11-1.DON-GARA

 黒い軍勢と交戦中である草原の国にて、ツバキ達三人は城内を忙しなく駆け巡っていた。


「姫ぇ! あの時の派手な技ぶっ込んでくだせぇ!」


 走りながらスオウが言う派手な技とは、ツバキが放った百火繚乱という大技である。大砲によって城壁が破壊された際、その大技を出すことで戦場を逆巻く火炎で埋め尽くし、なんとか窮地を脱することができた。


「そう何度も軽々しく撃てるか⁉」


 ツバキ自身、何故あの技が出たのか不思議なくらいだ。偶然で片づけるには都合が良すぎるため、何かしらの条件が重なったのではないかと、ウメも当然のように疑問の声を上げる。


「本当に、あの火力は何だったのでしょう?」


「知るか! 予も無我夢中だったのだ! 今は目の前の敵に集中しろ!」


 大技で一時的に助かったものの、三人で城全体を防衛するには無理があった。もう既に籠城戦は破綻し、別方向から黒い軍勢の侵入を許していた。


 現在は草原の戦乙女である、アスナロを救出するために三人は城内を探していた。敵と遭遇次第すぐ強襲しては、即座に撤退するという作戦で進んでいる。


 散弾銃を持つ敵に対しては、曲がり角での待ち伏せが効果的だった。銃身が長いため小回りが利かず、潜り込むように懐へ入り込みさえすれば狙いが定まらない。


「はっ!」


 また万が一、散弾銃と中距離で相対したとしても、敵より早くツバキが技を繰り出せていた。あの大技を放って以来、陰陽道を使わずとも拳から火炎が噴き出すのである。しかもスオウとウメの負傷まで回復するという、驚異のおまけ付きだ。


 とりあえず便利なので余計なことは考えず、ツバキ達は新たな能力に順応しながら城の最上階まで登り切った。そして最奥にある部屋の扉を蹴り破る。


「助けに来たぞアスナロ! さぁ、予と一緒に逃げようぞ!」


 国の緊急事態だというのに家臣はおらず、部屋にいたのはアスナロの一人だけ。彼女は玉座にて毅然と静かに佇んでいた。


「紅の姫ですか……。いえ、せっかくですが私は城に残ります」


「何故だ⁉ この城が落ちるのは時間の問題だぞ!」


「だからこそです。私は草原の戦乙女として、この国の最期を見届ける義務があります」


 戦乙女が聞いて呆れる、とは思ってもツバキは口に出さない。国が違えば価値観も違う。理解ですら毒になるのなら、話し合いでは話にならない。


「悪いが頭でっかちを説得する暇は無い。スオウ!」


「合点!」


 ツバキの命令に従い、スオウはアスナロを軽々と担ぎ上げた。


「ひゃあッ! な、何をするのですか⁉ 無礼者!」


「どうせ捨てる命ならば、予が拾っても問題はあるまい」


「大いに問題です! 貴方は人と国を何だと思っているのですか⁉」


「人あっての国だ。そして貴様がいてこその人だ。生きても死んでも終わりなど無い」


「姫。通路に敵の気配あり。今すぐ避難を」


 警戒していたウメの進言により、ツバキは迷わず前へと足を踏み出す。その歩む先には窓があり、ツバキは当然のように窓を開け放った。


「え? ちょ、待って……ここ最上階――いやああああああああああああッ⁉」


 アスナロの叫び声と共に、三人は躊躇うことなく飛び降りる。常人ならば死を免れない程度の高さであったが、彼女達は涼しそうな顔で難なく着地した。


「気を失いましたぜ」


「やかましくなくて丁度良いではないか。それより走れ」


 悠長な無駄話は終わらせ、三人は出口を目指し一目散に駆ける。城の構造と周辺は事前にウメが調査済みのため、彼女が先行して誘導した。


 だが、どれだけ効率良く最短距離を走ろうとも、敵に囲まれた状況では幾度となく障害が現れる。前方にいる黒兵をどう対処するか、ウメはちらりと後ろを見て判断を仰ぐ。


「このまま突破する!」


 ツバキの即決。瞬時にウメは両手から鎖分銅を投げ込み、相手が怯んだ隙に本命であるツバキが最大火力をぶち込む。


「紅蓮螺丸!」


 拳から放たれる火炎放射の後には、めらめらと燃え盛る火の壁だけが残った。これでは自分で道を塞いでいるようなものだが、なんと三人はどこ吹く風と通り抜ける。


 彼女達にとって火は脅威の壁ではなく、もはや道以上の轍だった。そのままの勢いでウメが中距離から牽制し、仕上げにツバキが逃走路を開拓するという作業が続く。


 だが、あまりにも多勢に無勢。どんなに超人的な力を有していようとも、たった三人で何千もの敵と戦うには疲労が激しい。


 また、何故か後から出てくる黒兵ほど、火への耐性が向上しているような違和感をツバキは覚えていた。単に自分の火力不足か? 彼女自身、どうやって拳から火を出しているのか分かっていない。なんとなく技を想像して、能力を行使しているだけだ。


