18-2. Mission possible ~but difficult task~

 どんちゃん騒ぎをしている宴会場を通り過ぎ、エンジはツバキがいる天幕の前まで来た。先導していたウメが先に入るよう促すので、エンジは居住まいを正してから呼びかける。


「エンジです。姉上、失礼いたします」


 ツバキの返事を確認してから、エンジは物音を立てぬように天幕へと入る。中で待ち受けていた彼女は、痛々しい包帯に巻かれていながらも軽快に話す。


「おう、よくぞ来た。くるしゅうない」


 床の座布団に腰を下ろすエンジ。見た感じは大丈夫そうだが、弟して姉の容態を心配しないわけにはいかない。


「大戦で負傷したお体の具合はいかがでしょうか?」


「これも勲章と思えば安いものよ」


「流石は姉上。頼もしい限りです」


「何、これもエンジが出した武器あってこそ。その後、右腕に大事は無いか?」


「はい。国を失った痛みに比べれば、この程度は些細なものです」


 エンジは守護神との契約で己の肉体を武器化して以来、大戦後も右腕を失ったままだった。彼の右腕と引き換えに出した武器は、今や腕輪としてツバキの腕に装着されている。


「そうか。お互い五体満足とはいかなかったが、命あるだけでも喜ばしい。ほら、エンジも飲め」


「ありがたく、頂戴いたします」


 杯を交わす姉弟。エンジは酒を一気に飲み干してから、単刀直入に切り出した。


「……ぼくに話があるのではなかったのですか?」


「姉弟の雑談は嫌か?」


「とんでもないです!」


「ふっ、冗談だ。青の女王の様子はどうかと思ってな。青の民からは聞き出しづらい」


 自嘲気味に笑うツバキ。彼女の真意を探れないまま、エンジは現状を伝える。


「……あまり、よろしくありません。このままでは命の危険があります」


「一緒に戦った、ミズとか言う男は?」


「同じく重症ですが、原因は外的な負傷のため、安静にしていれば回復するかと」


「……ふむ、そうか。ならばやはり、攻め入るなら今夜しかないようだな」


「は? 今、何と?」


 自分の聞き間違いだろうか? いや、そうであってくれと願う彼の耳へ、ツバキは非情な企てを告げた。


「青の国と戦争する前に、青の女王を始末する。このまま放って置いてもくたばりそうだが、依代の男が厄介そうなのでな。弱っている内に片づけるぞ」


 目の前で話している彼女は、本当に自分の姉なのか? そんな疑問が浮かんで混乱しながらも、あくまでエンジは理論的に批判する。


「無礼を承知で言わせてください。青は同盟国ですよ? 一緒に黒を倒した仲間を、後ろから刺しては国の信用問題に関わります」


「黒の正体は黄だった。そして砂漠の国は滅んでおり、水の相克である土の人間は存在しない。そして火の相克が水となれば、紅の国は常に脅威から怯え続けることになる」


「ルリちゃんは、いえ、青の国はそんなことしません!」


「そんな保証がどこにある? 今の青の女王が死ねば、同盟など破棄される。真の平和を手に入れるには今しかないのだ。分かってくれ」


「ぼくには到底、理解しかねます……」


「頼む。この通りだ」


 一国の姫ともあろうツバキが、まさかの土下座をしてまで懇願してきた。予想外の行動に動揺したエンジは、理論ではなく感情に押されてしまう。


「……少し、考えさせてください」


 情けないことに、捻り出した返答は保留だった。だが、それは許されない。否応にもなく決断を迫られる。


「時間が無い。エンジには重要な任務がある」


「ぼくに何をさせたいのですか?」


 青を攻めるのであれば、青と懇意にしている自分に計画を漏らすのは愚策だ。勝手にやればいいものを、なぜ打ち明けたのか。


 そして、エンジは知ることになる。質問するべきではなかった。さっさと、この場を去るべきだったと後悔する。


「紫の足止めをしろ。手段は問わない。奴に勘づかれぬ内に、青の寝首をかく」

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