15-2.アンビリーバボー ~スヲミンツ ホケレイロ ミフエホ~

 黒幕がいる地下の最深部を目指し、通過点の先を進むツバキとエンジの二人。これから黒い軍勢に復讐を果たすというのに、肝心のツバキは自己嫌悪に陥っていた。


「相手の挑発に乗ってしまい、申し訳ないことをした」


「紅の誇りを傷つけられ、怒らないのは姉上ではありません」


 並走するエンジが励ます。事実、馬鹿にされて黙っていたのでは、紅としての面目が丸潰れになっていた。


 時に怒りは正しいこともある。引っ込み思案なエンジからすれば、感情を爆発できるツバキが羨ましい。それを支える臣下にも恵まれている。


「一国の姫たるもの、精神を制御しなければ」


 反省するツバキであったが、国を背負う重圧を意識しすぎではないかとエンジは心配する。例えばルリも青の国にいた頃は威厳を保っていたが、旅に出てからは自由の解放感を謳歌していた。


 姉上も姫の立場から離れ、一人の少女として過ごす時間があってもいいのかもしれない。彼女と再会したエンジは、次第にそんなことを考えるようになった。


「それにしても、どこまで続いているのだ?」


 通過点の部屋を出て数分、二人は通路を走りっ放しだった。他に分かれ道も無かったため、まるで前へ進んでいないような錯覚を起こしてツバキは辟易する。


「黒の兵器からして予想はしていましたが、彼奴らの地中深く掘れる技術力は、我々の想像を遥かに超えています」


 何か話していなければ、エンジも気が狂いそうだった。ただでさえ地下迷路を通過した後のため、今の自分が上がっているのか、下がっているのかも判別できずに感覚が麻痺する。


 それでも無心で走り続け、やっと奥の扉が見えてきた。戦う前に不安を解消させたかったエンジは、気がかりな点を口に出す。


「ここまで一本道。居住区が無いのは不自然すぎますが……」

「なぁに、他の道に隠されていたのであろう。このまま行くぞ」


 とっくの昔から戦う覚悟を決めていたツバキは、何ら躊躇することなく奥の扉を開ける。その部屋の中を端的に表すと、白一色。ただ何も無い、白い空間だけが広がっていた。


「本当に地下なのか?」


 自然界ではお目にかかれない光景を前にして、ツバキとエンジは呆然とする。進むべき道も無く突っ立っていると、親しげに話しかける声が聞こえた。


「やぁ、やぁ、よう来たなぁ。待ちくたびれとったわ」


 二人を出迎えたのは、白衣を着た金髪の青年である。細長い体で強そうには見えないが、ツバキは絶対に油断しない。


「貴様が黒幕か?」


「いかにも」


「大将戦を申し込む。予と一騎討ちしろ」


「まぁ、まぁ、ちょ待て。じきに青も来る。珈琲でも飲めや」


 そう言うと金髪の彼は、白い陶器に入った飲み物をツバキに渡そうとする。だが彼女は強すぎる警戒心で受け取ろうとしなかった。


「珈琲だと? なんだその黒い液体は? 見るからに怪しいな」


「豆を炒って、挽いた粉に湯を注いだもんや。熱い内に飲めば落ち着くで」


「どうせ毒だろ。予に陳腐な小細工が通用すると思うか?」


「だから、ちゃうって! 俺様かて客人をもてなす器量くらいあるわ!」


 何故、ぼく達は客人としてもてなされるのだろう? 戦争をしていたはずなのに、今も誰かが死んでいるというのに、歓迎される意味が解らない。


 エンジは金髪の青年に対し、底知れぬ気味悪さを感じる。飄々としていたミズとは違い、軽薄な仮面を被っているように見えるのだ。信用できない。


 紅の二人が出鼻を挫かれていると、少し離れた所から扉が出現した。そこに扉があったのかと驚く暇も無く、当然のように人が部屋に入ってきた。


「青を案内した」


 そう淡々と告げるのは、銀色の髪をした少年だ。声変わりしてなければ美少女と見紛う程の容姿だが、金色の頭は気安く接する。


「あー、ほら来よった! 淹れたばっかの珈琲どないすんねん⁉」


「飲めば?」


「正論かい! 俺様が滑ったみたいになったやろ!」


「知るか」


 金を鬱陶しく思っていながら、邪険には扱え切れない銀の少年。黒幕の存在が二人組だったことに紅が衝撃を受けていると、彼が出てきた扉からミズとルリが姿を現した。


「ここはどこじゃ?」


「ミズとルリちゃん! 無事だったんだね?」


 再会に感動したエンジは、青の下へと駆け寄る。またルリも思いがけず仲間と会え、安堵の溜息を零す。


「おお、エンジとツバキ殿も無事で何より」


「ライはどうしたの?」


「……途中で強敵を足止めしておる。それより、これは一体どうゆう状況じゃ?」


 周囲を見渡せば、辺り一面が白ばかり。開いていた扉も、いつの間にか消えているという不思議空間では戸惑いを隠せない。


 この異様な光景を前にして、警戒するなと言う方が無理な相談だ。だが、また懲りずに金色は珈琲を振る舞おうとしてくる。


「話がしたくて俺様が招いた。まぁ、まぁ、座って珈琲でも飲めや」


 無遠慮に差し出される白い陶器。ルリは反射的に受け取ってしまい、その中身を見てしかめっ面をした。


「なんじゃ? この黒い液体は? エンジも飲んだのか?」


「まさか。怪しすぎるよ」


「しつこいやっちゃな。ほら、俺様が飲んでやるさかい。目かっぽじって見とけよ」


 そう言うと金色は、自分が持っていた珈琲を飲む。毒が入っていないことを証明し、優雅に香りを楽しむ余裕さえ示した。


 見る限り不味くはなさそうだ。それどころか人に勧めたいほど美味いのなら、少しだけでも飲んでみたい好奇心が勝る。


 かくして、意見が一致した四人の手元に、人数分の珈琲が配られる。そして陶器に口を付け、恐る恐る口に珈琲を含んだ。


「苦っ! なんだこれ⁉ やはり毒だろ⁉」


「うげぇ! 泥水じゃあ!」


「飲めたもんじゃない! ぺっ、ぺっ!」


「まっじぃい! 騙された!」


 ツバキ、ルリ、エンジ、ミズの順番で珈琲を吐き出す。あまりの不評に動揺した金色は、落ち着こうとして再び珈琲を飲む。


「あれ? おっかしーな? この珈琲しょっぱいで?」


「それ涙」


 銀色が的確に突っ込む。これが彼らなりの、分かりにくい励まし方なのではあるが、まだまだ紅と青の四人は好き勝手に文句を言う。


「毒を飲ませるとは卑怯だぞ! 正々堂々と勝負しろ!」


「我慢してまで泥水を啜るとは信じられぬぅ」


「技術力はあっても文化水準は低いか……」


「こんな穴倉にいちゃ、味覚がおかしくなるのも仕方ないさー」


「やかましいわ未開人共! なんか俺様に聞きたいことあるんちゃうんか⁉」


 好意を無下にされた金色の嘆きだけが、室内に空しく響く。

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