14-2.Purple Haze
ツバキ達と同じ頃、またライ達も通過点へ辿り着いていた。こちらの場合はライが隠密の役目を担い、見事に一切の滞り無く皆を導いた。
「私達が足止めをします! 姫様達は前へ!」
「決して死ぬでないぞ!」
ルリと約束したアサギは、勇猛果敢に仲間達と追手の黒兵へ突撃する。その反対側ではライが刀を構えるも、何故か扉の方から勝手に開いた。
まるで罠に誘い込まれているようだが、後に引ける道は閉ざされている。どちらにせよ前進するしかないため、ライは覚悟を決めて中に飛び込んだ。
暗い室内に漂う、異様な雰囲気。どこからでも対応できるよう警戒を高めていると、不意に室内の照明が点く。その中央にいたのは、本来ここにいるはずのない、あまりにも想定外すぎる人物だった。
「母上⁉」
そう、そこにいたのは、紫の当主であるライの母親だ。驚きを隠せない子供を前にして、母は家にいた時と同じように接する。
「ライよ、やはり刀を抜きましたか。見違えるほど美しくなりましたね」
「ご無沙汰しております! 生涯の伴侶も見つけ、試練は順調でございます!」
突如として現れた母を前にして、ライは反射的に正座してしまう。良い報告ができて喜んでくれるかと思いきや、何故か母は訝し気な眼差しだった。
「その伴侶というのは、後ろの殿方のことではないでしょうね?」
母が指しているのはミズのことである。ライは即座に否定した。
「い、いえ、違います! この男は青の守護神の依代となったミズ! そして隣におわす方が青の女王ことルリ姫でございます! 私の伴侶は別におりますので、また改めて母上に紹介します!」
「……安心しました。ミズよ、大きくなりましたね」
まさかすぎる台詞を聞いて、またもライは驚愕する。あろうことか母は、ミズに向けて慈しみのある視線を注いでいた。
「俺っちのこと知ってるさー?」
「勿論。さぞ己の出生を知りたかったことでしょう。娘に協力してくれた褒美に教えます」
期せずして、ミズが探し求めていた答えを知る機会に恵まれる。何故、母がミズの秘密を知っているのか、どのような関わりがあったのか、さらっと娘呼ばわりされたことにも気づかない程にライは混乱した。
そんな様子のライに構わず、母は次なる言葉を紡ぐ。
「貴方は先々代女王の一人息子です。奇抜な髪色の貴方が生まれ、迫害されたところを私が救いました」
空いた口が塞がらないとはこのことかと、ライは身を持って痛感した。いつも母は平坦な口調で爆弾発言を投下するため、気持ちの整理がつかないまま被爆してしまう。
今回も情報を処理できないままライが固まっていると、無謀にもルリが母に問いかけた。
「先々代ということは、こなたの母上の姉君か? こなたの母上と同じく姉妹で病に伏したと聞いておったが?」
「政権を握るための口実で事実が捻じ曲げられたのでしょう」
なんともきな臭い話を聞いて、ライは青の将軍と名乗る、ピスマスの髭面が脳裏に浮かんだ。自分が紫を継承したら、真っ先に斬り殺してやろうか?
などと若干の憤りを覚えつつも、ライは話の違和感に気づく。
「一つ質問してもよろしいでしょうか? 何故、母上がミズを救う必要があったのですか?」
紫の使命を果たすのなら、救うべきはミズではなく、失脚させられた青の女王のはずだ。中立を重んじる母らしくない優先順位である。
「それは彼が白い男性になれる可能性を秘めているからです。まぁ、詳しいことは正式に紫を継承した時に全て解ります」
紅、青、緑、黄、紫、黒とは別に、新たな白という色の登場にライは面食らう。非常に興味が湧くが、母にこれ以上は聞くなと言われては問い詰められない。
そして自分の出生を知ったミズはというと、きょとんとした表情のまま、まるで他人事のような感想を漏らす。
「なんだか本当のことを知っても、いまいち実感がわかないさー」
「あれだけ知りたがってたじゃないか」
ミズは自分が生まれた謎を探るため、ライの旅に同行していたはずだ。その目的が達成されたというのに、彼は少しも嬉しそうじゃない。
「一人の時は自分が何者なのか不安だったけど、今はライやルリがいるから。俺っちは俺っちだって、不思議と自信が持てるのさー」
なんともまぁ、よくも面と向かって恥ずかしい台詞を吐くものだと、逆にライの方が照れてしまう。だが、そうだった。ミズは今まで一人だった。一人で盗賊として生きてきた。
彼は唯一、望まずして国や民族に縛られない人間だった。だからこそ自分という存在に確証が持てず、全身に刺青を入れるなどして青の真似事をしていた。
しかし、今は仲間がいる。ライや、エンジや、ルリが、彼をミズだと認定してくれる。国や民族という垣根を越え、生まれも育ちも違う彼らが解り合えた。
「確かに従兄妹と判明する前から、兄上は兄上だったのじゃ!」
ミズの感想に対し、ルリも概ね同意する。彼女は自分が甘えたいだけだったが、その相手にミズを選べたのは奇跡に近い。それとも偶然、同じ匂いを嗅ぎつけたのか……?
