15-3.黒い天球儀
堪らなくなった金色が一喝することで、エンジは本来の目的を思い出す。
「そうだった。黒い軍勢を作り出した目的は何ですか?」
予定していた段取りとは異なりつつも、六人は話し合いの席に着いた。そして金色が静かに語り始める。
「この世界を黒一色に染め上げるためや。色が異なるから互いに争うのであれば、色を統一してしまえば世界は平和になると思わんか?」
全く想定外な回答を言われ、ついツバキは怒りを通り越して笑ってしまいそうになる。それで国を滅ぼされた身としては、皮肉の一つも言いたいところだ。
「まさか黒が平和主義者だったとは恐れ入る。言っていることと、やっていることが破綻しているぞ」
「お前に何が解る? 色が異なるだけで同族から迫害される苦しみを」
語気を強くする銀色。早々に話し合いが険悪な雰囲気になる中、さっきまでの軽薄さが嘘のように、金色が真面目に話を進める。
「俺様が砂漠の民で、見た通り金色のキンや。んで、こっちが草原の銀色でギン。一族の爪弾きになっとった俺様達は、運命的に出会い協力した。そっちの青の兄ちゃんも共感してくれるやろ?」
「否定はしないさ」
だからと言って、他人を黒く塗り潰そうという発想には至らない。ミズは彼ら側の境遇でありながら、決して理解はしない一線を引いた。その態度にルリは心が救われる。
しかし、どうしてもツバキは納得できない。
「待て。それでは紅は、完全なとばっちりではないか?」
紅の民は誰も迫害などしていなかった。それは赤色も朱色も、紅として一括りにしているからである。ちなみに本当はエンジも臙脂色の因子だが、誰も気にせず王族の一員として可愛がってきた。
それで何故、紅が滅ぶ必要があったのか? 黒幕に真意を問い質す。
「全人類を黒化するっちゅう計画に、個人の恨みは関係あらへん。ただ紅の国が都合良く攻めやすい位置にあっただけや」
彼の理由を聞いたツバキは、無言で持っていた陶器を握り潰す。瞳から色が失われ、怒りや憎しみとも似つかない感情が、彼女の心を占める。
姉の異変を敏感に察したエンジは、席に応じたことを後悔した。逸脱者の意見など聞いても分かり合えないのだから、さっさと話を打ち切りにかかる。
「話し合いの場を設けたのは趣味ですか? これ以上は不愉快です」
拒絶の態度を示したつもりであったが、キンは悪びれもせず強引に話を進めようとした。
「堪忍。じゃ、こっちから要件を言わせてもらうと、人類黒化計画は中止する」
「それは何故?」
「紫が予想以上に強すぎる。どうせ計画は阻止されてまうやろ」
「ならば今すぐ戦争を止めては?」
「部外者を排除し、この六人で話を完結させるためや。段階的に説明する」
キンは本腰を据え、じっくり紅と青の顔を観察する。そしてゆっくりと、確認するように問いかけた。
「……あんたらは、白い因子を持つ男のことを知っとるか?」
誰も反応しない。皆の代わりにエンジが答える。
「初耳です」
「知らんでも、最古の御伽噺は聞いたことあるやろ? 最初の七人の女神」
「ああ、それぞれの因子を持つ女性が、世界を創生したという逸話じゃろ?」
ルリが少しばかりの興味を持つ。火山でも御伽話の話題になったことがあり、意外な発見もあって盛り上がったのを覚えている。
「せや。だが、よく考えてみぃ。女性だけで子孫は繁栄せんやろ? 本当に世界創生の権限を持つのは、彼女らに種を与えた一人の白い男性や」
「何の話だ? 我々は時代考証がしたいわけではない!」
ツバキが机を叩いて破壊する。これ以上、遠回しな言い方をしたら、同じ目に遭わせるという意思表示だ。それに怯んだわけではないにしろ、キンは簡潔に要点だけを言う。
「つまり俺達は、白い男性になりたいわけや」
今度は単刀直入すぎて、話を聞いても思考が追い付かない。エンジは嫌な予感がしつつも、彼に尋ねるしかなかった。
