20-1. LIFE
アスナが参戦する前、ライたちはルリが眠る天幕へと駆けつけていた。入口の布ごと刀で切り裂くと、中には上体を起こしたミズが虚ろな目をして佇んでいた。
「ミズ! 起きてたのか⁉」
ライが声をかけると、ミズはいつもの軽快な表情を取り戻す。
「血相変えてどうしたさー? もしかして、夜這いに来た?」
「ルリを連れて逃げるんだよ! お前だけ心中してろ!」
「駄目だよライ。ルリちゃんの回復にはミズが必要なんだから」
仲裁に入るエンジ。いつものやりとりに和みかけながらも、ミズは非常事態であることを感じ取ったようだ。
「んー? 話が見えないさー」
「とにかく! 紅が裏切った! ルリを狙ってるから逃げるぞ!」
「あいあいさー」
……というのが先刻までの回想である。
「ライ! 離して!」
「黙ってろ!」
戦場に残ろうとしていたエンジと、いまだに眠り続けるルリを両脇に抱え、ライは森の中を疾走していた。その背中を追うようにして、ミズが暗い面持ちで並走している。
「だって、こんなの何かの間違いだよ……」
「今それを考えている時間は無い!」
そうエンジを叱責しておきながら、ライ自身も頭の中は混乱していた。紅の姫と依代の状態は安定していたはずなのに、なぜ姫の方だけ暴走してしまったのか?
などと思案していると、横にいたはずのミズが急に歩みを止めた。
「おい! 立ち止まるな!」
「……わりぃ。やっぱ俺っち、一緒には行けねぇ」
「どうして⁉ 一緒に逃げようよ!」
ライの手を振りほどき、エンジはミズの元へと駆け寄った。
「このまま俺っちの速度に合わせてたら、奴らに追いつかれちまう。なら、せめて足止めくらいするさー」
ミズは武器化により左足を失っているため、まともに走れるような状態ではなかった。
「嫌だ! ミズが残るなら、ボクも一緒に残る!」
駄々をこねるエンジを見かねてか、ミズは彼の頭を優しく撫でる。
「エンジはルリを頼むさー」
「でも、ミズがいないとルリちゃんは……」
「これ持ってけ。武器さえあれば十分だってよ」
ミズは左足についていた刃を取り外してエンジに渡す。
「片足で戦えるの?」
「なんくるないさー」
そう言うとミズは親指を立て、疲れを感じさせない爽快な笑顔で応える。そして後腐れが無いよう、きっぱりと背中を向けた。
「行くぞ」
ミズの覚悟に水を差してはいけない。そう頭では理解していたはずなのに、ライは彼に無理難題を押し付けずにはいられなかった。
「死ぬなよ」
ミズは無言で手を振るも、ついぞ振り返る様子は見られない。
× ×
黒煙立ち込める戦場の最中で、アサギはアスナを起き上がらせようとする。
「無事かアスナ」
「……けほっ、けほっ。何が起こったんですか?」
「ツバキの技で辺り一帯が爆破された。私の術が間に合ったが、よく周りを警戒しろ」
「……ええ」
本来は相手を縛る水牢の術であったが、咄嗟の機転によりアサギは防御として活用していた。おかげで被害は最小限に抑えたものの、設置されていた天幕は軒並み焼き払われている。
果たして草原の民たちは無事に避難できたのだろうか。自分よりも他人を気遣うアスナの心が緩んだ時だった。
「アスナ!」
アサギに突き飛ばされてから、彼女の視界に映ったのは、今まさに金棒を振り下ろそうとするスオウの姿だった。
「怒首我羅!」
金棒がアサギの後頭部に直撃する。噴水のように飛び散る鮮血。見るからに致命傷の攻撃を受け、彼女は地面に倒れて動かなくなった。
「アサギ!」
駆け寄ろうとするアスナの足に鎖が絡みつく。そして眼前には血に濡れた金棒が迫ろうとしていた。
「猩々緋滅!」
身を伏せて回避。しかし目を離した一瞬の隙をついて、頭上からツバキが襲いかかる。
「吟風……」
「陽炎・紅蓮螺丸!」
応戦しようとするも瞬時に間合いを詰まれ、ツバキの拳がアスナの胸を貫いた。武器を落として吐血する草原の乙女を見下ろし、ツバキは冷ややかに呟く。
「あっけないものだな」
アスナは絶命寸前の残り少ない気力で、ツバキの腕を掴む。
「……忘れないでください。どんなに状況が悪かろうと、手遅れではありません」
「最後まで頑固とは」
「草原の国から連れ出してくれたあなたのことを、私は親友だと思ってますから……」
自分を殺した相手に投げかけるような言葉ではないな。出会った時からアスナは、誰かのことばかり心配していたのを思い出す。
時間としては数秒に満たない逡巡ではあったが、戦場ではその油断が命取りとなる。
「流転・漣!」
背後から忍び寄っていたアサギがツバキの肩に刺さっていた槍をつかみ、そのまま左肩を抉り取ってしまった。
「……小癪なぁ!」
紅の姫の意地として悲鳴はあげなかったものの、怒髪天を衝くには十分すぎる痛手。
「紅月流陰陽術・火達磨」
すぐさまウメが屍となったアスナを突き放し、ツバキの右腕を開放する。だがその間にも、アサギは次の攻撃動作に入っていた。
「天泣慈雨・青龍寒九!」
目にも止まらぬ神速の突き。至近距離では不可避である槍捌きを、スオウは真正面から金棒で防ぎ切ろうとする。
「鬼灯・百日紅!」
肉体強化するも槍の威力には敵わず、後ろへ吹っ飛ばされてしまうスオウ。だが盾役としての役目は立派に果たしており、彼と入れ替わる形でツバキが懐に入った。
「熱血砕心・業火滅却!」
もしも万全の状態であったなら、アサギも槍を引き戻して応戦できたであろう。しかし今は頭部の損傷で意識が朦朧としており、大技による反動で体が固まっていた。
ゆえに、無慈悲にもツバキの拳は彼女の胸を貫通し、体の内側から炎で焼かれてしまう。火に包まれ絶命していながらも、アサギはツバキを睨み続けていた。
「……火葬の手間が省けたな。すぐに追いかけるぞ!」
左腕が落ちないよう、包帯で固定するだけの応急処置を施し、ツバキたちは戦火広がる荒野を後にした。
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