一話 いつもと違う女神
生まれただけで罪になるというならば、転生は罪なのでしょうか。
転生が罪なのであるならば、転生の罪はどう償うべきなのでしょうか。
6000と35。それが私の転生回数です。
あまりに多すぎる転生が残したものは、膨大な虚無感、莫大な罪、そしてわずかな安らぎでした。
せめてもの罪滅ぼしのために、私はこれから、あまり世間に類例がないだろうと思われる私の事例就いて、出来るだけ正直に、ざっくばらんに、有りのままの事実を書いて見ようと思います。それは私自身に取って忘れがたい記録であると同時に、恐らくは皆様に取っても、きっと何かの参考資料となることでしょう。
殊に私のいた世界のように、秩序が失われ、自由意志とやらが尊重される世情になる。ほかの世界層も巻き込んでいろんな主義やら思想やらが這入はいって来る、転生の日常生活への接近により遠くに思っていた出来事がどんどん身近になる、というような時勢になって来ると、今までは あまり類例のなかった私のごとき事象も、追い追い当たり前に生じるだろうと思われますから。
しかしそうはいっても6000と35、全てを書き記すには、あまりにも余白が小さすぎます。そこで最も記憶に残っているこの物語に関して書き記していくことにします。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「3つまで、何でも願いを聞きましょう。」
その始まりはあまりにも奇怪でした。
当時既に数千を超える転生経験を持っておりました私にとって、異世界転生自体、家の庭先に出る程度の行為でしかなく、そのたびごとに生じる美の女神との対峙は、決して珍しいものではありませんでした。
しかし、不意を突かれるとはまさにあのことを指すのでしょうか。
今まで、物は言えども願いは聞かぬ、そんな女神が願いを聞くと言ってきたのです。
まるで別人(人ではないですが)。女神の言葉は今までの日常を無に消す予感をさせたのです。
「さあ、一つ目をどうぞ。」
美の名に恥じない、汚れを知らぬ谷川のせせらぎのような明るさの声を前に、言いようのない不快感に全身をこわばらせることしかできず、暗闇の中途方に暮れる男が一人。
この時の私はさぞや間抜けな姿であったでしょう。
「…どうしました?」
本当にどうしてしまったのでしょう。
女神と転生者の関係は真に奇怪なものでありまして、今の私にもどうも明瞭な答えが出来ません。親と子にしては愛情がなく、飼い主と愛玩動物にしては対等で、主と奴隷にしては思いやりがありました(もっともその当時の私は気づきませんでしたが)。
「できっこないわよ。理解できるなら人間じゃないわ、あなた。」
かつて誰かに笑われたように、人間風情が女神を理解しようとすること自体、本来おこがましいことなのかもしれません。しかし、恥ずかしいことに、この時の私は思い上がるほどには若く、優しさをそのまま受け入れるほどは素直ではありませんでした。
捨てられた子猫が人に再びなつくのに時間がかかるのと同等に、時間が必要だったのです。私にとってのそれはこの半刻でした。
正気を保ったまま美を認識できるようにしてほしい。
流石に一言一句同じというわけではないですが、確かこのようにお願いをしたと思います。意識を保ったまま瞳を閉じておくことに飽き飽きしたのか、今まで自分を苦しめた巨悪の顔を一目見てやろうとしたのか、理由はもはや覚えておりません。
カルガモの刷り込み然り、瞳を開けて最初に目にはいてきたものの印象は大きく、忘れがたい記憶になるといいます。私も類にもれず、肩にかかるほどで切りそろえられた、燃えるような髪に、陶器のように滑らかな肌、透き通った琥珀に浮かぶ緋色の瞳が特徴的な少女、つまるところの美の女神はついぞ忘れることができておりません。
どうやら女神は私の要望を聞いてくれたらしく、私の身体は網膜にその姿を焼き付けさせようとはすれども、盲信し隷属するということはしませんでした。
自分は幸運にも、この美の女神から、転生に関して聞きだすことができました。これほど転生をしておいて、概念自体に何の知識も持ち合わせていない。そんな愚かな存在が、当時の私でありました。無知から脱却する、そのような点においても、この会は非常に意味のあるものでした。
