20-2. LIFE (Last Summer ver.)
生まれて間も無くして、森に捨てられた俺を拾って育てたのは獣だった。狩りや同族との縄張り争いなど、自然の中で生きるために必要なことは一通り叩き込んだつもりだ。
しかし、人間たちは自然の掟を容易に踏み破ってくる。家族同然だった獣を殺した後、人間は俺を見世物小屋に売り払った。
見世物小屋の主人は俺をぞんざいに扱い、稼ぎが悪ければ飯を出すこともしなかった。俺は飯にありつくため、死に物狂いで曲芸を仕込んだ。
それと同時に、武術の修行もしていた。師匠は頭の中に響く謎の声、青の守護神こと青嵐だ。当時の俺は青嵐の存在が不思議だと認識すらしなかったし、おかげで人間の言葉を学ぶことができた。
ある程度の実力をつけてから、俺は見世物小屋を脱走した。だが、無一文には変わりない。野生にも人間社会にも還れず、通りがかった人間を見つけては襲いかかる盗賊のような方法で飢えを凌いでいた。
(せっかく教えた武術を犯罪に使うなんて嘆かわしいぞ!)
青嵐の説教を聞き流し、次なる獲物の待ち伏せをしていると、寺の住職らしき風貌の男が通りがかった。いかにも強そうで、金も持って無さそうだったので見逃したはずが、厄介なことに向こうから声をかけてきた。
「この辺りで出没する山賊というのは、お主のことか?」
すぐさま逃亡するも容易に捕らえられ、俺は寺の坊主として観察処分に。そこで人としての道徳を教わり、他人との共同生活を体験した。
だが、どうにも俺は戒律なるものが性に合わず、しばらくして寺も抜け出した。その日以来、名付け親である住職とは会っていない。
何をするにも空虚で、ただ生きるだけでは心が満たされない。
そこへやってきたのが、ライとエンジだ。国を滅亡させた復讐のため、たった二人で黒の軍勢に挑む? なんだその爆裂的に面白そうな物語は?
大きな波が立とうとしているのに、それに乗らない手は無い。適当な理由をでっち上げて、半ば無理やり加入して本当に良かった。
本当に、いろいろあった……。
「そのまま地蔵に徹するなら見逃すが?」
森の中で物思いに耽っていると、待ち人であるツバキから問いかけられる。通せん坊から始まった物語なら、通せん坊の役割を果たすのが筋だろう。
ミズはいつもの剽軽な態度で、挑発しながらも武術の構えをとる。
「一度、戦ってみたかったんだよね~」
「片足でか?」
「なんくるないさ。そっちも左腕は使えないみたいだし」
「よし、殺せ」
ツバキの号令と同時に、彼女の背後に控えていた紅の民から複数の火球が投げ込まれる。
「焔!」
火の雨が降るような密度の中、ミズは踊るように回避し続けていた。
「代わりの手足はいくらでもいるってかぁ?」
まだまだ軽口を叩けるだけの余裕を見せつけていると、降り注ぐ火の雨の隙間からスオウが強襲してくる。
「狒狒猩紅!」
「青巨星!」
ミズは迫り来る金棒を往なし、反撃の回し蹴りをスオウの顔面にお見舞いした。そして吹き飛ぶ巨体の陰から、鎖付きの分銅が蛇のように不規則な軌道で襲いかかる。
「不知火!」
必中であるはずのウメの攻撃であったが、あろうことかミズは鎖の上を滑るように移動し、そのまま彼女の腹部目がけて蹴りを放った。
「綺羅星!」
森の木々を薙ぎ倒すように吹き飛ぶウメ。側近が一撃で瞬殺される様子を見て、唖然としたツバキは慌てて部下に命令を出す。
「おい、あれを出せ!」
部下達が運んだのは巨大な銃器だった。ただし、それは大砲のような鈍重で単発のものではなく、いくつもの銃口が連なるような構造になっている。
「ただの大砲なら通用しないさー」
そんなもの何度も弾き返してきたと、これまでの経験を自負してきたミズは慢心する。
「これは黒の遺跡から発掘した新兵器だ。威力は身をもって知れ!」
言うや否や爆音が轟き、数秒の間に何十発もの銃弾が射出された。反応が遅れたミズは木の陰に避難するが、銃弾は木の幹ごと容易に破壊し尽くす。
弾切れにより静まり返った後には、蹂躙された森の残骸が横たわっていた。かろうじてミズは木々を飛び越えて難を逃れたが、胸や腹部、そして太ももに何発か被弾してしまっている。
「……興覚めさ」
相手が兵器を持ち出したことに対する言葉ではなく、己の油断に嫌気が差す。流れ出る血を抑える気力も無く、あの兵器をどうやって攻略すべきか考えあぐねていた。
「怖気づいたか濡れ鼠! 一生そこで縮こまってろ!」
自分がこうして考えている間にも、ツバキ達は先へ進もうとする。もはや一考の猶予も無いのなら、馬鹿は馬鹿らしく正面から前に躍り出よう。
「青嵐・梵天」
守護神から授かった、唯一の占星術を発動する。たちまち雨雲が空を覆い尽くし、ぽつぽつと恵みの雨を降らせ始める。
「……雨だと?」
異変に気付いたツバキであったが、既に後方では部下達が阿鼻叫喚の悲鳴を上げていた。
「ひ、姫! 助けーー」
助けを求める声に振り返るも、その部下は頭部を踏み潰され絶命していた。紅の兵を足蹴にするミズの風貌は様変わりしており、全身の刺青が広がって肌が青黒く変色している。
一瞬だけ視線を合わせた眼光は、まるで異次元に存在する魔人のようだ。
「砲塔を向けろ!」
身の危険を感じたツバキは慌てて指示を出すが、突然の緊急事態に誰もが対処できないでいた。
「味方に当たってしまいます!」
「だったら死んでも止めろ!」
根性論で部下を叱咤激励し、混乱の渦中である戦地に次々と投入する。しかし覚醒したミズの前では肉壁にすらならず、質の悪い冗談みたいに頭を蹴り飛ばされていた。
一人は踵蹴りで脳天を裂かれ、一人は膝蹴りで頭部を粉砕され、一人は後ろ回し蹴りで首ごと吹っ飛ばされている。
血飛沫を浴びながら踊り狂い、雨によって浄化される様子は地獄絵図。悪夢のような光景を目にして、ツバキは開いた口が塞がらない。
死そのものが徐々に近づく恐怖。ただ殺される順番待ちしかできず、ついに自分の番がやってくる。
せめて左腕が万全であれば、火が水の相克関係でなければ、雨が降って火が弱まってなければ応戦できたのに。できなかった理由を探すツバキは戦意喪失していた。
「ーーひっ!」
かすかに漏れる悲鳴。その怯えようは年相応の乙女であり、エンジと瓜二つの容姿はミズに一瞬の迷いを生み出した。
突如、鳴り響く銃声。ウメが構える散弾銃は、正確にミズの心臓を撃ち抜いていた。左半身を失った彼は事切れ、いくつもの死体と一緒に眠りにつく。
「でかしたぞウメ!」
硝煙を漂わせ、ウメは膝をつく。最初にミズからの一撃をくらった彼女もまた満身創痍だったが、主君を守れたことに安堵する。
「……地獄の先までお供します」
「同じくっ!」
またスオウも無事のようだ。彼は何度もミズに突撃していたはずだが、特別頑丈な体により一命を取り留めている。
「予は本当に、良い家臣を得た」
救いの手と心強い仲間の存在により、ツバキの瞳に再び生気が宿る。
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