仲間内でほっこりした空気を味わった後、ライは母に向き直り礼を言う。
「それにしても、いつも母上には驚かされます。まさか黒の本拠地を突き止め、単独で深部へ到達するとは流石です。母上がいれば黒い軍勢も打ち破れるでしょう」
任務をこなす普段のライであれば、常に最悪の事態を想定するはずだった。だが、信用している家族と出会ったことにより、その思考が鈍ってしまう。
「ライよ、何か勘違いをしているようですが、貴方だけは先に通しません」
厳しい母の言葉に、ライはたじろぐ。この人から失望されたくないという想いが、彼女を恐怖に陥れていた。
「え……な、何故でしょうか? 私の発言に間違いが?」
ライは考えるべきだった。何故、ここに母がいるのかを。てっきり黒を倒すために現れたのだと、勝手に脳内で欠落を補完していた。
そんなことはありえないと、無意識の内に意識外へと追いやっていた。結果、最悪の事態に対応できなくなってしまう。
「はい。貴方は紫という中立の立場から逸脱し、ある一方の善に加担してしまいました。それを正すのも紫の使命……いえ、宿命です」
「⁉ だって、それは紫の試練が……あぁっ⁉」
「ようやく気づきましたか。最初に提示した紫の試練は偽りであり、こうなるよう仕組まれたことです」
紫の試練は姫を救い、伴侶を探すこと。旅の過程で人生経験を積んだ今ならば分かる。こんなもの、救出した姫側の陣営へ傾くに決まっているじゃないか。今回、紅の姫が影武者だったことも、母は知っていてライを送り出したのだ。
だが、何のために? それだけが理解できない。何故、修行中の紫が一方へ加担するように仕向けるのか、その意図が謎のままである。
絶望へと落ちかけるライへ、母は冷たく真実を告げた。
「これから最後の、本当の試練を与えます。ライよ、当代である私を殺し、貴方が紫を継承しなさい」
母の狙いは、娘になったライと一騎討ちの勝負をすることだった。あえて紫から逸脱する偽りの試練を与えることで、強制的に真の試練へ持ち込むことができる。
「はぁ⁉ い、いえ……嫌です! そんなことできません!」
脳で理解はできても、心では納得できない。立て続けに衝撃を受けたライは頭と胸を抱え、その場に跪く。
「ならば黙って死ね! 紫煙!」
有無を言わさず、母は腰に下げていた刀を抜き、目にも止まらぬ速さで斬りかかる。その刹那、首筋に当てられた殺気を感じ、ライは反射的に動いていた。
「紫電!」
己の刀を顕現させ、母の刀を弾く。そして一定の距離を取り、両者互いに睨み合った。
「加勢するさー!」
声を上げたのはミズだが、母はライから視線を外さない。
「別に何人が相手だろうと私は構いませんが、もう一方の道から来た者達は先に最深部へ到達し、全ての元凶である黒幕と邂逅してしまいますよ? 殺されるのがライの伴侶でないことを祈るばかりです」
この通過点に母がいたということは、もう片方の洞窟から入った先にも強敵が待ち構えているはず。そう考えたライは紫としてではなく、己の使命として何が最善か判断する。
「ここはオレが引き受ける! ミズとルリは先に行け!」
「親子で殺し合うなど、おかしいじゃろ⁉」
感情論を説いたルリが嘆くも、母は変わらず理屈を並び立てる。
「私も母を殺しました。そして大切な人を死なせてしまった。これが紫の系譜です。例え世界の真理が狂っていようと、最強であることが紫を生存させる唯一の手段。この宿命からは逃れられない」
彼女の堅い決意を汲んだミズは、もはやルリの手を引くしかなかった。
「行こう、ルリ。ライも、死ぬな」
「そっちこそ生きろ」
ミズは親指をぐっと立て、ルリと一緒に扉の向こうへと進む。
後に残るは殺し合う宿命のライと母のみ。だが、母はミズ達が離れたことを気配で察すると、途端に脱力して刀の構えを解いた。
「さて、部外者は消えましたね。ここからは私も紫一刀流現当主という肩書きは捨て、一人の侍、もとい父親としてキラを名乗りましょう」
刀を構えるライからすれば、馬鹿にするなと言いたいくらい隙だらけである。まるで今すぐ斬りかかってくれと言わんばかりに、母は懐から一本の煙草を取り出す。そしてあろうことか、火を点けて吸い始めた。
「あー、煙草うまー」
これまで厳格な教育者だった、母らしからぬ言動。意外な一面にライは戸惑う。
「は、母上……?」
「父上と呼べ。金輪際オレを母と思うな」
煙草を咥えたまま母は――いや、母ではなく、父親のキラは落ち着きながらも、軽快な口調で語り始める。
「貴様はオレが育てた作品だ。おそらく紫の最高傑作だろう。だが、たわわに実った果実も収穫しなければ地に落ちるのみ。オレが味わって食うのは特権だろ?」
「な、何を申しているのか、私には……」
「このために生きてきた!」
ライの言葉を遮り、突然キラは大声で叫ぶ。そして構わず早口に捲し立てた。
「お前も紫なら解るだろ? この体に脈々と流れる血が、真の強者を求めていることを」
「……父上は、強者と戦うためだけに、私を育てたのですか?」
「逆に言えばライは、オレと戦うために産まれてきた。それが紫の生き方だ。例え正しくなくとも、間違ってはいない。もしも間違っていると否定するのなら、オレを殺して生きろ」
父は刀の切っ先をライに向ける。
どこにも正しさは無い。それでも父は生にしがみつけと言う。この世界は不条理であり、いつか死にたくなったとしても、全てを殺せるだけの研鑽を紫は受け継いできた。
死ぬのも殺されるのも許されぬのなら、戦意を喪失した紫に生きる価値など無い。
『迷うなライ。あえて我から助言はせん。貴様だけの力で紫を超えろ』
ちゃんと紫電の声が脳内に聞こえる。不思議とライの心は落ち着いていた。もう、殺し合うことに狼狽えたりはしない。
ライは刀を一度だけ素振りし、相手との間合いを測る。互いに空間を把握した後、先に攻め込んだのはキラの方だった。
「紫煙夢幻!」
「紫電一閃!」
剣戟が交差する瞬間、鋭い光と共に火花が散る。
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