17-2.Red Like Roses, Pt. II

 まるで大群とも呼ぶべき銀の斬撃が通り過ぎる。そして後に残ったものは、仲間を守って立ち往生するミズの姿だった。


 折れていた左足が無くなり、代わりに光り輝く槍が生えている。


「青嵐」


 味方を守ろうと無我夢中だったミズは、咄嗟に己の左足を武器化していた。そしてギンの猛攻を耐え忍ぶことができたが、完全には防ぎ切れず体が血塗れになっている。


「土壇場で武器化に成功したか。むしろ好都合」


 黄金の鎧を装備したギンは、余裕綽々と歩み出た。彼の目的は武器の回収、もとい混ぜ合わせることで生まれる白い男性だ。


 ゆえに、武器化したミズを優先的に斬り殺そうとする。


「吟風弄月・沙羅双樹!」


「流星乱舞・水無月!」


 体の変化に慣れないながらも、ミズは槍となった左足でギンの攻撃を捌く。全身が痛みで悲鳴を上げている状態だが、歯を食いしばって根性だけで技を繰り出す。


 一方では、鉄球を受けて気を失っていたエンジが目覚める。瞼を開くと霞む視界の中に、見知った姉の顔が映り込んだ。


「あ……姉上?」


「気がついたか弟よ」


 優しい微笑みに、額には大粒の汗。それと自身の折れた右腕の痛みにより、脳を回転させたエンジは今の状況を把握する。


「そんな……ぼく達を庇って⁉」


 ツバキは己の身を挺し、ギンの斬撃からエンジとルリを守っていた。背中は痛々しい刀傷で刻まれ、床は血溜まりで広がっている。


 それでも彼女は笑顔を崩さない。


「なーに、大したことはない」


「早く治癒を!」


「馬鹿者。休んでなどいられん。ミズも限界だろう」


 エンジに背を向け、ツバキは立ち上がる。視線の先には、彼女よりも重傷なミズが、命を懸けて戦っていた。


 そしてエンジの隣には、不安そうに祈り続けているルリの姿もある。ミズを助けるなとは口が裂けても言えない。だからこそ戦う道を選ぶ。


「でしたら、ぼくも武器化します」


「ならん。相手の思う壺だ」


 今現在、無防備なエンジ達が標的とされていないのは、優先順位が低いからに過ぎない。その中で不用意に武器を出せば、格好の餌食だろう。


 だが、彼には秘策がった。


「ぼくの武器を、姉上が使えば良いのです。勝てば問題ありません」


「なるほど。ふっ、それでは断れんな」


 己の肉体から作り出したとはいえ、その武器を依代が使わなければいけないという道理は無い。むしろ五体満足の人間が使用した方が、遥かに扱いやすいだろう。


 そんな当たり前のことにも気づけず、ツバキは思わず笑みを零す。


「一世風靡・金銀蓮花!!」


「嵐気流・満点星!」


 作戦会議中にも、ミズは決死の覚悟で食い止めている。どうして生きていられるのか不思議なくらい、彼は今にも死にそうでボロボロだった。


「一刻の猶予も無い。武器ができたら渡せ!」


「承知しました!」


 戦いに加勢するツバキ。その背中を敬礼で見送るエンジだったが、隣にいたルリが素朴な疑問を投げかける。


「しかし、どうやって武器化するのじゃ?」


 ……そうだった。ミズに武器化の方法を聞こうにも、彼は死線の真っ只中にいる。失念していたエンジが敬礼したまま固まっていると、紅蓮が猫の姿で語りかけてきた。


『簡単なことにゃ。吾輩に体を献上しろ』


 どうやら守護神との契約を重ねれば、依代の肉体を武器にできるらしい。エンジは慎重に問いかける。


「紅蓮。武器化できるのは一部分だけ?」


『それでも良いが、差し出す量が多ければ武器も強力になるにゃ』


 先の質問の意図は、武器化できる肉体の箇所は選べるのかということ。ならばエンジに迷いは無かった。


「なら、ぼくの右腕をくれてやる!」


『よかろう』


