11-2. 暁を映して

 黒い軍勢を撃退した戦闘終了後。草原が荒野と成り果てた戦場の跡地にて、ツバキ達は合流したライ達と勝利の余韻を噛み締めていた。


「はぁ……はぁ……ようやく退けたぞ」


 数日間に亘って防衛戦を繰り広げたツバキは、今すぐにでも地面へ倒れ込みたいのを我慢する。成り行きとはいえ、連合軍を指揮した自分が休むわけにはいかない。威厳を見せつけるように空元気を出す。


「皆の者、大儀であった! これで緑の方から紅に助力を申し出ることだろう! わっはっはっは!」


「まだ高笑いできる余力を残していたのか……紅の姫とは大したものだな」


 火山から草原の国まで夜通し走り抜けたライ達も、同じく疲労困憊であった。しかし互いに負けず嫌いであるため、相手より先に休むまいと変な意地の張り合いが始まる。


「いやはや、紫の剣技も素晴らしい。まさに一騎当千。お見それした」


「何を言う? 紅の姫の拳闘も舞のようだった。それでいて苛烈な威力は目を見張る」


「天下の紫に褒めていただけるとは光栄だ。長旅で疲れたろう。ゆっくり休むといい」


「心配には及ばない。貴殿の方こそ安心して休め」


「いや、予は大丈夫だから。先に休め。な?」


「いやいや、オレも平気だから。むしろ調子良い」


 無駄な善意の押し付け合いが何回か続くと、とうとう溜まっていた怒りが爆発した。


「貴様が休まんと、いつまで経っても予が休めんだろうがぁ!」


「だったらお望み通り、今すぐここで眠らせてやろうかぁ!」


「それは良い案だ! なんなら温かい火の布団を用意してやるぞ!」


「ありがてぇ! 寝心地良すぎて、もう二度と起きれねぇかもな!」


 意味の解らない皮肉の連続である。もはや醜い言い争いとなっていたが、その場にいた誰もが疲れていたため止めようとはしない。むしろ下手に首を突っ込んで、余計な体力を消耗しないよう傍観していた。


 だが、物事には限度がある。あまりにも疲れすぎて思考力が低下していたツバキは、死んだ黒兵の首を掲げて見せた。


「貴様が斬った生首も、実に安やかな寝顔をしておるな!」


「姫っ⁉ 死体漁りなど、下賤な行為はおやめください!」


 側近のウメに叱られたことで、ツバキは反省しながら手に持った生首を彼女に渡す。普段ならこれで終わりのはずだが、ライが余計な茶々を入れる。


「やーい、怒られてやんの」


「上等だ貴様ぁ……。死体もろとも灰にしてくれる」


 額に血管を浮かばせ、ツバキは拳の骨を鳴らした。実はライも無意味に挑発したわけではない。互いに疲れ切った今の体調ならば、下手に相手を怪我させず無力化して、紫の里へ安全に保護できると考えてのことだ。


 しかし、そんな思惑を知らない外部からすれば、二人の衝突を見ているだけで空気が重くなってしまう。


(まだ出会って間もないのに、仲が良いんだか悪いんだか……)


 本来なら両者を止める役割のエンジも、一歩引いた所から静観に徹していた。どうせ喧嘩を仲裁したらしたで、今度は自分が標的になるだけ。


 誰もが保身について考えを巡らせる中、首を置きに行ったウメから悲鳴が聞こえた。突然の事態に怒りも忘れ、すぐさまツバキが駆け寄る。


「どうしたウメ?」


「……な、なんでもございません」


 明らかに挙動不審な言動。よく見るとウメは手を背中に回し、生首を隠そうとしていた。


「予にも見せろ」


「いえ! 駄目です!」


 抵抗するウメを抑え、ツバキは黒兵の生首を奪い取る。通常であれば黒兵は覆面を装着しているが、興味本位でウメが剥ぎ取ったらしい。


「これは一体、どういうことだ……?」


 初めて黒兵の素顔を見ても、ツバキは硬直するしかなかった。ただならぬ事態を感じて、もう一人の側近であるスオウも駆け寄り……そして驚嘆する。


「師範代っ⁉」


 紅の国を滅ぼした黒い軍勢の正体は、かつて紅月流道場で師範代を務めた男性だった。特に親しい交流があったわけではないが、どうしても動揺を抑え切れない。何故なら彼は黒い軍勢が侵攻した時に、戦死したはずだからだ。


「他の死体も調べろ!」


 逸早くツバキは混乱から立ち直り、的確な命令を出す。意味の解らなさ、不気味さで心が折れそうになりながらも、ウメとスオウは忠実に従った。


 紅の戦闘は打撃と火炎が主のため、黒兵を殺すには頭部ごと壊すしかない。そこへ首を綺麗に斬り落とす紫の登場である。今まで黒の正体など気にしていなかったが、まさかの偶然によって核心へと迫っていた。