おぼろげな記憶を頼りに女神の発言の発言をそのまま引用しますと
(冗長なため割愛。後書き記載。
内容を簡潔にまとめると、世界というものは複数存在すること、その世界は樹形図のように位相ごとに管理されていること、管理者は女神であること、非常事態に際し間接的介入を可能にする方策が転生であること、の4点。【投稿者】)
とのことでした。
こうして言葉に置き換えてみると、やれ自由意思尊重派とは何か、そもそもなぜ監視・管理するのかなどなど疑問は尽きません。
しかし説明における説得力というのは、何を語られるかよりも、誰に語られるかに、大きく拠るものです。その点、美の女神の説明は絶大な説得力を持っておりました。また間の悪いことに、当時の私は、説得力と内容の正しさの関係を履き違えてもおりました。
ここで二三質問しなかったことが、後々に大きく影響を与えていくのですが、転生の果てに文字通り、無知を知ったと思い込んでいた私には土台無理な話でありました。いえ、別のことを考えていたといった方が正しいでしょう。
なぜ私は転生させられたのか。
どんな権威ある存在から転生自体の理由を説明されたとしても、依然として自分の転生の意味は不明瞭のままでした。
当時の私は幸運なことに、特別な存在だからである、楽観的に考えておりました。いや、信じていたという方がより正確でしょうか。自信を肯定し、逃避することで自分というものを守っていたのです。
しかし今だから思うのですが、特別とは何でしょう。
「仮に他の存在の持ち合わせていないものを持ち合わせていること」という定義を持ち出すのであるならば、特別には、(特別を除いて)完全に属性を同じとする集団(これを普通と呼ぶのかもしれません)を必要とすることになります。そんな集団がいない以上程度問題を許容しなければならなくなりますが、量的考量になった時、何を基準に可否を決めるというのでしょうか。
いえ、こんな言葉という不完全な尺度で思考している時点でダメだったのでしょう。
どうして私の転生はあのような形で行われたのでしょうか。
おおよそ書物で聞くような、数多降り寄る難関・苦行を、滾る熱意と溢れる知性すべて用いてねじ伏せる、そんな英雄譚でもなく、聞く人皆涙するような情緒あふれる悲劇でもなく、見るもの皆に笑いと教訓を与える人類史にとどろく喜劇でもない、起承転結の起すらなく、序破急の序すらない、数千回と繰り返された空虚な私の転生に何の意味があったのでしょうか。
確かに初めの転生は、『世界を救え』と命じられ、友と共に戦場を駆け、友を信じ信じられ、ある機に仲間に裏切られ、救った姫に裏切られ、愛をささやかれたその口で、親の仇だと詰られる。そんな失意の中で、何度も争った相手と共に、仲間を救い守り抜き、世界に挑みそして勝ち取り、真の平和を作り上げる、そんな絵になる物語でした。
精神面を一つとっても、瞼を閉じると浮かび上がりくる帰りを待つ家族、友人の顔、そして美しい自然などの情景に枕を涙にぬらす郷愁と、転生先での生活をする中で増えゆく、守りたいもの、愛するものに対する使命感。元居た世界で積み上げてきたものと、転生先で積み上げ、そして積み上げていかなければならないものとの身を焦がすほどの葛藤の末、最後には転生先の世界をとるという、物語の主人公としては及第点以上の働きをしていました。私は確かに世界という物語に必要とされ、そして私もまたこの世界を必要としていたのです。
しかしこの平穏は突如終わりを迎えました。いえ、無に帰したのは他ならない私です。
きっかけこそ女神からの再転生依頼でしたが、女神に落ち度はなかったでしょう。この当時、将来当たり前になる、前触れもなく呼び出すというのは片鱗を見せていましたが、転生内容についてはまだ詳細を共有してくれていました。ことばも通じず、文化的素養も、風貌も大きく異なる世界。一度転生をすれば元の場所には帰還できない。今回の転生は、 ハーレム転生生活を送りたいという他の転生者の帳尻合わせであり、必要以上の行動を禁ずる。そんな調子だったと思います。簡潔に言ってしまえば、体のいい小間使いになれという突拍子もないお願いでしたが、それでも転生しないという選択肢を与えてくれていました。
