13-1.オマツリサワギ
灼熱の太陽から日光が降り注ぎ、生温い風が砂塵を舞い上げる砂漠地帯。敵の動向を探るため、斥候に出ていたウメが帰還する。
「紅姫様。前方に黒い軍勢が見えます」
「お出迎えか。まさか予想的中とは恐れ入る」
ツバキが覗き込む双眼鏡の先には、確かに黒い軍勢が予測していたかのように待ち構えていた。熱された空気層で光が屈折し、何やら蠢いているようにも見える。
「いいか皆の者! 敵本陣は目前だ! 気を引き締めてかかれ!」
ここまで来るのに疲弊した兵の士気を高めるため、ツバキは大将らしく全体をまとめにかかる。だが、個人である紫のライだけは、雰囲気に呑まれず危機感が働く。
「待て。まさか馬鹿正直に真正面から向かうのか? 何か策は?」
「頼んだぞエンジ!」
考える素振りを一切せず、ツバキは作戦を弟に丸投げする。いつものことなので、エンジは情報の整理から始めた。
「えーとですね、ぼく達は砂漠まで進軍するため馬に乗りましたが、黒には大陸の移動手段となる乗り物が見当たりません。これは何故でしょうか?」
言われてみれば当然の疑問だが、だからこそ難題でもある。誰も答えられない中、アスナロが情報提供をした。
「確か砂漠の民は、駱駝や象という動物に乗って砂漠を越えるはずです。速さはありませんが、巨体で足が長く力強いため、砂の上を歩くのに重宝されているとか」
「いかにも戦向けの動物ですが、黒は徒歩のまま大胆に待ち構えています。これは明らかな罠です。かと言って、遠距離から術や弓で牽制するのも消耗するだけでしょう。何とかして黒を誘導させる方法を……」
まだエンジが話している最中、双眼鏡を覗き込んでいたツバキが介入する。
「おい、アスナロ。あれは駱駝と象、どっちの動物だ?」
「は? いえ、どちらも黒くはないはずですが……? 段々と近づいてません?」
アスナロが言う通り、黒い物体が連合軍へ向けて接近していた。足場の悪い砂の上をものともせず、猛然とした速度で砂漠を超えようとしてくる。
やがて肉眼でも視認できるようになった頃、ウメが血相を変えて叫ぶ。
「大砲です! 大砲を乗せた車が、こちらへ突進してきます!」
普通の車は車輪の上に板を敷いた台車であり、それを人や馬が引くのが一般的である。だが、黒の車には大砲が積んであり、しかも誰かが引いている様子もない。
また紅の陰陽術、紫の雷撃を当てても微動だにせず、屈強な黒い車は弾丸を撒き散らしながら暴走する。常識外れの怪物が連合軍に牙を剥く中、ツバキは悠々とした面持ちで構えた。
「また新たな兵器か。懲りない奴らめ……」
「一先ず退いてください姫!」
「攻めているのは我々だ! 案ずるな! そこで黙って見ていろ!」
制止させようとするウメを払いのけ、ツバキは混乱する連合軍を一喝する。それだけで騒ぎは収まり、兵士達は前に出た彼女の背中を見つめた。
味方の期待を一身に背負ったツバキは、突進する黒い車と対峙する。圧倒的な物量差からして、正面から衝突し合えば勝ち目は無いが、なんと彼女は自ら砂の中へと器用に潜った。そして黒い車が通る瞬間、真下からツバキが技と共に飛び出す。
「紅蓮流赤手空拳・紅一点!」
ツバキは車体の下を拳で殴り、そのまま力任せに引っくり返した。あれだけ猛威を振るっていた黒い車も、機能不全に陥れば間抜けな姿となる。
「お見事ですツバキ姫!」
褒め称えるウメの後に、少し遅れて兵士達から歓声が上がった。喝采を浴びたツバキは気を良くし、拳を頭上へと挙げる。
「狼狽えるな皆の者! 守護神の加護を得た予がいれば、未知の兵器など問題は無い!」
「姉上! 頭に棘が刺さってます!」
エンジに指摘され、ツバキは反射的に自分の頭部を触る。するとそこにはあったのは棘ではなく、二本の鋭い角が生えていた。
「おおっ、何だこれは⁉ まぁ、いい」
いいのかよ⁉ と、その場にいた誰もがずっこけそうになったが、彼女は構わず全軍を率いようと奮い起こす。
「黒の策など車に大砲を乗せる程度のものだ! このまま真正面から突っ込むぞ!」
「言ってる場合か! 後ろを見て、すぐ逃げろ!」
