16-2.G'old~en~Guy

 ライとキラの親子対決が終結する一方で、エンジ達の戦いは白熱していた。


「紅一点!」


 ツバキの正拳突き。威力を分散させず、硬い装甲を貫くことに特化させた技を、キンは鎖で受け止める。


「金剛不壊・黄花空木」


 拳を防ぎながら鎖を弛ませて衝撃を緩和し、また鎖を引っ張ることでツバキの体ごと技を跳ね返す。そして無防備になった彼女目がけて、鎖の先に付いた巨大鉄球を投げ飛ばした。


「豪放磊落!」


 ツバキの怪力を持ってしても鉄球は受け止め切れず、壁と衝突して圧し潰される。


「姉上ぇ⁉」


 術者であるエンジの注意が逸れたのを、ギンは見逃さない。音も無く忍び寄り、両手の双剣で首を斬ろうと襲い掛かる。


「花一匁」

「流星」


 だが、ミズの存在が強襲を許さない。飛び蹴りを紙一重で避けたギンは、後退しつつも素早く標的を変える。


「水と木は相生だ。お前はボクに勝てない」


 水火、木土の混合による対抗戦では、弱点を突けない水火側が圧倒的に不利だ。事実、相克であるキンの相手はツバキが引き受けるしかなく、ミズは足手まといにしかなっていない。


「だから?」


 その態度が癪に障ったギンは、返答の代わりとばかりに刃を向ける。


「吟風弄月!」


 一歩を踏み込んだ瞬間に、流麗な剣技で素早く斬り刻む。舞うような美しい双剣の扱いに対し、大雑把なミズは素足で防ぐ。


「星屑」


 何故、素足なのに刃と対抗できるのか? 疑問を残しつつも、ギンは攻撃の手を緩めない。


「威風堂々!」

「六連星」


 地道な鍛錬によって洗練された斬撃を、またもミズは連続蹴りで的確に防いだ。二人が技を競い合っている隙を見て、後方へ避難したエンジが術で援護射撃する。


「鬼火!」


 味方を巻き込まないように配慮した術は、ギンの周囲をまとわり付くように追尾して行く。彼の速度なら避けることは造作も無いが、鬱陶しいことに変わりはない。


「キン! 何をやっている⁉」


「鉄球が離れんのや!」


 五行の相性では優勢なものの、人数は四対二で不利な状況である。土のキンが相克である水を倒せれば勝負はついたも同然。

 だが、紅の姫であるツバキが火事場の馬鹿力を発揮していた。


「ぐぬおおおおッ! 紅蓮流赤手空拳・烽火連天!」


 キンの攻撃を受けてなお、ツバキは自分の体よりも大きい鉄球を掴んで離さない。そして火の属性を付与させ、相手に向けて投げ飛ばした。

 火の玉と化した鉄球を、キンは鎖を引っ張ることで器用に操る。


「金甌無欠・黄道吉日」


 支配下に置かれた鉄球は、キンを中心にして回り続けた。さらには遠心力で何倍にも力を増幅させ、火炎を纏ったままの勢いで跳ね返す。


「捲土重来!」

「水面!」


 咄嗟にルリが放った術により、水を通った鉄球は火の属性を失い、そのままツバキの頭上へ衝突しようとする。


 まるで重力そのものが迫りくるような威圧感。今すぐ逃げ出したい衝動に駆られるツバキであったが、直前で天性の第六感が働いたのと、生来の負けず嫌いが災いして受け止めることを選択した。


 あわや、彼女は地面ごと圧し潰される。常人ならば肉片と成り果てるところ、紅の姫としての潜在能力を引き出していた体は、筋肉密度が何倍にも膨れ上がっており、まだ人の形を保っていた。