転生はその後も続き、毎回のように信頼・資産・技術を手放し、そして再び積み上げるという、無意味な作業を指令に従いながら日々繰り返すだけになりました。徒労を表すものとして、賽の河原という逸話がありますが、他でもない自分の行動により積み上げたものを無にする分、より無価値でした。
確かに二度目を承知し、全てを無に帰したのは私であり、意味を問う権利もないのかもしれません。しかし、それを承知した理由さえ忘れてしまった私にとっては、できるのはただ転生の意味を問い続けることだけなのでした。
事実として当時の私は、頭をどれだけひねっても、転生者に選ばれた理由も、私の転生の意味さえも理解できませんでした。私の取れる唯一の抵抗は、理解できないことを理解できないと受け入れ、せめて次の転生に備えることだけであり、不幸にも私にはそうすることが正解であると気づくほどの力はありました。
記憶の限りでは、残る二つのお願いを一般常識と言語能力に決めたのは、このような経緯によるものであったと思います。
(冗長であったため割愛。後書きに内容は記載【投稿者】)
私の考えを知ってか知らないでか、この願いを聞き入れた時の女神はくりくりした目をさらに丸くしておりました。どうも、私の前に転生させた少女も同じ願いをしたようで、
「なぜ二人して、ここに住むって選択しないのかしら。転生させるとも言ってないのに。」
とすねた様に口をとがらせてぼやいておりました。見た目相応な少女のような振る舞いを、他でもない美の女神がとっているという事実に、思わず吹き出してしまった記憶があります。
あまりにも馬鹿げた発言に、意図せずとして冷笑的な態度をとったのでしょうか。しかし今思うとこの時の私は、言いようのない後悔を必死に笑い飛ばそうとしていたのだと断言できます。転生という地獄というには虚無極まりない輪廻から、抜け出すためにさしだされた蜘蛛の糸を自ら断ち切ったのです。それも自らの視野の狭さによって。
覆水盆に返らずというのであるならば、私の盆はこの時逆さになったのです。
その後は、一つを除いて、つがなく終わりました。言語能力の付与のため、いくつかの問診を受け転送に関する事前説明を受け、転送準備に入りました。一つの問題は問診、つまり転送先の言語の聞き取りの際に起きたのでした。
何を言われても口をパクパクとしている姿しか見えず、耳が声、言葉を受け付けられない状態であることが判明したのです。
言語として聞きなれておらず、声を声と、言葉を言葉と認識できず判別に困るということはたびたびありましたが、それは初めての現象でした。この時のように声が全く聞こえないということはなかったのです。不思議と書かれた文字は識別できるらしく、日常に問題はないようでした。
しかし、私の体の聞き取る部分のみに致命的な欠陥が存在することが明らかになったのです。
準備の際に、女神は、言語能力の欠陥を補うために通訳をつけること、願いの未完遂のため戦闘知識の維持を許可すること、魔術行使の設定の維持の確約をしてきました。どれも普通の転生にしては当たり前の条件ですが、言語能力の欠陥が自分の都合であったことを考えると、自分には破格すぎる待遇でした。タダより高いものはないではないですが、この厚すぎる待遇には裏が当然ありました。
しかし、この時私の頭は別のことに支配されていました。他ならぬ、今回の転生目的です。虐殺してこいという非人道的な目的でもないよりましで、今回はそのましではない状態だったのです。
理由は後述しますが、 (意味はあるかは別にして)目的説明なしに転生させることはまずありえないことでした。
「付け加えてなのですが、今回の事象には、目的も任務もありません。」
ですから、業務連絡のような声でこのように言われたときは、ハッとしたというよりも、雷に打たれ全身麻痺した心地でありました。
そもそも転生というのは、憑依や降臨といった行為よりも、膨大な力を消費する行為であります。先に述べた(後書きに記載【投稿者】)、莫大な犠牲を出していたマルチスキル者をあれほどになるまで放置していたのも、転生させて鎮静させるよりも割に合うと判断されたからでした。
今回の転送にどれだけの犠牲が払われているかは不明でしたが、先の要望を全て聞きいれての転生となると数百万の犠牲は確かです。それにもかかわらず目的がないとは、文字通り生命の浪費他ならない行為でした。事実、今回の事象には意味はありましたが、目的はありませんでした。
