14-1.獣の行軍

 紅の姉と弟が戦場を丸ごと爆撃したため、辺り一面何も無かった砂漠には黒い兵器の残骸が転がっていた。戦火に包まれた凄惨たる光景の真っ只中にいて、さらに彼らは砂漠を敵の血で赤く染めあげた。


「倒しても倒しても切りが無い! 一体どこから湧いてくる⁉」


 黒い軍勢と連合軍には、兵力に大きな差があった。滅ぼされた紅の民は極端に少なく、攻め込まれた草原の民も戦える者は少ない。青の民は青天組と呼ばれる、ルリの指揮下にある範囲でしか兵を借りられなかった。紫は言わずもながライ一人だけである。


 それに比べ、黒い軍勢の兵力は底が見えない。大多数の車は無力化したものの、まだ個人が持つ鉄砲の威力は健在だ。数の上では不利な戦力差を、ツバキやライなどの実力者で補っているのが現状である。彼女達が苛々するのも無理はない。


「あの洞窟です! あそこから黒の増援が来ます!」


 ウメが指し示した先には、大きな洞窟から出てくる黒兵の姿があった。実際に砂漠の民も地下に住んでいたため、その内部が黒の本拠地と思われる。


「蟻共め……。洞穴ごと燃やし尽くせば手間も省けよう」


 拳に火炎を灯すツバキのことを、エンジが慌てて引き止めた。


「待ってください姉上! それでは戦争は終わりません! 原因を追求しなければ!」


「ならばどうする⁉ このまま混沌の中で耐えろと言うのか⁉」


「連合軍には四色います! 相生同士で二手に分かれ、直接洞窟の中へ攻めましょう!」


 黒い軍勢が利用している、大きな洞窟は主に二つあった。そこへツバキやライなどの実力者が突撃すれば、戦争の早期決着が見込めるだろう。


 だが、大きな問題があることを、アスナロが指摘した。


「地上にいる黒兵は⁉」


 連合軍が洞窟の中へ入れば、後ろから地上の黒兵が押し寄せて挟み撃ちとなる。それに対してエンジは苦肉の策を講じるしかなかった。


「洞窟に入るのは少数精鋭だけです! 他の人達は地上で戦闘を続けて、どうか持ち堪えてください!」


 まさかの根性論である。アスナロに二の句を繋がせないよう、ツバキが強引に彼女を手元に引き寄せた。


「行くぞアスナロ!」


「また私ですか⁉ 命がいくつあってもたりません!」


「スオウ! こいつの命をくれてやる! 死んでも守れ!」


「応っ!」


「ああっ……私にはミズ様というお方が……。どうか私のために争わないで」


 脳内お花畑のアスナロを無視して、ツバキは勝手に話を進める。


「ウメとエンジも行くぞ! そちらは青と紫に任せた! しくじるなよ!」


 戦いながらも話を聞いていたライは、売り言葉に買い言葉で返す。


「誰にものを言っている! どちらが先に最深部へ到達するか競争してもいいぞ!」

「はっはっは! こりゃ酔狂だな紫! いいだろう、受けて立つ!」


 戦争の中にいて尚、遊ぼうとするライの提案が予想外だったため、ついツバキは笑いを堪え切れずに吹き出す。ライの姿勢に感心したツバキは、そのままエンジ達を引き連れて洞窟へと向かった。


 彼女達の背中を見送りながらも、ライは自分達も動き出す。


「そうと決まれば突撃するぞミズ!」


「あいあいさー」


 腕に自信のあるライはミズだけいれば充分と考えていたが、そこへ意外な人物が名乗りを上げる。後方で控えていたはずのルリである。


「こ、こなたも行くのじゃ! 良いなアサギ!」


「無論、御身のままに。青だけ乗り遅れるわけにはいきません」


 こうしてライはミズだけでなく、ルリとアサギが率いる青天組の力も借りて洞窟の攻略へと向かう。



   ×    ×


 一方、先に駆け出したツバキ達は、洞窟を守ろうとする黒兵と対峙していた。出入り口の前では大勢の人間が固まっていたのだが、彼女は何ら気にすることなく歩みを止めない。


「予が切り込む! 間髪を入れず後に続け!」


 部下へ伝える言葉はそれだけ。たった最低限の言葉であっても、長年の付き添いであるスオウとウメは意図を汲み取る。


「紅蓮流赤手空拳・朱雀!」


「猩紅!」


「火蜂」


 宣言通りにツバキが黒い軍勢に穴を開け、その後にスオウが棍棒を振り回し力任せに穴を広げる。さらにウメが分銅を飛ばし後詰めすることで、エンジやアスナロ達に被害を出さず洞窟内部へ入ることに成功した。


「よし、中へ侵入した! 火は使うなよ!」


 勢いに乗ったツバキは走り続けるが、内部の通路は想像以上に入り組んでいた。砂漠の地下とは思えない程に無機質であり、人工的な技術で整備されている。これでは自分がどこにいるのか、土地的な勘が全く働かない。


「姫、先頭はお任せください」


 紅の中でも隠密行動に長けているのがウメである。彼女は訓練した五感を活用し、黒兵の気配を避けて奥へと導く。


「後方から風を送ります」


 アスナロから支援の術を受け、さらにウメの神経は研ぎ澄まされる。横の通路から黒兵が現れるのに、ツバキ達は迷い無く先へ進むことができた。


 そして行き止まりに差しかかることもなく、通過点らしき大きな扉まで辿り着く。ここから先は一本道だと察したツバキは、後ろを走る仲間達に命令を飛ばした。


「追手の足止めを頼む!」

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