててよかったなんて信じられなかった。階段をダダッと脱兎の如く駆け降りた。走り出した。止まれなかった。


雪が降っている。電灯に照らす雪が綺麗だった。私はすぐに綺麗に目がいく。それは私が汚いオムツだから??かなぁと心によぎった。すぐ消し去った。走らないと叫ばないとここじゃないどこかへ行かないと。


走った。息が切れた。止まりそうになった。歯を食いしばって歩みを止めない。行かないと。どこかへ行かないと。


叫ばないと。と思った。


「ハイッッッ!!!!!!オッッッッッパッピイイイイイイイイイイいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」


大地を割るくらいの勢いでオッパッピーを叫んだ。単純に息が苦しくなっただけだ。水中みたいだ。あー苦しい。



丘を駈け上った。橋の真ん中で呼吸が限界になった。


「はぁふぁっ。。。ぷしゅるー。。。ぶりゅりゅりゅりゅ」


これが私の限界を超えた息切れの音だ。自分からぶりゅりゅりゅりゅと鳴らしたのは私じゃない気がした。けどコレが私だった。


空を見上げた。柔らかい雪が私の体温を残酷に奪った。制服が不愉快に濡れ始めた。月はやはり綺麗だった。星も綺麗だった。私は思った、ココは宇宙なんだと。


だからこんなにも息苦しいんだ。真空だから苦しいんだ。私はこの広い宇宙にただ一人当てどなく。孤独に。ふわふわとデブリのように。浮いてるんだ。私はゴミだ。そう思ったら


「死のう」


ずっと張り詰めてた糸が切れたかのように心の奥底でギューギューに押し込んで隠していた言葉がふわっと浮いてきた。


イヤイヤ死んでは駄目なんだ。生きてて良かったハズなんだ。だけどココは宇宙だ。この橋から落ちてもふわっと無重力で死なないんだ。だから落ちようと橋のフェンスを越えようとした時、私の後ろ側から声が聞こえる。


「力が欲しいか?」


振り返ると朝、仙台駅で見た緑色のノースフェイスのマウンテンパーカーを着た露骨に汚い明らかにホームレスなおじさんが立っていった。黒いボロボロのニット帽を被って。


「少女よ、力が欲しいのか」


ホームレスのおじさんは繰り返す。


私は返す「ノーセンキュー」と。


「欲しがりなさい」


おじさんの荘厳な顔つきは崩れなかった。


この宇宙で初めて誰かに出逢えた。そんな感情が少し芽生えたけど。降り注ぐ雪がそんな感情をサラリと消し去った。

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ブロークンハート・パンチドランカーガール 長月 有樹 @fukulama

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