15-1.ジョニー鉄パイプIII

 ライとキラが死闘を繰り広げる一方、ツバキ達も通過点にて因縁の相手と対峙していた。後ろの足止めはアスナロと紅の民に任せ、ツバキ、エンジ、スオウ、ウメの四人が先へ進もうとしている。


「貴様は……紅の国を滅ぼした黒騎士だな?」


 ツバキが睨む部屋の中央では、全身を黒い甲冑で覆った大男が佇んでいる。彼こそが先の大戦で紅の国を攻め落とした張本人であり、かつて逃走したライを追い詰めた黒の頭目である。


 彼はツバキ達を一瞥すると、残念そうに大剣を肩に担ぎ直す。


「そう言うお前が、腰抜けの真なる紅の姫か」


「口の利き方に気をつけろ。誰が腰抜けだゴラァ!!」


「よせ、スオウ。挑発に乗るな」


 主君を馬鹿にされたスオウが激怒するも、その主君であるツバキは珍しく冷静だ。最終決戦を前にして集中力が研ぎ澄まされていた。


 それが面白くない黒騎士は、またわざとらしく感情を揺さぶろうとする。


「違うのか? 影武者を残して自分は逃げた姫だろ? あ、もう滅んだか」


「貴様の役目は交渉術による足止めか? 命乞いなら諦めろ」


 ツバキは聞く耳を持たない。自分が見据えるべき場所は、黒騎士よりも先にある。ただの障害である壁に話しかけても滑稽なだけだ。


 彼女の確固たる意志を汲んだ黒騎士は、仕方なく与えられた任務を遂行する。


「……最深部へは紅姫と依代だけ通れ」


 意外な誘いに面食らいつつも、ツバキは警戒を怠らない。


「随分と物分りがいいな。どんな罠だ?」


「黒幕の指示だ。残りは排除する。本当は紫と戦いたかったがな」


「馬鹿め。話を鵜呑みにするわけがないだろ。全員で貴様を殺す」


「是非ともそうしてくれ」


 黒騎士は紅の武芸者が歯も立たなかった程の強者である。だが、守護神の加護を得た今ならば勝機が見込めるだろう。


 そう判断して数的に有利な状況に持ち込んだツバキだったが、その提案は仲間であるスオウから却下される。


「いんや、待ってくだせぇ姫。こいつは俺とウメで片付けやす」


 ツバキは黒幕との戦いを控えているため、ここで消耗させるわけにはいかない。ただでさえ陽動作戦では力及ばずだったため、ここで名誉挽回しようとスオウは躍起になっている。


 そんな彼の意図を読んだツバキは、主君として断るわけにはいかなかった。


「……あまり無理はするなよ」

「姫が言いますか?」


 苦労人のウメが言う皮肉が意外だったのか、不意にツバキは笑ってしまう。いつにも増して頼もしい部下達だ。


「はっはっは! 減らず口を叩く余裕があれば大丈夫そうだな。健闘を祈る」


 心置きなく先へ進もうとするツバキとエンジだったは、その背中へ黒騎士が無慈悲な言葉を投げかける。


「また逃げるのか?」


 ツバキの歩みが止まった。しかし振り返らない。過去の自分と葛藤する彼女を見て、我慢できなくなったエンジは言い返す。


「姉上は逃げてはいない。これは次に戦う布石だ」


「だから処刑の情報を流してまでお膳立てしたというのに、助けに来たのは紫ときたもんだ。見捨てられて尚、姉を庇おうとする神経は理解しかねる」


 ぶちぃ! 堪忍袋の緒が切れた。


「豪火絢爛!」


 怒りに我を忘れたツバキは、黒騎士に向けて最大火力の技を放つ。拳から空気を焼き尽くさんばかりの猛火が敵を襲った。


「漆黒剣」


 対して黒騎士は動じることなく、大剣で火炎を防ぐ。やがて技の威力が治まってきた頃を狙い、強引に大剣をツバキに向け振りかぶった。


「怒首我羅ぁ!」


 そこへスオウの金棒が介入する。見ると彼の頭部にも角が生えており、強化された腕力で黒騎士を後退させていた。


「先を急いでくだせぇ! こいつの首ぃ獲ったらぁ!」


 黒騎士を近づけさせないよう、スオウは気迫で牽制する。


 我に返ったツバキは己を戒めるように、なりふり構わず部屋の外へと駆け出した。


「すまない! 後は頼む!」


 部屋に残ったのは、スオウとウメと、黒騎士の三人のみ。二対一という不利な状況下であっても、黒騎士は余裕な態度を見せる。


「お前らに黒の相手が務まるか?」


「安心しろ。最後まで相手にしない」


 すかさずウメが皮肉で返す。黒騎士は全身鎧のため表情は隠されているが、心中穏やかでないことは声の低さから窺い知れる。


「女から殺す」


「させるかよ」


 スオウが金棒を、黒騎士が大剣を、ウメが旋棍を右手に構える。紅の二人は互いに目配せすると、息の合った動きで黒騎士を翻弄した。

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