焦るライの声が聞こえ、ツバキは後ろを振り返る。そして視界に映ったのは、空を覆い尽くさんばかりの大砲の弾だった。今から全て撃ち落とすには絶望的な数である。
かくして、大砲の集中砲火が連合軍に降り注ぎ、砂上と共に爆炎の煙が立ち込める。その煙が風で静かに流れた後には、黒い車を抱え上げるツバキの姿があった。
「まさか敵の兵器が盾になるとはな」
山なりに飛ぶ弾丸の軌道からして、かろうじて届く距離だと判断したツバキは、引っくり返した黒い車を持ち上げ盾とした。派手な爆発とは裏腹に、連合軍の被害は皆無である。
「これを咄嗟に持ち上げたのか? どんな腕力してやがる……?」
馬鹿力に感心するどころか、もはや恐怖を覚えるライの後ろでは、エンジが集中して思考を呟いていた。
「なるほど、黒は大砲の射程距離に入るまで待ってたのか。で、こっちが密集して大きな術を放ったら、機動力のある車で回避し、そのまま包囲する算段だったわけだ……」
「エンジ、何をぶつぶつ言っている?」
「ライ、やっぱりこっちから黒い軍勢を誘い込む必要がありそう」
「どうやって?」
「あの黒い車は使えないかな? 車なら中に入れるはず」
エンジの予測通り、黒い車の上部には扉があり、既に衝撃で息絶えた黒兵もいた。まずは先遣隊として、ウメが中に入って行く。
「内部を確認しましたが、非常に複雑な構造で初めて見るものばかりです。ましてや動かし方など、皆目見当もつきません」
そうウメが報告する傍らで、興味深そうにアスナロが内部を観察する。
「この握りやすそうな棒を手前に倒せば良いのでは?」
何の躊躇いも無く、彼女は操縦席にあった装置を勝手に動かす。すると黒い車から鈍い音が鳴り、砂の上を車輪が空回りした。
思いがけぬ功績を発揮したアスナロだったが、あまりにも都合が良すぎるため、ツバキは手放しに喜べない。
「何故、起動できる? もしや乗ったことがあるのか?」
「いえ初見ですけど、このくらいなら何となく感覚で分かるでしょう?」
「分かるか! 古今東西どこ探しても貴様だけだ!」
疑惑が解消されない一方、エンジだけは素直に喜ぶ。
「でも、これで作戦が立てられる! この黒い車で敵地に乗り込み、そのまま陰陽術で爆破させよう!」
「可愛い顔して悪魔ですか⁉ 私が死にます!」
黒い車を運転できるのはアスナロだけのため、彼女の反論は尤もである。これでは非道な人間爆弾だ。
「も、勿論、脱出する際は戦乙女を抱えて逃げれるよう、こちらで人選を決めます」
そう提案するエンジだったが、候補として有力なライとツバキは揃って断る。
「足に自信はあるが、大人を抱えて逃げ切れるだけの力は無いぞ?」
「腕力に自信はあるが、大人を抱えて逃げ切れるだけの速さは出ん」
「私が重いみたいに言わないでください!」
みたいではなく、事実そう言っているのだが、アスナロに気を遣った二人は空気を呼んで沈黙する。代わりにミズが自ら名乗りを上げた。
「俺っちに任せるさー。力も速さも完璧」
「そんな、殿方に触れるなんて……責任を取っていただかないと……」
まだ初心なアスナロは上半身裸のミズを直視できず、照れ隠しのように身をよじらせる。また話が拗れそうだと察したエンジは、彼女に構わず作戦を推し進めた。
「ありがとうミズ。じゃ、爆破するためにぼくも乗り込んで……」
黒い車に近づこうとするエンジの頭を、ツバキが掴んで制止させる。
「阿呆め。エンジの足では逃げ切れん。ここは予が行く」
「危険すぎます! そもそも辿り着けるかも怪しい!」
当然のようにウメが引き止めるが、今更そのくらいでツバキが止まるはずもない。エンジを行かせるよりかは良いと判断したライは、新しい役目を買って出る。
「なら、オレが車を防衛してやろう」
かくして操縦役にアスナロ、運搬役にミズ、爆破役にツバキ、防衛役にライの四人が決まった。これから特攻しようとする彼らを、後方で待機していたルリが見送る。
「兄上! 生きて帰ってくるのじゃあ!」
「なんくるないさー」
ミズは親指をぐっと立てた。
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