13-2.Hate Crew Deathroll

 見渡す限り広がる砂漠を挟み、黒い軍勢と連合軍は睨み合う。両者共に手が出せず拮抗状態にある中、まるで架け橋のように一台の黒い車が猪突猛進に走行していた。


 車上部にある扉から上半身を出し、腕を組んだツバキは愉快そうに高笑いする。


「わっはっはっは! 期せずして紅、青、緑、紫、四色の共同作業となったなぁ!」


 どうやら彼女は未知の車に乗り、気分が高揚しているらしい。作戦の失敗は死を意味するため、ライは車内から苦言を呈す。


「紅さーん。いいから大技に集中しててくださーい」


「分かっとるわ! 二度と話しかけるな!」


 そう言うと彼女は頭を引っ込ませ、扉を強めに閉じた。ライはやれやれと溜息を吐き、車の側面にもあった出入り口から体を外へ出す。反対側では既に、ミズが車の上で器用に仁王立ちしていた。


 ここから先は黒い軍勢から撃たれる、大砲の弾が届く距離内に入る。文字通り死線を越えようとする行動だが、ライ達に臆するような素振りは見受けられない。


 何故なら彼らにとって、もはや大砲の弾は脅威ではなくなっていたからだ。青の国と草原の国で幾度となく戦っていたため、自分の身を守るだけならば充分に対処できる。ゆえに空から雨のように砲弾が降り注いでも、二人は会話する余裕さえあった。


「大砲を撃ち落とすのも手馴れたもんだな」


「なんだか大砲とばっかり戦ってるような気がするさー」


「ははっ、言えてる」


 渇いた笑いを漏らすライであったが、その動きは最小限で実に効率的だ。車に直撃する砲弾だけを選び、神速の居合斬りで撃ち落とす。まとまって落ちて来る場合は雷撃を放ち、砲弾同士での誘爆を上空で引き起こす。もはや一連の作業でしかない。


 反対側のミズも難なく、つまらなそうに砲弾を蹴り落としていた。どうやら守護神の青嵐から、ついでに武術の指導を受けている模様だ。敵の攻撃は技の練習台でしかない。


 傍から見たら派手な爆心地の中を、当人達は淡々と駆け抜けて行く。だが、車を操縦しているアスナロだけは戦々恐々としており、黒い軍勢へ近づくやいなや早々に準備を終える。


「装置を固定しました!」


 アスナロの声が聞こえたミズは、作戦の手筈通りに操縦席の出入り口を開ける。


「こっちさ」


 彼はアスナロの手を取ると、そのまま大胆にもお嬢様抱っこをした。


「きゃ、逞しい胸板……」


 満更でもない様子でうっとりする彼女だったが、ミズが車から飛び降りたことで悲鳴に変わる。ライは離脱した彼らを見届けてから、ツバキに合図を出す。


「今だ! やれ!」


 合図を聞いたツバキは車上部にある扉を開け、脚力だけで勢いよく空高く飛び上がる。そして車が黒い軍勢に突入するのを見計らい、練りに練った力を遺憾無く発散させる。


「紅蓮流赤手空拳奥義・旭・大文字!」


 拳から放たれた火炎は乗ってきた車を中心に、巨大な大の字を描いて黒い軍勢を蹂躙した。また火器を扱っていた黒の内部では、次々と爆破が連鎖して疑獄絵図と化する。


 その様子を空中で見ていたツバキは、このまま戦えば押し切れそうだと笑みを浮かべる。だが地面に着地した瞬間、何十台もの黒車が波のように走り迫ってきた。


 一台だけならまだしも、その十倍以上の物量で押し寄せられては、怪力を誇るツバキでも流石に敵わない。すぐさま踵を返した彼女は叫ぶ。


「作戦成功! 総員退避いいいいいっ!!」


 本当は、まだ作戦の折り返しであり、ここからが正念場である。砂漠で馬よりも速い車より速く走ろうというのだから、前半の余裕が嘘のように全力で駆け抜けた。だが、一人だけ例外が存在する。


「箒星」


 その例外とは、アスナロを抱えたミズである。普通なら負担が大きいため遅れるはずだが、あろうことか彼は追ってくる黒い車が撃った砲弾に、片足を乗せて逃亡しているのである。これにはツバキも驚愕した。


「なんだ、あの離れ業は⁉ 奴は桃白白か⁉」


「誰だそれ?」


 並走するライが反応する。ちなみに彼女は紫電五光という、紫の技で脚力を強化して逃げ切ろうとしていた。


「紅で流行した西遊記だ! って、どうでもいい! 何故、貴様は平然としてられる⁉」


「これは身体強化技だ。紅には無いのか?」


「そんなものは無い! おい紫! 予を担げ!」


「貴様も感電するぞ」


「役立たずめ! 隣で予の華麗なる走りを見ていろ! うおおおおおおおっ!!」


 結局、尻に火が点いたツバキは持ち前の怪力を足に集中させ、砂を巻き上げながら速度を増していく。何も対策が無いくせ作戦に参加したのかと、ライは呆れながらも後方からの攻撃を警戒した。


 しかし相手は機械で、こちらは人間である。次第に疲労で空元気も回らなくなった頃、背中を押すように一陣の追い風が吹いた。


 砂塵の中で目を凝らすと、風の通り道ができている。おそらくアスナロの術だろうと察したライは、一心不乱に走るツバキに檄を飛ばす。


「風が導くままに走れ!」


「支援に感謝するぞ緑! 水を得た魚、追い風を纏った紅だ! わはははは!」


 希望が見えたツバキは息を吹き返し、衰えた速度を元に戻す。更には最後の力を振り絞り、全速力で自軍へと辿り着いた。


 後に続いてライも到着した際、擦れ違いざまにエンジと目が合う。彼は再び正面を向き直すと、両手を地面に当てて詠唱を行った。


「紅月流陰陽道奥義・夕・大火憐!」


 エンジは頑強な黒い車に術を放つのではなく、その足場である砂地ごと爆破した。まるで下から火山が噴火するように爆炎が吹き出したことで、何十台もあった追手の黒い車は一斉に引っくり返る。


 これが陽動作戦の真の狙いであり、車の無力化に成功した連合軍は砂漠を渡った。

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