 だが、いくら頑丈とは言え、痛いものは痛い。どれだけ肉体が強化されようとも、衝撃で頭を打てば気絶してしまう。


「紅月流陰陽道・大火憐!」


 地面を伝う火炎の爆発で牽制しつつ、エンジは倒れたツバキを回収する。


「ご無事ですか姉上っ」


「……あれが依代の武器か。どう対処すれば良い?」


 意識が戻るなり、すぐに彼女は状況の打開策を求めた。安堵したエンジは視野を広く持ち、敵の武器を冷静に分析する。


「紫が参考になるかは分かりませんが、おそらく体の一部分を武器化しているため、欠損している器官が弱点になるかと思います」

「鉄球の形状から察するに、もしかして金玉か⁉」


 ツバキの大声が室内に響く。二人の作戦会議は、もちろん敵に筒抜けであった。


「阿呆か! 金玉ちゃうわ!」

「情報を漏らすな!」

「誰が漏らすかぁ!」


 キンは突っ込むように叫び、鉄球をエンジ達に投げつける。


 火の壁で自分達を囲っていたとはいえ、敵を前にして悠長に話している場合ではない。そう後悔しながら死を覚悟したエンジだったが、鉄球は自分達を外して横に着弾していた。


 ただ単に運が良かったのか? 生きた心地がせず、実の姉に苦言を呈す。


「……姉上、元から金玉は男の弱点です。その他を探しましょう」


「どちらにせよ、戦いながら見破るしかあるまい」


 立ち上がったツバキはエンジに背を向け、再びキンと対峙しようとする。

 だが、エンジは違和感が拭い切れないでいた。なぜなら、鉄球の追撃が来ないからだ。彼女を呼び止めた。


「少し待ってください」


「何をしている?」


 ツバキが振り返ると、そこには人差し指を立てた弟の姿があった。不可解な行動に眉を顰めていたら、焦ったようにギンが大声で叫ぶ。


「キン! 早く仕留めろ!」


「補助します! このまま特攻してください!」


 エンジの指示の狙いは説明されない。それでもツバキは実の弟を信じ、真っ直ぐ全速力で駆け出す。


「紅月流陰陽道・蛍火」


 空中に何十個もの炎が出現した。そしてキンに殺到するわけでもなく、ただ設置されたかのように浮いている。


 しかし、それは効果的だった。なぜなら、キンは眼球を武器化しているため、目が見えないからである。彼は熱感知よって対象を認識していたが、火の壁と火の玉に阻害されて感覚も機能しなくなっていた。


 それを補おうとして、ギンが風を吹かせて方向を教えていたわけである。だが、その彼はミズに足止めされており、満足な指示が出せない。


 この状況で鉄球を無暗に振り回すわけにはいかず、キンは感覚を研ぎ澄ました。すると上に一つ、大きな熱源反応がある。既に間合いの範囲内。観念したキンは剣玉の柄を振るう。


「金鯱」


 鉄球の懐に入られた対処法として、キンは剣先を伸ばす奥の手を用意していた。攻撃範囲は狭いものの、高速かつ殺傷力の高い技である。


 しかし、着地する瞬間を狙った剣先は、何も無い空を切るだけに終わった。


「陽炎」


 弟を信じているとはいえ、真正面から突っ込むほどツバキは愚直ではない。空気を熱して己が虚像を作り出し、見せかけの攻撃で相手の頃合いをずらした。それが運良く、キンに対しては効果覿面だったわけである。


 意表を突かれたキンは、なおも平静を保っていた。土に対して火は相生であるため、どんな攻撃を受けようとも致命傷にはならない。


 むしろ返り討ちにしてやると、息巻いた彼の耳にルリの声が聞こえた。


「水面!」


 キンとツバキの間に、か細い水の膜が割り込む。この術の名は確か、火によって強化された鉄球に向けて発動され、火の強化分を打ち消していた。


 彼の脳内で警報が鳴り響く。だが、気づいた時には遅い。


「業火滅却!」


 ツバキの技が水を通り中和され、無属性となった拳がキンの体に叩き込まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る