「……どうやって?」
待ってましたと言わんばかりに、キンは口の端を吊り上げる。それが軽薄な仮面の下にあった、本当の素顔だった。
「色を、混ぜる」
黒のように塗り潰すのではなく、これから白を作り上げる。その発想に本能で恐怖を感じたエンジは、半ば悲鳴のように反対した。
「因子の色は混ぜられるような、流動的で抽象的なものじゃない!」
色の因子は体に刻まれた印だ。それが遺伝することで、髪が赤っぽくなったり、瞳が青っぽくなったりする。
つまり因子を混ぜるということは、人間の肉体を混ぜることと同義である。それを絵の具みたいに扱うのは狂気だ。
「だからこそ依代の武器化があるんやろ?」
キンの情報を取り入れることで、エンジは全ての断片が合致することに気づかされる。例えばライの刀は肉体の一部であり、それを媒介とすることで守護神が現実に顕現する。流動的でもあり、抽象的な存在だった。
しかし、その事実を簡単に受け入れるわけにはいかない。まず、御伽話から着想を得たという点に、胡散臭さを拭い切れないルリは指摘する。
「こ、荒唐無稽な話じゃ! 御伽噺を本気にするなど幼稚にもほどがある!」
当然、予測していた意見だ。キンは淡々と述べる。
「御伽噺は他に西遊記、浦島太郎などあるが、そのどれもが国によって伝えられ方が異なる。だが、七人の女神だけは国を超えて普遍であり、出所不明の最も古い物語や。これは内容が都合良く改変されてへん証拠であり、信憑性がある情報と思わへんか? もはや神話や」
「だったら依代だけ集めればいいだけの話じゃねーの?」
ミズの疑問は鋭い。それはルリに被害が及ばないよう配慮したものであったが、これに対してもキンは返答を準備している。
「武器化した依代は、他の依代が誕生すると効力を失ってまう。依代は王族の血縁から産まれるから、効力を失わないためには姫を断絶する必要があるんや」
「え、ミズって王族の出身なの?」
「こなたの従兄妹だったのじゃ」
仲間の謎が解けて嬉しいエンジと、ちょっと誇らしげなルリ。はしゃぐ二人により和みかけたが、すぐさまツバキが空気を引き締める。
「どっちにしろ皆殺しだと? 何のために話し合った?」
「勘違いせんで。俺様達はあんたらが白い男性になってくれるんやったら、喜んで命を差し出すわ。それに紫を倒すのなら、仲間から裏切った方が成功率も上がるやろ」
聞き捨てならないキンの物言いに、エンジは反感を示す。つい脳裏で悪知恵を働かすも、相手も馬鹿ではないと考え直し、悪戯を口にする程度で留める。
「もしも貴方達を騙したら?」
「砂漠の民である俺様の効力は失われへんから、永久に黒い軍勢が量産されるわな」
どうやらこれで、本当にキンは真剣らしい。自分の命は差し出すから、代わりに肉親も殺して、世界を改変してくれと願っているのだ。
狂っている。
自己犠牲のつもりで全く譲歩しておらず、問題が何も解決していない。キンは何もかもを効率的に考えてしまうため、人間の心を理解したくとも不可能だった。
こんなことに貴重な時間を費やしたのかと、憤ったツバキは席を立つ。
「元より交渉の余地は無い。貴様ら二人が死ねば世界は平和だ」
同じくしてミズも立ち上がる。彼にとってはルリが殺されると聞いた時点で、黒幕二人と敵対する腹積もりを決めていた。
残りのエンジとルリも席を立つのを見て、キンは頭を抱える。
「やれやれ……。こうなるのが嫌やったんや」
「白になるのはキンが相応しいということだ。早く武器を出せ」
相方のギンに励まされ、気分を切り替えたキンは立ち上がる。
「しゃーない。やったるか」
背筋を伸ばしたキンは首と肩の骨を鳴らす。そして笑みを浮かべながら、手元から子供が遊ぶような剣玉を取り出した。
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