10-1.夜行性の生き物三匹

 草原の国は高い外壁に囲まれており、その堅牢さで外敵から国を守っていた。だが何十年も役目を果たしてきた壁が今、黒い軍勢が用いる大砲によって破壊される。


 崩れた壁の向こう側には、依然として大砲を構える黒い軍勢の姿。その一門が照準を合わせた先には、ツバキ、スオウ、ウメの三人が威風堂々と待ち構えていた。


 対象が建物だろうと人間だろうと、一切の感情を捨てた黒い軍勢は任務を遂行するだけ。大砲から無慈悲に発射された鉄球を、スオウが自分の得意武器である金棒で打ち返す。


「うおりゃああッ!」


 打ち返された鉄球は真っ直ぐ正面へ飛んで行き、大砲ごと後方にいた黒い軍勢を巻き込み爆破する。その凄惨な威力を目の当たりにしても黒い軍勢の勢いは止まらず、壊された壁の隙間から次々と兵が突入してくる。


 また、その間も大砲による壁の破壊行為は続く。逃げ遅れた草原の民が壁の上で弓矢を射って牽制するも、足場が崩れ瓦礫の下敷きと成り果てる。


 ある程度の壁が無くなれば、今度は複数の大砲がツバキ達を襲う。だが、何度も煮え湯を飲まされた紅の民は、大砲の対処法を誰よりも熟知していた。


 鉄球が発射される寸前に、ウメが分銅を大砲の口に投げ込む。発射口が詰まった大砲は鉄球を打ち出せず、そのまま行き場を失って自爆した。またスオウが鉄球を金棒で打ち返す一方、なんとツバキは素手のまま、しかも片手で打ち出された鉄球を掴み取る。


「大砲なんぞ見飽きたわ」


 呆れるようにツバキは呟くと、掴んだ鉄球を壁の瓦礫付近に投げ込む。そして印を結び複数の陰陽術を重ね合わせた。


「紅月流陰陽道・爆・炎戒」


 投げた鉄球を中心に爆炎が巻き起こり、更に放射線状に広がったことで火の海となる。これにより突入していた黒の兵が火達磨となるだけでなく、今度は炎の壁が敵の行く手を阻む。


 しかし、既に侵入していた何名かの黒兵は撃ち漏らしていた。その中の一人が、手にしていた銃口をツバキに向けて放つ。


「銃も無駄だ」


 接近戦ならば自分の方が速い。ツバキは撃ち出された弾丸を避け、拳を敵の顔面に叩きつけ粉砕した。黒い軍勢の兵は脳味噌ごと吹き飛ばさないと、また死霊のように立ち上がるので厄介なこと極まりない。


 ツバキ、スオウ、ウメ三人の連携で大砲を処理し、陰陽道で炎の壁を維持したまま侵入を防ぎ、それで仕留め損なった敵兵を各々で始末していく。守りにだけ専念していれば、少人数でも黒い軍勢の猛攻を受け止めることができる。


 そう思っていた時だった。ツバキの視界の隅に、見慣れない武器を持つ黒兵の姿が映る。形は普通の銃と似ていたが、向けられる銃口が少しだけ広い。


「炎柱ッ!」


 嫌な予感がしたツバキは、詠唱を破棄して陰陽術を放つも僅かに遅かった。敵の体は業火に焼かれながらも、既に引き鉄は指にかかっており、射出された一発の弾丸が途中で何重にも分裂する。


「姫ッ⁉」


 とっさにスオウが体を張りツバキを庇うが、金棒では全ての銃弾を防ぎ切れず足を負傷してしまう。それでも彼は意地でも倒れず、せめてツバキの盾になろうと必死だった。


「しっかりしろスオウ! ウメ、一旦退くぞ! 前線を警戒しろ!」

「はい!」


 ツバキは巨体のスオウを担ぎ、後方の障害物となる壁の影へと隠れる。すぐさまツバキは彼の足から銃弾を取り除き、止血の応急処置をした。


「思ったより傷は浅い。暫く安静にしていろ」


「すまねぇ、姫。まさか俺が足手まといになっちまうとは……」


「馬鹿を言うな。次そのような弱音を吐いたら、予が貴様を殺す」


 ツバキに叱られたスオウは、戦場で思わず笑ってしまう。追い込まれた状況下であっても、かすかな気力を取り戻したようだ。


 その一方で、ウメは転がるように反対側の壁へと逃げ込む。そして現在の戦況を大声で報告する。


「姫様! もはや前線は崩壊しています! 今すぐ撤退を!」


「なんだあの機巧は⁉」


「広範囲に銃弾を散らす武器のようです! 近距離であればあるほど威力を増します!」


 紅対策に編み出した新兵器か。あれでは迂闊に近づくこともできない。ウメが言う通り撤退した方が賢明かもしれないが、草原の城は有効活用できそうな遮蔽物が多いため、できれば可能な限り情報を引き出しておきたい。


「糞が! こんな時に弟がいれば、強力な陰陽道で一網打尽にできるのだが……」


 部下に弱音を吐くなと言っておきながら、自分が愚痴を零している。無い物強請りしている場合ではないと、心を鼓舞していると不意に聞き慣れない女性の声が聞こえた。


「スオウよ。今、誰か予のことを呼んだか?」


「いいや? 俺は何も聞こえませんでしたが……」


 そうか自分の勘違いかと納得しかけたところ、背後から壁ごと大砲で爆撃された。敵の前だというのに、いつまでも気休めするとは油断大敵が過ぎる。


 どうやら先程の幻聴は、死神からの手招きだったらしい。三人は砕かれた壁の瓦礫と一緒に、無惨にも地べたへ放り出される。元から負傷しているスオウと、元から打たれ弱いウメが苦悶の表情を浮かべる中、ツバキだけは部下を守ろうと鋼の意志で立ち上がる。


 眼前には幾千にも群がる黒い軍勢。その宿命に立ち向かうは一人の紅い少女。無謀な戦いに身を投じる極限の精神状態で、ツバキは脳内へ響く死神の声に本能で従い、あらん限りの力を込めて拳を前へ突き出す。


「紅蓮流赤手空拳奥義! 百火繚乱!」

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