16-4.NEXUS

 渾身の力を込め、キンの腹に拳を当てたツバキ。のけぞった彼は数歩後退し、吐血するも倒れない。


「……打たれ強いのは、自分だけや思うなぁ!」


 逆上したキンが攻撃の動作に入る前に、すぐさまツバキは追撃しようとする。


「水面!」


 合図せずともルリは技を放つ。即席の組み合わせにしては、息の合った連携を見せていた。


「同じ手が何度も通用するかぁ!」


 キンは左手を伸ばし、ルリの術である水を吸収した。それを見たツバキは急停止するも、大きく体制を崩してしまう。


「黄塵万丈!」


 その隙をキンが見逃すはずもなく、鉄球を横回転で振り回てツバキを吹き飛ばした。さらに鉄球は宙に浮かぶ火の玉を掻き消し、勢いを増して狙いを定める。


「豪放磊落!」


 向かう先は、厄介な術で支援するルリだった。迫り来る脅威を察知したミズは、ギンとの戦いを中断してまで鉄球の軌道を変えようとする。


「流星!」


 鉄球の横から飛び蹴りを繰り出すも、相克の関係では威力が弱まってしまい、ミズは回転に弾き返されてしまう。身体能力が高くないルリは逃げることができず、ただ立ち竦むことしかできなかった。


「ルリちゃん!」


 と、そこへエンジが飛び込み、彼女を横から突き飛ばす。


「エンジ⁉」


 間一髪でルリは救い出され、代わりにエンジが鉄球の餌食となる。華奢な体で受け止め切れるわけもなく、床に転がった彼は呼びかけにも応答しない。


「貴様ぁ!」


 一部始終を見ていたツバキは、怒号を響かせてキンへ殴りかかる。キンが彼女を相手取っている間、ギンはルリへと静かに歩み寄ろうとしていた。


「待て」


 呼び止めたのは、キンの鉄球に弾き飛ばされたミズだ。相克の技に巻き込まれたことで、彼の体は甚大な被害に遭っていた。


 全身が傷だらけであり、そこから血が勢いよく流れ出ている。満身創痍なミズが立ちはだかる様子を見て、ギンは鼻で笑った。


「なんだ死に損ない。退け」


「死んでも退かん。お前を殺す」


 確固たる意志を持って、ミズは宣戦布告した。すると彼の体にある刺青が、紋様のように全身へと広がる。


 奇妙な事象を目の前にして、ギンは冷静だった。なぜなら、相手の異変に気づいていたからだ。


「虚勢だな。左足が折れている」


「だから?」


「理屈で分かるだろ? 君に勝ち目は無い」


「なんくるないさ。理屈だけで生きてんだったら、もうとっくに死を選んでる」


 ならば死ね。これ以上の言葉を交わすの無意味であり、ギンは返答する代わりに斬りかかった。


「吟風弄月!」

「青巨星!」


 足を負傷している以上、ミズは差し違える覚悟で蹴りを繰り出す。先程のような防ぐ技ではなく、超攻撃的な技を選んでいた。


 攻撃の隙間を縫い、顔面に蹴りを入れられたギン。だが、相生の関係では致命傷にならないため、構わず彼は連続攻撃の技を出す。


「花一匁・徒然草!」

「綺羅・流星群!」


 ギンの技に対応するため、ミズも連続蹴りを放つ。我が身を顧みない、無鉄砲な突撃であるのに、何故かギンの刃はミズの肉体を斬り裂けない。


 もはや辛抱ならぬギンは、己の肉体を強化する。さらに技を掛け合わせることで、中距離から複数の斬撃を飛ばした。


「弟切草・銀鱗躍動!」

「秋水・竜舌蘭!」


 力技には、力技で勝負するミズ。なんと、ギンが飛ばした斬撃を、蹴りで斬り落としたのである。片足が折れているとは思えない強烈さは、刀のように鋭い。


 しかし、どれだけ技が昇華されようとも、水と木は相生関係。何度もミズと接触したギンは力が溜まっており、斬撃の時間稼ぎで既に大技の準備が完了していた。


「雲龍風虎・翡翠・沙羅双樹!」


 双剣に宿っていた龍と虎の像は解き放たれ、凝縮された風と木の葉の斬撃となり、ミズへと容赦無く襲いかかる。背後にはルリとエンジが控えており、一歩も引くことはできない。


