24. プロミスザスター
全身が悲鳴を上げようとも、ルリはツバキへ果敢に挑む。
「流転神・蒼破裂波!」
視界から消えるような高速移動で飛び上がり、落下の力ごと槍に押し込めて頭上から強襲する。それをツバキは真正面から迎え入れた。
「炎虎朦朧!」
火炎を纏った両手を顎に見立て、槍の穂先をがっちりと受け止める。だが追突時に発生した衝撃は完全に殺せず、武器を掴むには叶わない。
接近戦では力負けする。そう悟ったルリは距離をとり、単純な物量で押し勝とうとした。
「激龍葬!」
天から滝のような大洪水。天候が雨であることも合わさり、その水圧は絶大な威力を誇るはずであったが、ツバキに焦る様子は見当たらない。
「炎舞・大団炎」
力士のように四股を踏む動作をすると、己を中心にして円形状に火炎が広がった。
「瑞光」
ツバキの右手から光り輝く球体が出現する。その光球を頭上に掲げると浮かび上がり、どんどん巨大化していっては落下する水流を消し飛ばす。
それどころか光球は勢いを増し、雨雲さえも押しのけるようにして空中に鎮座する。周囲は雨が今も降っているのに、火円の内部となった港一体だけは晴れるという、摩訶不思議な環境が出来上がった。
ありえない自然現象を前に感嘆する場合ではなく、すぐさまルリは攻撃を繰り返す。
「濤声!」
海水を引っ張り上げ、大津波を直接ツバキにぶつけようとする。だが彼女は不動のまま、凄惨な笑みを浮かべていた。
「天照」
後光が差し込むようにして、ツバキの周囲から何本もの光線が射出される。それらは押し寄せる津波に風穴を開け、瞬く間に霧散させた。
「火の属性じゃない……⁉」
紅の民は陰陽五行の内、火の属性を司る。だが武器化により複数の属性を掛け合わせることで、特殊な属性での攻撃が可能となる。
実はルリも雷の力を使っていたが、本人は自覚的でなかった。
「新たな光に目覚めた吾輩に、もはや弱点は無いと知れ」
もはや無防備とも言えるツバキの傲慢さは、ルリから冷静さを奪うのに十分だった。遠距離での攻撃が無効化されるのであれば、接近して槍を突き立てるしかない。
「天泣慈雨・青龍寒九!」
槍を構えて猪突猛進したところ、不意に横から突き飛ばされる。文字通り横やりを入れた人物は、先ほどルリが黒焦げにしたピスマス将軍であった。
「何をするピスマス⁉」
よもや敵への寝返りを危惧していたルリであったが、なんとピスマスはツバキからの攻撃を受け止めていた。
「少しは頭を使いなされ。女王の名が泣きますぞ」
ツバキの拳が彼の胸部にめり込んでいる。あのまま突っ込んでいれば、自分が同じ目に遭っていただろうとルリは戦慄した。
「者共、かかれぇ!」
そしてどういう風の吹き回しか、ピスマスが号令をかけると、残された青の民たちが一斉にツバキへと襲いかかった。
「ふん、調和と混沌か。雑魚が何匹集まろうと無駄だ!」
ピスマスに止めの追撃を放ち、ツバキは青の民に応戦する。その間にルリは精神を集中させ、どうやって敵を打ち倒すか策を巡らせた。
近距離でも、物量でも押し勝てぬなら、より強度のある術を用いるしかない。だが、どうやって力を溜めるのか? その間にも青の民は次々にと死んでいく。
そこでルリは、ツバキの気になる発言を思い出す。調和と混沌。もしそれがツバキの力の源だとしたら、試してみる価値はある。
迷っている暇は無い。ただ平和を願えばいい。
「光輝!」
ツバキの放った術が顔面に炸裂する。それでもルリは詠唱を止めない。歯が欠け、目が焼け、舌が爛れようと、絶対に術を完成させる。
「青天霹靂・海王」
決死の想いで解き放った術は巨大な鯨の形を模し、ツバキを呑み込まんとした。
「天照大神!」
極太の光線が射出されるも、鯨の巨体には小さな穴が開くばかりで痛くも痒くもない。ものともせず突進を続ける。
「鳳凰天駆!」
攻撃ではなく、逃れるための技。だが、もう既に遅い。最初から逃げに徹しなかった、ツバキの誤りである。
あえなく彼女は呑み込まれ、鯨の腹の中で揉まれに揉まれまくった。水の牢獄や、拷問という表現では生温い。海底の水圧で圧し潰され、四肢を引き裂くような渦潮の流れ、呼吸もできぬまま死の根源そのものが脳裏をよぎる。
最後に鯨は空高く飛翔し、地面に向けて頭から落下した。地面に叩きつけられながら、迫り来る水圧を一身に受けたツバキは目を回しながらも、かろうじて息をしている。
危なかった。咄嗟に光の膜を張って防御したが、それでも臨死体験するほどの衝撃を受けた。指一本も動かせぬ状態の中、いつまで経っても追撃は来ない。
やがて体が動かせるくらいには回復して状況を確認すると、ルリが泡を吹いて倒れていた。
「力の重みに耐えきれず自滅したか」
もとよりルリは完全武器化していない状態で、姫として守護神の力を使いすぎた。その結果が暴走であり、回路の破裂を引き起こした。
雨が止み、眼前には船の残骸と、大海原が広がっている。夜も明けて日の出の光が差し込む風景は、まさにツバキを祝福しているようだった。
「やったぞエンジ。これで世界は紅のものだ」
己の籠手を愛おしく撫でる。いくつもの犠牲が伴ったが、これでもう紅が蹂躙されることは無い。今度は自分が統一する番だ。
「それをエンジが望んでたってのかよ?」
反射的に振り返ると、ライが森の奥から出てくるところだった。
「まだ生きていたのか⁉」
「お生憎様な」
「はっ、くたばり損ないが! 今にも死相が見えるぞ!」
「てめぇがエンジを手にかけた時の顔よりかは真面だろうよ」
図星であった。実のところ、ツバキは守護神に精神を乗っ取られてなどいない。確かに影響はあったが、そんな軟な精神力で姫は務まらない。
世界征服も、破壊も、戦争も、エンジを殺したのも、ツバキの意思であった。ただそれを、エンジにだけは悟られたくなかった。
紫に奪われたくなかった。
「内に潜む破壊衝動を抑えられぬのだ! 最後に貴様を磨り潰せば、少しは気が晴れるだろうなぁ!」
「紫の刀に懸けて、てめぇの首を斬り落とす」
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