16-1.Time to Say Goodbye
エンジ達が黒幕の目的を知らさている間も、ライは唯一の肉親と殺し合いをしていた。
「紫電一閃!」
ライの刀から迸る電撃を、キラは最小限の動きで難なく避ける。そして涼しげな表情のまま、つまらなそーに刀を振り上げた。
「紫煙曇天」
刀の切っ先から紫色の煙が噴出し、雲のように天井を覆い尽くす。あろうことかキラは、それをライ目がけて叩きつけた。
咄嗟に横っ飛びをして回避するライ。先ほどまでいた場所は、巨大な煙の塊により地面ごと砕かれる。岩より硬い密度の煙を、キラは軽く横に薙ぎ払った。
平べったく質量を変化させた煙は広範囲に及び、回避できないと見たライは刀で受ける。当たる瞬間に後ろへ飛ぶも衝撃を殺し切れず、壁に背中を強く打ち付けた。
痛みが全身を駆け巡るが、呻き声は上げない。いかなる場合も呼吸を整えることを、戦いでは第一に優先しろと母に教えられてきた。
……だと言うのに、それを教えた張本人は溜息など吐いている。
「紫電は間違い無く、紫歴代最強の刀だろう。だが、ちぃとばかし強すぎたみてーだな。おかげで使い手が育ってねぇ」
対戦中の会話は御法度だ。それを頭では理解していても、あまりにも心外なことを指摘されては言い返してしまう。
「……オレに刀を教えたのは母上だ」
「貴様の母が教えたのは型の基本、それと心構え。そっから先の、紫電の技は自分で編み出す必要がある。どうせ馬鹿みてぇに、電撃ばっか飛ばしてたんだろ?」
図星である。今までのライの技は、型に沿って刀に電気を流していただけ。ぐぅの音も出ないとはこのことか。
さらにキラは会話を続ける。
「貴様の紫電と違い、オレの紫煙は紫歴代最弱の刀だ。刀に乗せて飛ばせるのは貧弱な塵で、毒も無差別に撒き散らすだけで操るのは困難。だからこそ、使いこなしたオレは紫歴代最強の当主となった。逆に貴様は、紫歴代最弱の使い手ってわけだ」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ!」
キラの安い挑発に乗ってしまい、ライは一目散に駆け出す。
「紫電五光!」
刀から自分自身に電気を流すことで、伝達神経を加速させる肉体強化の技。地面を踏み砕く勢いで猪突猛進するライは、目にも留まらぬ速さで相手の首を斬り落とそうとした。
だが、キラは気怠そうに呟く。
「……精細さを欠いた、杜撰な技だな」
例え見えずとも、自分に来ると分かっていれば対処は簡単だ。キラは刀を振るのではなく、置くようにして技を繰り出す。
「紫煙夢幻」
突進中のライは、己の浅はかさを呪った。止まれないのである。このままでは返り討ちに遭ってしまうため、無理やり刀で技を受けようとした。
しかし、キラが持つ刀はライの紫電を通り抜け、そのまま彼の左腕を斬り落とす。
「ーーーーっ⁉⁉」
声にならぬ悲鳴が漏れる。ライは突進の勢いを緩めることなく、すれ違うようにしてキラから距離を取った。
左手の感覚が無い。血の気は引いているのに、肘の先からはドクドクと血が溢れ出ている。
現実感の無さに戸惑った後、ようやく脳へと激痛の信号が送られた。ライは服の袖を噛み千切り、器用に縛ることで止血する。
その間も右手の刀は握ったままで、敵への視線は外さない。キラは追撃するでもなく、振り返って冷たい眼差しを向ける。
「紫の刀は受けるではなく、往なすだ」
紫電を手にする前のライは、刀が折れぬよう細心の注意を払っていた。だが、初心を忘れて紫電の強さに溺れた結果、力任せの技ばかり連発するようになった。
だが、その過ちを今さら自覚したところで、何が変わると言うのか? 自分を殺そうとする目の前の相手は、ゆっくり一歩二歩と近づいて来る。
「弱すぎるだろ、なぁ? こんなに拍子抜けしちまうと、何のために生きてきたのか分からなくなりそうだ」
問いかけに答える余裕は無い。額から脂汗が滲み出す。呼吸を整えることにだけ集中していると、キラの方から思いがけぬ提案をしてきた。
「貴様は破門だ。潔く刀を寄こせ」
それが父親としての、せめてもの情けだったのだろう。命だけは助けてやると。
歴然とした力量差を見せつけられておきながら、この条件を呑まないような人間は死にたがりの愚か者だ。
ゆえに、ライは感謝する。自分の中に眠る、紫の血が騒ぐ。
死んだ方が良いと。
「紫電一閃!」
キラの提案を断り、すぐさまライは電撃を浴びせる。不意打ちが通用するとは思っていない。ただの目くらまし程度の効果を期待し、とりあえず相手から離れただけのこと。
もう自分が紫だとか、相手が父親だとか、そういう柵に拘らない。正直、自分でも狂っていると思う。ただ心が折れなければ、まだ戦える。
「見苦しいぞ。今、楽にしてやる」
自分は雷で、相手は煙。足の速さだけはキラに勝っているという、ライなりの自負があった。戦いながら距離を保ち、観察して勝機を見出す。