 覚悟を決めた彼は、具現化した暴力の台風へと、真正面から飛び込んだ。


「青嵐・北斗七星!」


 技名を叫ぶと同時に、ミズは斬撃の渦へと呑み込まれる。ここまでの健闘も虚しく、やはり属性の相性が悪くては抗えない。


 かと思いきや、斬撃の台風は破裂し、霧散して消えた。中から現れたのは、傷だらけのミズである。


 単純に技をぶつけただけでは、ギンの大技を相殺できない。ならば、わざと台風の目へと侵入し、内側から全力の蹴りで破裂させれば良い。


「……正気か?」


 自殺行為とも取れる相手の破天荒さに、ギンは驚愕して動けない。大技を出した反動も残っており、台風が過ぎ去った後は静寂が流れる。


 余談だが、ギンは耳を武器化しているため、音が聞こえない。器官の欠損はキンと同じく、別の方法で補っている。それは超音波だ。


 また、彼の超音波は特殊であり、波紋の形を読み取ることができる。どの物質や人間も固定の波形を発しているため、耳が聞こえずとも相手の言葉を理解できる上、全方位から相手の動きを察知することが可能だ。


 ゆえに、ミズが波紋を立てずに近づいても、ギンは反応できないでいた。視界には映っていても不気味すぎて理解が追いつかず、無抵抗のまま首を絞められる。


「明鏡止水」


 ミズの切り札。それはライの雷だ。ライの属性は金で、水とは相生である。また特異体質のミズは充電が可能であり、今まで受けて蓄積された雷を大放出した。


「ぐがああああああーーーーッ⁉⁉」


 雷は木に対して相克であるため、ギンは再起不能の衝撃を受けて倒れる。


「ギン⁉」


 相方の悲鳴を聞き、キンの注意が逸れる。その隙を見逃さず、ルリは自分の役目を遂行した。


「青天流占星術・泡沫!」


 宙に浮いた水の塊が飛んで行き、キンをびしょ濡れにする。


「わっぷ⁉ 無駄な足掻きを……」


 土属性のキンに火と水は効果が薄い。火に水を通せば無属性となるが、攻撃する前に水を土に吸収されてしまう。ならば、対象そのものを水浸しにしてやれば良い。


 その狙いに気づいた時には既に、ツバキが眼前に迫っていた。


「薔薇・紅一点!」


 常人の何倍もの筋肉量で構成された、怪力女の拳がキンの腹部に叩き込まれる。思わず呻き声を上げそうになるのを堪え、すかさず彼は反撃した。


「金鯱!」

「陽炎・紅蓮螺丸!」


 見せかけの攻撃で頃合いを外してからの、腰を捻った回転殴りが脇腹に打たれる。近距離戦ではツバキに軍配が上がり、キンは内臓が破裂しそうな痛みに悶絶した。


 とは言え、無属性は本来の攻撃を弱化させたものだ。これだけでは致命傷にならないため、最後に彼女は勝負を終わらせにかかる。


「紅蓮流赤手空拳・彼岸・熱烈峻厳!」


 拳の一発一発に、相手を必ず倒すという、明確な殺意を込めて打つ。瞬時に何発も放たれた拳は正確に的を射ており、殴られたキンは派手に吹っ飛んで倒れた。


「……形勢……逆転だ。降伏しろ……。さもなくば、殺す」


 仲良く倒れているキンとギンに向け、ツバキは最終通告を言い渡す。だが、彼女自身も肩で息をしており、気を失ったミズとエンジをルリが介抱している状況だ。


 これ以上、戦えないのはお互い様である。それを知ってか知らずか、まだ諦め切れないキンは抵抗して策を弄す。


「こうなったらギン、お前が白になれ」


「そんな、ボクでは……」


「ええから! このままじゃ埒があかん!」


「……分かった。君の意志は、ボクが継ぐ!」


 何かしようとする二人に危機感を抱き、ツバキは問答無用で焼き殺そうとする。


「豪火絢爛!」


 だが、もう遅い。既にキンの術式は発動していた。


「金獅子・天衣無縫」


 キンとギンは金色の光に包まれ、火炎から身を守る。さらに直接、ツバキは殴ろうとするも間に合わない。


 やがて消えた光の中から現れたのは、黄金の鎧を身に纏ったギンだった。彼はツバキの拳を片手で受け止め、彼女を軽々と投げ飛ばしてしまう。


「くっ、なんだ奴は……ッ⁉」


 突然の事態に動揺しながらも、ツバキは受け身をとる。また果敢に攻め入ろうとした時には、もう既にギンは次の技の予備動作に入っていた。


「銀世界」


 銀色に舞う無数の斬撃が、ツバキ達を無慈悲に襲う。

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