 そしてついに、拳から火が出なくなってしまう。後もう少しで逃亡できたかもしれないところ、頼みの綱である神の奇跡は時間切れ。まだまだ眼前の黒い軍勢は健在で、こちら三人は満身創痍で今にも死に体となってしまいそう。


 この絶望的な状況を、どのようにして打開するのが正解か? 答えが見つからないツバキは脱力し、地面に膝をついてしまう。


「ここまでか……」


 複数の黒兵から向けられる銃口。それらが一斉に発射されれば、いくら紅の猛者と言えど一溜まりもない。もう少し慎重に行動すべきだったのでないかという後悔と、仇敵に一矢さえ報いられない無念さが胸を襲った時、遥か頭上から凛とした声が鳴り響く。


「紫電一閃!」


 真っ直ぐの紫がかった黒髪を靡かせ、一人の乙女が雷と共に戦場へと降臨した。まさかの反撃で意表を突かれた黒兵は、すかさず銃による一斉射撃を行うが、紫の彼女は眉一つ動かさず冷酷に刀を振るう。


「紫電慚愧!」


 帯状に広がる電撃の膜を張り、それら全ての弾丸を受け止めたかと思えば、次の瞬間には強化された弾丸が跳ね返されて黒兵の頭を撃ち抜いた。ただ力をぶつけるだけではない、技の繊細な応用を見てツバキは圧倒される。


 いきなり登場した、この凄腕の人物は何者なのか? ツバキには思い当たる節があり、もしや噂に聞く紫の一族か問おうとしたところ、またもや誰かの叫び声が戦場に響いた。


「姉上ええぇぇーーッ!! お迎えに上がりましたああぁぁーーーーッ!!」


 もう二度と聞けないと覚悟していた、懐かしい呼び声がツバキの耳に届く。


「この声は……エンジか⁉ 予の影武者として死んだはずでは⁉」


「この通り生きて帰って参りました!」


 丘の向こう側から、実の弟であるエンジがてけてけと駆け寄って来る。彼が救われた経緯を知らないツバキからすれば幻にしか見えず、草原の民から教わった戦士の魂が奇跡を起こしたのかと勘違いした。


「生き返ったとな⁉ おお、すまない弟よ。まさか化けて出てくるとは思わなんだ。この姉を許してくれ」


 両手を合わせ拝むツバキの下へ、息を切らしたエンジが辿り着く。


「許すも何も死んでません! 処刑の寸前に紫から助けられ、不肖の弟ながら生き延びてしまいました!」


「ま、誠か……?」


 未だに信じ難いツバキは顔を上げ、恐る恐る弟の薄ら赤い頬に手を当てる。手の平へ感じる確かな温もりの上に、エンジは自分の手を優しく重ねた。


「はい! 信じられぬのも無理からぬこと。ですが、ぼくは今こうして生きています!」


 死んだはずの弟が生きているという事実を認識したツバキは、もう二度と離すものかとエンジを力強く抱き締める。そして今まで塞き止めていた感情と共に涙が溢れ出た。


「エンジよ! もう会えぬかと思ったぞ! よくぞ生きて戻って来た! こんなに嬉しいことは無い! 実の弟を身代わりにするしかなかった不甲斐ない姉を許せ!」


「とんでもない! その話は今生の別れで終わったはずです! 紅の復興を誓い、姉上が黒を打倒する日を疑ったことなどありません! その証拠にぼくも青や紫と交渉し、協力を得ることができました!」


 姉弟の感動の再開を邪魔しないよう、気を遣って遠くから見守っていたルリ達へ、エンジは実の姉を紹介した。まずは、それぞれの代表であるルリとライから名乗り上げる。


「お初にお目にかかりまする。わらわは青の女王こと、ルリ姫じゃ。この度は黒に対抗するため、紅と正式に同盟を結ぼうと参った次第じゃ」


「私は紫のライと申す。まだまだ半人前だが、共に黒と戦うべく馳せ参じた」


「予は紅の姫だ。ツバキと呼んでくれ。お二人のご協力に深く感謝する。それにしても草原の国より早く、青と紫を口説き落とすとは……でかしたぞエンジ!」


「お褒めに預かり光栄です! ですが、今は黒の残党を撃退することに専念しましょう!」


 エンジ達が来た丘の向こう側には、隠れ里へ避難していた紅の民が控えていた。心強い援軍を得たツバキは希望を取り戻し、悲観していた草原の民を鼓舞することに成功する。


 そして勢いに乗った紅、青、緑、紫の同盟軍は黒い軍勢を押し返し、激闘の末に辛くも戦争に勝利した。

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