そんなライの思惑とは裏腹に、キラは刀を鞘に納める。
「紫煙八百蜘」
幻なのか。キラの背後に、靄がかった一匹の巨大蜘蛛が出現した。硝子のように光る八つの目に睨まれ、ライは急に体を動かせなくなる。
(どういうことだ⁉ 何故、指先一本も動かない⁉)
己の思考だけは駆け巡る中、キラが居合斬りの構えを取っている。距離など関係ない。早く逃げなければ、次の瞬間には首と胴が泣き別れることだろう。
「紫電五光・影法師!」
苦肉の策として、ライは自分の体に電気を流す。本来は強化の技だが、強制の技として発動することで体を動かし、居合斬りを回避することに成功した。
「防ぐのではなく、避けたのは正解だ。だが、まだ技の本質を理解しちゃいねぇ」
キラの指摘通り、限界を超えた反動がライの体に襲い掛かる。脳味噌に激痛が奔り、腕と足には力が入らず、無様にも地面を転がってしまう。
すぐさま無理やり立ち上がるも、口から血反吐が噴き出る。確かに技が跳ね返る危険性はあったが、命と引き換えならば安いものだと、意識が朦朧とする中でもライは前向きだった。
「紫煙霜雪・雲雀」
「紫電慚愧!」
キラが飛ばした煙の塊を、ライは帯状に広がる電流の膜を張ることで防御する。攻撃を跳ね返せはしないものの、逸らすことには成功した。
完全に敵わないわけではない。そう自分に言い聞かし、攻めに転じようとしたところで、キラの姿が視界から消えたことに気づく。
「紫煙彩雲・影富士」
音がした方向へ、振り向きたくとも振り向けない。何故なら、背中から一突きされ、刀が胸を貫通していたからである。
誰が見ても致命傷だろう。串刺し状態では身動きが取れず、ただ訪れる死を待つことしかできない。それでもライは、刀を離しはしなかった。
「……紫電一閃っ」
かすかに残った力で雷撃を放つと、胸に刺さっていた刀が引き抜かれる。このまま倒れ込みそうなのを堪えるため、ライは膝を曲げぬよう足を棒のようにして立つ。
「まだ動けるか。往生際が悪い」
静かに振り返る。キラの傍には、先ほど飛ばしていた煙の塊が宙に浮かんでいた。もしかしたら、相手は煙の中を自由に移動できるのかもしれない。
「紫煙夢幻」
この技もそうだ。刀に煙を纏わせ、間合いの感覚をずらしているだけ。ならば受けずに、避ければいい。技の本質さえ見極めれば、簡単な仕組みだった。
「楽に殺してやりたい親心が解らぬか」
どうやら自分でも気づかぬ内に、体が勝手に動いていたらしい。キラが鬼のような形相で睨みつけるが、そんなことも他人事のように思えてくる。
とても良い具合に、体の力が抜けていた。
「紫煙一縷・霞・慶雲」
「紫電三日月!」
上部から鉤爪のような煙の刃が三連続で降りかかり、それを同じく三連の斬撃で横に逸らす。馬鹿正直に力で受け止める必要は無く、ただ波の腹を押してやるだけで充分だった。
今は立っているだけでも精一杯の極限状態。本来であれば手も足も動かせない重症だが、紫電五光の応用として脳に電気信号を送ることで、強制的に戦闘を可能にしていた。
しかし、代償も大きい。ライは電流を最小限にするため、頭頂部を一本の糸で吊るされた人形のように脱力する。
「紫煙夢幻・斑・叢雲」
正面、上下左右の四方八方に、煙の束が射出された。ライの逃げ道を塞ぐように展開された煙は棘に形を変え、内部にいる対象者を串刺しにしようと追撃する。
これが夢幻の応用ならば、安易に触れてはいけない。だが、広範囲の技は避けることができない。その上、地面には先ほど逸らした煙も残っている。
まさに絶体絶命。どこもかしこも死の匂いが充満している。それでもライは必死に糸を手繰り寄せ、体を捻りながら飛び上がった。
「紫電雨四光!」
そもそも煙は塵の集合体。刀で斬っても煙に巻かれるだけ。ならば、雷の力で棘の進路を屈折させれば良い。
ライは全方位に対応するため空中で回転し、輝く光速の四連撃で九死に一生を得る。土壇場で新技を昇華させるライに対し、見た目は派手なキラの技は、殺傷能力が決して高くない。つまり、次の技が本命だ。
「紫煙八百蜘・朧・風雲羅生門」
天井に先ほどよりも大きい、靄がかった一匹の巨大蜘蛛が出現する。怪しく光る八つの眼球に覗き込まれるが、電流で体を動かしている今の状態には関係ない。
それよりも、キラの姿が消えた。十中八九、煙の中を移動している。これまでの一連の技は、煙を撒き散らすための布石だったのだ。
いつ、どこから居合斬りされるか、感知は不可能。ならば、相手が煙から出てきた一瞬を狙い、こちらも居合斬りで対抗するしかない。
刀使いとしてのライは未熟で、現時点では最弱だろう。だが、彼には歴代紫の中でも、突出した天賦の才能があった。それは判断力だ。
「紫電改二・揚羽・地獄蝶々!」
怨嗟立ち込める死の煙の中で、焦げ付くような匂いが鼻孔を刺激する。
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