第四章
12.多分、風。
第四章
黒の本拠地は砂漠の国だと確信したツバキは、そこへ至るまでの道のりで疲弊しない移動手段は無いかアスナロに打診した。アスナロは同盟を結んだ手前で断れず、仕方なく畜産していた馬を紹介する。
「まさか草原の国が、こんな名馬を隠し持っていたとはな! これを戦に使わずとは宝の持ち腐れだぞ!」
「これは物資運搬などの酪農用です。野蛮な戦のために愛馬を犠牲にはできません」
「予が畑を耕す時には使用しなかったではないか」
「貴方達の怪力には不要でしょう」
またすったもんだの挙句に議論が揉めた後、ようやく一致団結した連合軍は馬に乗って砂漠を目指す。硝煙の匂いが残る草原の国を出発し、新鮮な空気が吸えるようになった頃にはツバキの精神も安定してきた。
「あの時に拳から出た火炎は、守護神の加護だったのか」
馬が風を切って走る最中、ツバキはエンジから守護神についての説明を一通り聞く。
「はい。火山の祠に封印されていたものを、ぼくが依代となり解放しました」
「でかしたぞエンジ。おかげで九死に一生を得た。その猫にも感謝せねばな」
『吾輩の名は紅蓮にゃ。呼び方には気をつけろ人間』
紅蓮と名乗る守護神は一匹の紅い猫の姿であり、エンジの頭の上に小さく丸まり居座っていた。彼の後ろではライが馬の手綱を握っており、その猫を観察しながら訝しげな表情を浮かべている。
「何故、紅蓮は火山の祠に封印されてたんだ?」
悪霊ならば斬り捨てる覚悟をしていたが、蓋を開けてみれば何も脅威は無い。それはツバキと会い、猫の姿を模すようになっても変わらない。
『昔のことだから覚えてないにゃ。吾輩を封じるとは愚かなり人間』
なんて威厳の無い守護神だ。同族として心外だったのか、わざわざ蝶に変化した紫電が自分の見解を述べる。
『大方、守護神としての使命を逸脱したのだろう。呆れた猫だ』
『うにゃ、にゃ』
『やめろ化け猫! 脳天から斬り裂くぞ!』
ひらひらする蝶に反応する猫を見て、エンジとライから自然と笑みが零れる。これに対し、つまらないのがツバキである。
「紫は随分、弟と仲が良いようだな?」
「あの……これには訳が――」
煮え切らないエンジの言葉を遮り、ライは単刀直入に言った。
「エンジと私は婚約している」
「何ぃッ⁉⁉」
「ツバキ姫⁉」
突然の表明に驚愕したツバキは、あまりの動揺に落馬しかけた。それを間一髪で支えたスオウの手を借り、体勢を立て直してから問い詰める。
「どういうことだ紫ィ⁉」
「本来なら紫は中立に徹しなければいけないが、エンジと婚姻関係を結ぶという条件で黒退治に協力している」
「例え世界が認めようとも、お姉ちゃんが認めるかぁ! 人身御供とは卑怯だぞ紫! 黒の前に貴様を八つ裂きにしてやる!」
「素手で喧嘩を売るとは面白い。前々から武闘家は斬り甲斐があると思っていた」
「ちょっと待った二人とも! ライはぼくにとっても、姉上にとっても命の恩人でしょ⁉ そんな凄い人と婚約するんだから、ぼくは少しも嫌じゃないよ! むしろ好きだから!」
「ぐわぁ!」
今度はライが落馬しかける番である。
「危ないさー」
隣を走るミズに支えられるも、ライの心臓の鼓動は収まらない。自分が元男だと告白してから、初めてエンジに好意を向けられた。不安が解消されて嬉しいが、嬉しいと思ってしまう自分に複雑な感情を抱く。
そんなライの葛藤も露知らず、ツバキは詰問を続ける。
「弟よ……婚約するということは、何をするか分かっているのか……?」
「え? 何って……別に今と変わらないでしょ?」
「これから性教育を始めまーす! ウメ、スオウ、今すぐ実演しろ!」
「無茶を言いなさんな!」
即座に断るスオウ。いくら主君の命令とはいえ限度がある。
「嫌だぁ! できないなら去勢させるぅ!」
駄々を捏ねるツバキ。長年の付き添いから本心でないことは分かっているため、とりあえず落ち着かせようとウメは助言した。
「黒を倒したら紫は用済みですから! まずは利用し終えてから考えましょう!」
「そこ聞こえてるぞ!」
悪事を企む紅の三人組に睨みを利かせ、ようやくライは平常心に戻る。
会話も一段落した頃を見計らい、ルリはツバキに話しかけた。
「少し聞いても良いか? ツバキ姫は既に守護神の力を使いこなせているようじゃが、それは何故じゃ?」
ツバキは先程の豹変ぶりが嘘のように答える。
「無意識だな。守護神の声が聞こえてから、自然と使えている。青の女王は違うのか?」
「こなたは集中しなければ、守護神の声が聞こえないのじゃ」
「参考にならず申し訳ない。一つ思い当たる節があるとすれば、依代との仲の良さだな」
そう言われ、ルリはミズを横目で見た。まだ彼と出会ってから日が浅い。盗賊と一国の姫では身分が違いすぎるが、だからこそ一人の女子として慕うことができた。
これからも親睦は深めたいものの、飄々としているミズは何を考えているのか掴みかねる。また、どうすれば、何をすれば仲が良いことになるのか分からない。
「ご安心くださいルリ姫様。こんなこともあろうかと遊戯を用意してあります」
主君の不安を敏感に察したアサギは、優秀な部下として打開策を提案する。だが、彼女を見るルリの目は半信半疑だ。
「この前の花札は不発だったじゃろがい……」
旅の途中で何度もミズと遊んだが、なんと彼は将棋も、囲碁も、花札も規則を理解できなかったのである。かと言って体を動かす遊びでは、体躯に大きな差がありすぎる。
「今度は教養の無い者でも遊べるよう、かつ男子が興味を持てるよう、このアサギが新しく開発しました。名付けて遊戯王です」
他の色も様々な事情があるのだと、妙に感心したツバキは話題をアスナロに振る。
「草原の戦乙女はどうだ? あれだけ信仰深いのだから、守護神や依代の候補に心当たりは無いのか?」
「信仰深いからこそ、神を顕現させるなど非道なことはいたしません。それでも同じように存在するのであれば……いえ、何でもないです。きっと私の思い過ごしでしょう」
「なんだ、もったいぶりおって」
「それより砂漠地帯に入りました。砂に足を取られるので、皆さん馬から降りてください」
連合軍は砂漠との境目を拠点とし、戦を始める最終準備に突入した。
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