17-1. 火とリズム

 時は少し遡り、スオウとウメは仇敵である黒騎士と戦闘の真っ最中だった。


「狒狒・猩紅!」

「漆黒剣・宵闇」


 力任せに振るうスオウの金棒を、黒騎士は大剣で正面から弾く。二人が鍔迫り合いをしている隙に、ウメは後方から陰陽術を行使する。


「不知火」

「残心・蟻通」


 黒騎士は足を動かさず、地面を滑るような歩行法で術を回避した。そして鬱陶しい彼女に向けて、飛ぶ斬撃を繰り出す。


「橡・鴉天狗」

「緋連雀!」


 複数の分銅を投げ込むことで、ウメは相手の技に対応する。またスオウも攻撃の手を休めることなく、上段からの重い振り下ろしを胸に当てた。


「猩猩・緋縅!」


 会心の一撃。常人ならば絶命するであろう技を受けてなお、黒騎士は数歩後退するだけの被害に収まる。


「くくくっ……。ここまでやっても、貴様らでは鎧に傷一つ付けられん」


 兜の隙間から笑い声が漏れる。どれだけ相手が息の合った連携を見せようとも、攻撃が通らないのであれば無駄な足掻きだ。


 しかし、鎧の胸部からピキィと、硬質な音が聞こえた。確認すると罅割れており、黒騎士から余裕が消える。


 彼の鎧は受けた衝撃を地面に流す特別仕様だ。ゆえに鈍器では致命傷を与えられないと、高を括っていたために二人の変化に気づけない。頭から角が生えている。


 また時を同じくして、一本の矢が彼の胸に突き刺さった。


「疾風・花鳥風月」


 矢を射ったのは、黒い軍勢の残党を狩り尽くしたアスナロだ。彼女は感情を表に出さぬまま、標的に向け狙いを定める。


 生身には達しないとはいえ、鎧の耐久性を下げられるのは厄介極まりない。黒騎士は軽々と跳躍し、アスナロとの距離を一気に詰めようとする。


「夜魄冥罰・黒士無双!」


 自分に向けて大剣が振り下ろされようとしても、集中したアスナロは眉一つ動かさない。不動の構えのまま、冷淡に弓矢を放った。


「乾坤一擲・光風霽月」


 見事、黒騎士の胸部に矢が突き刺さる。鎧を破壊するには至らないが、それでいい。なぜなら彼女の狙いは、火種を残すことにあったからだ。


「十字砲火・爆砕・紅口白牙!」


 スオウとウメの二人による、交差する連携技が黒騎士に炸裂する。さらに技はアスナロが射る矢により強化され、頑丈な鎧を破壊することに成功した。


 不用意に跳躍した黒騎士は衝撃を受け流せず、火達磨となって地面に転がる。悶え苦しむ彼をよそに、アスナロは駄目押しの一矢を頭部に突き立てた。


 かつての仇敵は事切れ、灰となって消え行く。その惨めな姿を見ても、傷んだ心が癒えるわけではない。


「助かった。礼を言う」


 加勢しに来てくれたアスナロへ、素直に感謝を述べるスオウ。だが彼女は一瞥もくれることなく、その場へペタリと座り込む。


「……はぁ、怖かった」


 先程までの無機質な雰囲気はどこへやら。戦場の緊迫した空気が霧散し、思わずスオウは笑ってしまいそうになる。それに気づいたアスナロは気恥ずかしそうに微笑む。


「ああ、スオウ様……ご無事で何より」


「あんたのおかげだ」


 スオウは優しく手を差し伸べ、立ち上がろうとするアスナロの手伝いをした。ほっこりした光景を見ていたウメは、面白くなさそうに話を中断させる。


「先を急ぎましょう」


 まだ戦争は終わっていない。主であるツバキの元へ向かうべく、三人は奥の部屋へと進む。

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