そうこうしている間に、転送準備は進んだらしく、足下の陣からいつもの、まばゆいばかりの極彩色の光が沸き上がり、身体をゆっくりと押し上げていきます。強まる浮遊感に焦燥が募り、何か言葉をかけるべきなのだが何を言うべきかわからず、息を吐きだそうと思っても喉がそれを許さない。舌もしびれて思うように動かず、瞳は女神に縛り付けられている。私はまさに生かされている屍でした。
「目的があるから、『転生』なのですよ。」
女神が歌うように呟き、私の物語は始まったのです。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
後書き
【割愛部分1】
「この世は、ツリーシステムを採用していてね、複数の下位世界を上位世界がまとめ、その上位世界をさらに上位の世界がまとめて監視・管理しているのよ。」
「でも監視・管理といっても基本的には干渉することはしなくて、私たちの役目は、内部完結する一つの世界層自身を見守ることだけなの。」
「ただある時、上の方で何かが起きて、内部完結が崩れたの。」
「ほかの世界群はすぐ世界を作り変えて対処できたのだけど、ここは自由意志尊重派が多くて直接の介入をとることができず、困ってしまったというわけ。」
「ただ手をこまねいてみているわけにもいかないから、妥協が図られたの。体内の免疫系を活性化させて癌を治すように、ある程度の色を付けて同一世界層の存在を転生させ、対処する方策はこうやって生まれたのよ」
【割愛部分2】
何故一般常識と言語能力なのか。自己弁護のために、一般常識に関して、説明を加えておきます。
一般常識を持ち合わせていないと破滅します。これは皆さまも同意されることであろうと思いますが、私自身20飛んで4回目の転生において、一般常識を理由に殺されかけたことがあったのです。
凡そ、よほどの転生先でない限り、どのような形であれ通貨制度の存在する場合が多いのですが、その時は通貨を一般常識の備わっていない存在、つまり違法入国者をあぶりだす罠として用いられておりました。魔術で物々交換の対象物を通貨に偽装し、交易をおこなうという手の凝りようであり、まんまとしてやられたのです。
さらに記念すべき30回目では右と左の違いに強い意味を持つ転生先に飛ばされ、不用意に右手で子供の頭を撫でたところ、市中引き回しにされる羽目になりました。
それ以来、一般常識のインプットをするまで決して動かないというのが鉄則になっているのですが、この儀式が非常に厄介で、転生先での生活の8割をこのことにあてざるを得ないということもよくあることでした。この必要性と厄介さこそ、一般常識を選んだ理由他なりません。
言語能力に関してはまあいいでしょう。
皆様の中には、この二つの願いを一気に解決する願いにすればよかったのでは?とかそもそも神に等しい力を要求すればよかったのでは?と考える方もいらっしゃると思います。この問いに関しても自己正当化のために、解消しておきます。
そもそも、転生目録においては一般常識と言語能力は制度的にも明白に分けられておりました。同時に解決するのは不可能でありました。また神に等しい力に関しては、その代償をどこの誰に払わせるかということが問題になってきます。
私自身、何度か所謂俺TUEEE主人公の転生準備に携わってきました。スキルの規模によりはしますが、神スキル(生命創造や属性無視、地形を大きく変化させるほどの威力のモノ及びマルチスキルなど)付与・行使には当然に犠牲が必要であります。
私が担当した中で最も俗にいう神に等しいスキルは、世界創造と世界破壊(当然創造と破壊ができるので魔術システムや物理法則の改ざんも可能)というマルチスキルでしたが、行使・付与ごとに、数億もの生命を生贄に捧げる必要がありました。最終的には世界を四つほど消滅させるまでに至ったのですが、過剰消費を理由とした女神の命で、当該存在を消すことで解決を図りました。
この件を考えると、身に余るスキルを願っただけで、私自身も消される可能性が当然にあり、そのようなリスクをとることはできなかったのです。
長く書きすぎました。物語に戻りましょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます