転生者失格

彼岸の鳥

はしがき

 始まりは一枚の写真でした。

 春先の川辺で撮ったと思われる写真で、藍髪をした幼女が、20~30代の男と、臙脂色のリボンを付けた制服の少女を背にして、白いワンピースで飾ってしゃんと立ち、猫耳を付けた両親らしき存在の間で笑っている写真でした。

 裏を返しても送り先である私の住所が書いてあるだけで、消印、切手すらもどこにもない、不思議な写真。いや、不思議だったのはそれだけではなく、写真の幼女が異様でした。

 可憐に笑っているだけなのに、目の前に桃源郷があるかのような。写真でしかないのに、目を離したら次の瞬間崩れ去ってしまうような。人間の風貌とどこか違いました。血の重さ、とでも言うべきか、生命の歪さ、とでも言うべきか、とにかく生きていれば誰しも持つ汚れがどこにもないのです。ひとまず写真は、妻の助言に従って神棚に奉納し、お祈りをすることにいたしました。

 その後は写真だけではなく、こぶしほどの大きさの文鎮や、金や緑といった色をした通貨、重さを全く感じさせない見事な絹など様々なものが送られてきました。正直に話せば気味が悪かったのですが、それと同等程度心躍りました。息子たちもとうに独り立ちし、なにもない片田舎での妻と女中との隠居生活も長くなり、味気なく感じていた毎日が、毎朝のこの儀式で鮮やかに色づいてきていたのです。結局、警察に言うこともしませんでした。


 二週間ほどたったときでしょうか。一通の郵便が届けられました。

 それは普通の手紙と比べるとよほど目方の大きいもので、並みの状袋にも入れられておりませんでした。また、入れられるべき分量でもなく、七草のナデシコさながらの鮮やかな紐でくくられており、封じ目は丁寧にも糊付けされていました。消印も切手もありません。

 封を開けてみると、日本語で書かれておりました。膨大な分量でしたので、内容をすべてこの場で紹介することはできませんが、一言で整理すると、今後送り付ける書き物をどうにか多くの人に届けてほしいということでした。謝礼としてでしょうか。ご丁寧にも、毎朝の日課で私と妻の気に入っていたあの絹が、五反ほど同封されておりました。しかしながら、赤の他人の書いたものを私どもだけならまだしも、他人様に推し広めるというのはどうも性に合わないというか、腑に落ちないというか、複雑な気分になっておりました。


 次の日。朝の日課である庭の掃除をしようとすると、玄関先に四箱の段ボールが積み上げられていました。その中にはわら半紙が所狭しと、敷き詰められており、数えた限り4000。そのすべてが日本語で書かれており、もちろん段ボールには送り主の住所・氏名も書かれておりませんでした。どうにか片付けようと奮闘しましたが、やはり老いには抗いがたく、結局女中の手を借りて、ひとまず蔵に持っていきました。女中は何とも何ともない様子でからからと笑っておりましたが、この時は、この作業がこれから続くと思い、気がわずかに滅入る思いでした。

 しかしその私の思いを慮ったのか、次の日、その次の日と、一切の音沙汰はなく、そして一週間が過ぎました。もしかしたらなにかもいたずらで、あの四箱でそれも終わりだったのかも。四箱ぐらいなら、元の持ち主に返すこともできるかもしれない。そんな思いで、蔵を開き見てみると、驚きました。そこには20を超える段ボールが鎮座していたのです。恐る恐る中を確認すると、全てあのわら半紙でした。蔵にはかぎがかけられており、一週間前女中が開けてから一度も開いたことはなにのにもかかわらず、です。ここで私は観念したのでした。


 より多くの目に触れるようにするという手法を考えた時、初めに思いついたのは書籍化です。書籍化してばらまけば、多少なりとも目に入るだろうと考えたのです。しかしながら、より多くの人の目に触れるようにするといっても、書籍化するのはいささか難しい話でした。全般的に野暮ったい言い回しでおり、人称に関してもところどころ入り混じっており文学と呼ぶにはふさわしくないできであったのです。また文書量も多く(削ってよいとのことでしたが)、専門用語も多用され、解読するだけで一苦労でした。

 それに、資金の問題もありました。より多くの人の目に触れるなら無料にしなければならず、無料にするということは出版広告費全て自分持ちということになり、隠居の身には厳しい条件でした。それでこの場にひっそりと、掲載することを決めたのです。

 ここまでに書いた通り、私はこの手記の書き手を知りません。書かれた場所すら、わかりません。ふらりとやってきた作品ですので、泡沫の夢のようなものかもしれませんが、どうかよろしくお願いいたします。

                               彼岸の鳥

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