 契約が成立した途端、彼の折れた右腕が赤く光り出す。燃え上がるような熱を発した右腕は感覚を失い、身体から離れた物体は一つの腕輪へと変化した。


 エンジは腕輪を左手で拾い、ツバキに投げ渡す。



「姉上! これを!」


「弟が払った代償、決して無駄にはしない!」


 腕輪を受け取ったツバキは、それを右腕に装備する。まるで最初から使い方を知っていたかのように、体の内側から力が沸き上がってきた。


 ミズと交戦中であるギンに向け、中距離から火炎の奔流を解き放つ。


「煉獄・豪火絢爛!」


「空蝉・火樹銀花」


 ギンは炎をものともせず、それどころか刃に炎を乗せてツバキに突っ込む。だが、彼女は攻撃の手を緩めず、さらに中距離から炎と共に拳を叩き込む。


「東天紅彼岸・熱烈峻厳!」


「銀世界・風前ノ灯」


 しかし、そんなツバキの猛攻も、ギンによる無数の斬撃に呑み込まれてしまう。依代の武器の性能は、どれだけの肉体を捧げたかで決まる。ゆえに、全身武器化の鎧を纏ったギンに対し、体の一部分だけを武器にしたミズとツバキが敵うわけがない。


 だが、例え敵わないにしても、同じ土俵には立てている。


「明鏡止水!」


 通過する斬撃の大群を掻き分け、ギンに接触したミズは残りの電気を全て流し込む。


「無駄だ。水も火も雷も、黄金の鎧には効かない」


 かつては相手を昏倒させた切り札も、鎧に守られていては通じなかった。ギンはミズの首を掴み、締め上げながら水分を吸収する。


「黄泉」


 ミズは必死の抵抗を試みるが、ギンは全く動じない。ツバキは先程の斬撃により倒れており、助太刀に行くのが遅れてしまう。


 やがてミズは力尽き、木乃伊のように干乾びる。その様子を黙って見ていることができず、ルリは危険を冒して大呪文を詠唱した。


「青天流占星術奥義・葵・蓬莱冠水!」


 大量の水が津波のように流れ込み、瞬く間に部屋内が水没した。水分を得たミズは一命を取り留め、かろうじてギンの手から脱出する。


(くっ、相生であるボクに無駄な術を……)


 確かに重い鎧を装備したままでは、水中での身動きが取り辛い。だが、それだけだ。依然として水属性の攻撃は致命傷とならず、水中では火の攻撃も弱まる。


 しかし、土に対して木は相克だ。そして水は木を強化する作用がある。ゆえに、強化されたギンの属性に影響され、キンの鎧が崩れ始めた。


(馬鹿なっ⁉)


 自滅という予想外の展開により、有利だったギンも平静を保てず焦る。形勢逆転の糸口が見えたルリは術を解除し、水浸しだった部屋を元に戻す。


「今こそ好機! 予が畳み掛ける!」


 誰よりも早く立ち上がったのはツバキだった。水の中にいても腕輪の力により守られていたため、目を爛々と輝かせて距離を詰める。


「舐めるな! 銀世界!」


 ギンによる斬撃の大群が襲い掛かる。また、その威力は水の影響により強化されていたが、それを上回る火事場の馬鹿力でツバキは中央突破した。


「熱血砕心・業火滅却!」


 無数の細かい斬撃を抜けた先には、双剣を構えるギンの姿がある。黄金の鎧は所々が崩れているが、それでも荘厳なる佇まいで技を繰り出す。


「森羅万象銀河・風林火山!」


 まるで空間そのものを裂くような、恐ろしく静かで速い巨大な太刀筋。目に見えない刃は非常に薄く、限りなく透明に近い。


 まさに必殺。世の理を捻じ曲げかねない、不可避の刃。


 死を悟りかけたツバキは、自分の体が燃えるように熱いことに気づく。心臓の鼓動が数段に跳ね上がった。この世界の時間よりも、自分は速く生きている。


「紅蓮流赤手空拳奥義・旭蓋世・紅蓮大文字!」


 最後の気力を振り絞って、ツバキは拳に火炎を乗せた。

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