最終章

18-1. OVERCOME

 世界侵略を企む黒い軍勢との戦争は、連合軍の勝利によって幕を閉じた。


 連合軍は戦地である砂漠を後にし、草原の国付近へと移動する。そして疲弊した兵士を労うため、盛大な祝勝会が開かれた。


「らっせーら! らっせーら!」


 すっかり日が沈んだ夜、巨大な篝火を中心に囲んでの酒盛り。さらには大騒ぎして踊り出す、草原の民の掛け声が響く。その中に紅の民も混ざり、仲睦まじい様子で余興を楽しんでいる。


「はっはっは! 皆の者、宴だ! 勝鬨を上げろ!」


 宴会の様子を一段高く見下ろしているのは、戦争の一番の功労者であるツバキだ。片手に持つ大きな盃を一息で飲み干す。


 実に豪快な飲みっぷりを発揮する主人を見ても、従者のウメは心中穏やかではいられない。


「姫様、お体に障りますゆえ、ほどほどにしてください」


 ツバキの左目には痛々しい包帯が巻かれていた。ギンの最後の攻撃を無効化し切れず、斬撃を左目に受けたのである。


 途中でミズが間に入り、斬撃を逸らさなければ首の頸動脈が切れていただろう。だが、九死に一生を得たツバキは、勝利の美酒に酔いしれていた。


「馬鹿者! 今酒を飲まずして、いつ飲むのだ! 浴びるほど飲め!」


 自国を滅ぼされた姫が、一族の悲願である復讐を果たしたのだ。その夜に勝利を祝い、興奮するのも無理はない。


 今日ぐらいは大目に見よう。そう考え直して窘めるのを諦めたウメだったが、大手を振って宴を楽しむ気分にはなれなかった。


 なぜなら、宴会の中には青の民の姿が無かったからである。




 宴会場より離れた所にて、青の民は天幕の準備をしていた。戦争に勝ったというのに、彼らの表情は不安そうである。


 それもそのはず。戦闘終了後、我らが青の女王たるルリが病に伏せたのだ。仕えるべき主君が倒れている間に、直属の兵士が宴に参加するわけにはいかない。


 自粛の雰囲気が流れ、勝利の余韻に浸れない中、アサギは懸命にルリの看病をしていた。その隣では全身包帯巻きのミズが寝かされており、彼のことをライとエンジが険しい表情で見守っている。


「何故、ルリ姫様は急に体調を崩されたのだ? 戦場で何があった?」


 アサギの声音には、誰かを咎めるような刺々しさは無い。ただ本当に心配で、困惑していることから、エンジは意を決して話し出す。


「ルリちゃんは姉上の支援するため、占星術を連続で行使していました。でも、相手の攻撃からも守り切ったはずなんです……」


「しかし現に今、姫様はこんなにも苦しんでおられる。一体、何が原因なのだ?」


 ルリに外傷は見当たらない。それでも意識不明の重体であり、寝顔は苦悶の表情に歪められている。この小さい体に何を背負っているのか、考えただけでアサギは泣きそうだった。


 その様子を見かねたライは、自分の知識が手助けにならないかと質問する。


「一つ聞きたい。青の女王は先代も、先々代も病弱だったと聞く。それは今のルリと同じ病状だったか?」


「確かにそうだが、発病するには唐突だし早すぎる。それにもし同じ病だとしたら、もはや我々には手の打ちようがない……」


 一族を蝕む謎の奇病に、ライは心当たりがあった。


 正式に紫を継承したライには、今まで無かった刀の鞘がある。この鞘には特別な機能があり、歴代の紫が受け継いだ情報が蓄積されているのだ。


 まさに図書館を待ち運びしているようなものであり、それらの情報を閲覧したライは知識量が格段に向上していた。彼女は調べた上での推測を述べる。


「……おそらく、願望の回路が不完全なのだろう」


「願望の回路って?」


 聞き慣れない言葉にエンジが首をかしげる。さらに詳しくライは説明した。


「守護神は民の信仰心により力を得て、民に守護神の加護を与える。その橋渡し役として姫と依代が必要なのだ。姫は民から、依代は守護神からの力を供給し、それぞれが繋がれば願望の回路が完成する」


 つまり、力の循環。姫と依代の存在は、民と守護神を繋げる装置だ。この仕組みについては、エンジもルリから話を聞いていた。


「ちょっと待って。ミズは武器化できたのに、それでも回路は機能しないの?」


 依代さえ守護神と契約してしまえば、力の循環は円滑に進むはず。条件は揃っていながら、どうして異常事態に陥ってしまうのか。ライは冷静に分析した。


「ミズとルリは出会って日が浅いからな。まだ完全に回路が連結できていない」


 回路は左右に二本ではなく、上下に一本と想像する。現在はミズとルリの間に心の壁があるため、漏れ出た力がルリの体を蝕んでいる状態だ。


 迫害されていたがゆえの弊害。だが、今それを非難したところで何も始まらない。今できることをアサギは考える。


「どうすれば治療できる?」


「今はただ、時間が解決してくれるのを待つしかない。それまでは、できるだけ二人を近づけさせよう」


 そう助言するとライは、寝ているミズとルリの手を重ねさせる。心なしか、ルリの表情も柔らかくなった。


「いっそのこと抱き合わせよう」


「いや、ミズも重体だからな?」


 患者の扱いに対してアサギとライが揉めていると、天幕の入り口からウメが顔を出した。


「取り込み中、失礼。エンジ様、紅姫様がお呼びです」


「姉上が? でも、今は宴で騒ぐ気分じゃ……」


「いえ、宴ではなく、姉弟で少し話がしたいとのことです。紅姫様も目に大怪我をされておりまして、どうかエンジ様の方から会っていただけないでしょうか?」


「そういうことなら、断る理由も無いね」


「待て。何を話すつもりだ? オレも同行する」


 普通に考えれば、弟が姉のお見舞いに行くだけの流れだろう。だが、その時のライには嫌な予感がしていた。


 横柄な態度をとるライに対し、低姿勢なウメは淡々と口上を述べる。


「私はただ主君の命令を遂行するだけです。その中にライ殿の同行は含まれておりませぬゆえ、何卒ご容赦くださいませ」


「お前の許可は求めていない」


「まぁまぁ、ライ。どうせ強行しても、意固地な姉上に追い返されるだけだよ。姉上の容態も心配だし、ここはぼくだけで大丈夫だから」


 困り顔のエンジに宥められては、強情なライも引き下がるしかない。自分が心配のしすぎだと言い聞かせ、仕方なくライはエンジを見送った。

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