 そして一通り確認したところ、倒れている黒兵の素顔は、どれも死んだと思っていた紅の戦闘員だった。何故、また動けるようになり、しかも敵へ寝返ったのか。


 唯一の手がかりは、紅の因子が黒く塗り潰されていたという事実だけ。謎が謎を呼ぶ中で、エンジは一つの仮説を立てる。


「もしかして、洗脳された?」


 馬鹿げた冗談、などと一笑に付する者は誰一人としていなかった。何故なら死体を操っていたことにすれば、致命傷を負いながら動く黒兵の耐久性も、元紅の民の裏切りについても、全てのことに辻褄が合うからだ。


 まだ確証は無い。もしもの話ではあるが、万が一にも事実だったとしたら……。そう少しでも想像するだけで、ツバキは怒りが沸々と込み上がり、腸が煮え繰り返る想いだった。


「紅の民を捕虜にするだけでは飽き足らず、自軍の戦力として増強するだと? 人を何だと思ってやがる! ふざけるな! くそ! くそ! くそがぁ!」


「おやめください姫様!」


 あまりの悔しさで地団太を踏み、さらには地面を殴りつけるツバキを、ウメとスオウの二人がかりで抑えつける。すると少し離れた所から、場違いすぎる呑気な声がした。


「何の騒ぎですか……?」


 城の最上階から落下し、気絶していたアスナロだ。どれだけ大砲の発射音が轟いても起きなかったというのに、ツバキの地響きが睡眠妨害に役立ったらしい。


「やっと目覚めたか草原の戦乙女! 見よ、青と紫が紅と手を組み、怨敵である黒との戦に勝利した! いい加減、緑も正式に同盟を結ぶ決心をしたらどうだ⁉ 今すぐ答えねば畑に火を放つぞぉ!」


 いつにも増して滅茶苦茶なことを言うツバキ。彼女にとっては自分で耕した畑よりも、今この時も苦しむ紅の民を救うことが先決だった。


 対してアスナロはというと、まだ寝起きで完全には状況を把握し切れていない。ゆえに一辺倒な返答しかできず、さらにツバキの神経を逆撫でする。


「草原の国を守っていただいたことは感謝します。ですが、戦争に参加する私たちの要望は変わりません。草原の土地を返却してください」


「黒に勝って土地を返却できたとして、協力した青と紫にも分配せねばならん! その条件を呑めぬ場合、次の標的は草原の国と知れ! これ以上ごたごた抜かすようなら、この辺り一帯を焼け野原にするぞ!」


 もはや脅迫である。ツバキの気持ちも共感できるが、何も悪くないアスナロを責めるのも酷だろうと、見る見かねたライは助け舟を出す。


「紫からも頼む。紅と青だけ残れば戦争は必須。できれば草原の国とで三つ巴になり、世界の均衡を保ってほしい」


 紫としてライが仲介人となることで、アスナロも建前上は引くことができた。どうせ黒に滅ぼされる運命だったのならば、ここで抗ってみるのも悪くないだろう。


「……草原が得意とするのは守りであり、自ら攻め入るのは避けたいのです。あくまで支援部隊として編成されるのであれば、同盟を結びましょう」


「よし! 役者は揃った! いざ! 黒の本拠地へと参らん!」


 意気揚々とツバキは拳を天へ突き挙げ、それに呼応して生き残った民達が雄叫びを上げる。色という国家を超えた交流に対し、誰もが興奮を抑え切れない。


 だが、一連のやりとりを傍観していたルリにとっては、実に素朴な疑問だけが残った。


「……で、黒の本拠地とは……どこじゃ?」


「…………」


 冷や水を浴びせられた集団は時間が止まり、後には気まずい空気が流れる。


「まさか誰も知らないとは」


 敵の所在も分からないまま、緑に協力を要請していたのかと、アスナロは呆れ果てた。


「そもそも、どこから黒が現れたのかも謎だ」


 ライがエンジを救った場所は、黒い軍勢が一時的に利用していた、戦争用の拠点である。そこに黒の民が住んでいるわけではないため、紫の情報網を持ってしても不明のまま。


 各色の代表が知識を照らし合わせても、黒い軍勢の所在は見当もつかない。ただ砂漠の国が滅ぼされた、という情報が先行して流れていただけ。これでは会議の意味が無いと途方に暮れる中、エンジだけは思考の渦に深く潜って行った。


「待ってください。よく考えましょう。今回の黒い軍勢が洗脳された紅の民だったとするなら、最初に紅と戦争していた黒は何者だったのですか?」


 この問題から導き出される答えは一つ。ツバキは自信満々に宣言する。


「砂漠の国だ」

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