16-3.ΛSHES<MODv>
血を血で洗う激闘の末、勝敗を分けたのは居合斬りの速度だった。煙の中を縦横無尽に移動できるキラに対し、中央を据えるライは待ち構えるしかない。
混沌とした局面で後手に回るのは、自分から命を指す出すようなもの。そう相手に思わせることで、ライは活路を見出した。
彼女はキラに左手を斬り落とされている。だからこそ、強襲は左側だと予想できた。しかし、反応できなければ意味が無い。ならば、読む。
ライはキラが現れる寸前、左手から激しく発光する雷の刃を生やした。それで斬りかかる紫煙を往なし、右手に握る紫電で斬り返す。
現世に異界への門が開いた時、地獄の遣いである蝶々は死者を誘う。
「……お見事」
勝者を称えるキラの口からは、笑みと共に血が滴っている。そして胴体から鮮血が溢れ、静かに倒れた。
「母上ぇ……」
緊張の糸が切れたライは、今にも泣きそうな顔でキラの元へ駆け寄る。左手を失い、胸を貫かれた彼女の方が出血多量で死に体だが、それでも最後の気力で母を抱き起す。
「何故、自分で殺し合いと断っておきながら、私に手心を加えたのですか?」
首を斬ろうと思えば、いつでも斬れたはず。最初は力量差を見せつけるための、強者の貫禄だと思っていた。胸への一撃も、わざわざ心臓を外している。
「……勘違いをしていますね。紫の試練は最初から、次世代の当主が勝つように仕組まれています」
血を吐く母は喋りづらそうだ。母が苦しんでいるのは、首を斬るのを躊躇った己の未熟さゆえである。
その凄惨たる姿に目を背けたくなったが、母の体に異変が起き始める。顔の表面に亀裂が入ったのだ。罅割れた頬から、口に溜まった血が漏れる。
「紫が引き継ぐのは刀や剣技や、ましてや家名などではなく、守護神の毒です。私から産まれたライには紫煙の毒耐性がありますが、紫電の新しい毒に対する耐性を私は持ち合わせておりません」
先代の毒は一切通用せず、後継者は一撃でも当てれば良い。ゆえに、肉を斬らせて骨を断てば勝利条件は満たせる。最初からライの方が有利だったのだ。
こうしている間にも、紫電の毒は母を蝕む。残された時間が少ないと悟った母は、早々に口上を述べた。
「ライよ、これにて継承の儀は終了です。これからは幼名ではなく、ムラサキと名乗りなさい」
「しかし母上、私はムラサキとして、何を成せば良いのですか?」
家系で代々、毒を強化させることに何の意味がある? また自分は、同じ悲劇を繰り返さないといけないのか?
「好きになさい。私も好きにしました。だから泣き止みなさい」
気づくと、ライの目から大粒の涙が溢れていた。何も覚悟できない、自分の不甲斐無さに涙が止まらない。
だが、そんな我が子に手を伸ばし、母は優しく頬を撫でる。
「……時間です。そう不安にならずとも、母は紫煙と共に鞘となりて、いつも貴方のことを見守っています。それだけは忘れないで」
「母上⁉」
伝えるべきことを伝えると、母の体が光り輝いてライを包む。光の中は目が回るような眩しさなのに、不思議と心地良い。
やがて光が消えると母を抱えていた感触は無くなり、代わりに左手が再生していた。そしてその左手は、鮮やかな紫色の鞘を握っている。
継承の際に体が回復することを見越して、母は全力で刀を振るっていた。惜し気も無く技を出してくれたことに、また目頭が熱くなる。
(ムラサキよ。その鞘に我を納刀しろ)
脳内に紫電の声が響く。悲しみに暮れている場合ではない。まだ自分には、乗りかかった船があり、やるべきことが残っている。
(鞘を依代となりて、我が世界に顕現する)
これまでの紫電は半実体であり、不完全な状態を保っていた。だが、留まるべき鞘に収まれば、紫電は完全体となり本来の力を発揮できる。
喜怒哀楽。複雑に絡み合う感情を胸に秘めながら、ムラサキは紫電を鞘に納めた。
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