8-2.Wait for The Sun

 順調に旅を進める道中、ライの一行は夜営の準備を終える。そして各々が自由に時間を有効活用する中、ルリは個人的にエンジを呼び出していた。


「どうしたの?」


「ちょっと話があってじゃな。まぁ座ってくれ」


 焚火の明かりが不必要なくらい、星の光が地上に届く夜空の下。二人は辺りに転がっていた、丸太に並んで腰かけた。


 エンジは平静を装っていながら、内心では何を話すのかとびくびくしていた。対してルリは普段より物静かで、ゆっくりと口を開く。


「確か、アカネは陰陽道という術を使うんじゃったな?」


 アカネという呼ばれ方に、一瞬だけエンジの言葉が詰まる。黒い軍勢とのごたごたで忘れかけていたが、そういえば自分は同盟のため紅の姫と身分を偽っていた。


 今更になって、口調を元の丁寧語に戻すのも不自然だろう。このまま隠し通すべきか、真実を打ち明けるべきか悩みながらも返事をする。


「そうだけど……」


「同じ一国の姫として相談するんじゃが、術を使っていて心が磨り減る感覚はあるかの?」


「どういうこと?」


 エンジの主な攻撃方法は陰陽道だが、占星術を得意とするルリが言うような感覚が訪れたことは無い。せいぜい体内の気を使い果たして酔うくらいだ。


「ライから聞いておらんのか? 守護神からの加護を最大限に引き出すには、依代による肉体の武器化が必要じゃと。不完全なまま守護神を使役した場合、術者の心が壊れてしまうらしいぞい?」


「初耳だなぁ……。でも、そうか。あの黒船を沈めた絶大な術は、ミズを依代とした守護神を媒介にして発動させたんだね? ただライのように力を循環させないと、術者にかかる負担も多大になると」


 これはエンジが常日頃から黒に効果的な術を研鑽し、身近にライという特別な存在がいたからこそ辿りつけた推理である。自分でも気づけなかった視点による見解を聞けたことで、ルリは素直に感心した。


「すごい……理解が早いのぅ」


「ルリちゃんが教えてくれたからだよ。これで次にやらなきゃいけないことが分かったかも。ありがとう」


 ライの技は刀と術が融合しており参考にならないため、ルリのような純粋な術者からの意見は貴重である。思いがけず陰陽師として成長の兆しが見えたことで、つい舞い上がったエンジはルリの手を取って握り締めてしまう。


「え…………?」


「あっ、ごめん! つい嬉しくて……」


 ルリには性別を女と偽っているが、エンジは男である。こうして男女が密会するのは悪いため手を離したところ、なんとルリはエンジの手を握り返してきた。


「良い」


「うえっ⁉ な、何⁉」


 積極的なルリの接近に対し、女社会で生きてきたエンジでさえも狼狽するしかない。魔性の女としての素質を垣間見せるルリは、しどろもどろになりながらも何かを伝えようと頑張っている。


「こういった行為は初めてで……。それでだな、もし良ければ……こなたと、その……」


「駄目だぁ!」


「友達になってくれぬか⁉」


 それぞれ逆方向の茂みから出てきたライとアサギが現れ、その場にいた全員の思考が追い付かず固まる。まるで時が止まったかのように誰もが絶句する中、ようやくルリの驚愕する反応で時が動き出した。


「どどどど、どこから湧いて出たのじゃ⁉」


 まさか四六時中、ルリを監視しているとは言えない。主君からの信頼を失えないアサギは、早々に標的がライの方へ向くよう仕組んだ。


「盗み聞きとは趣味が悪いなライ!」


「人のこと言える立場か!」


 罪を擦り付けられては堪らないと、負けずにライも言い返す。そしていつも以上の、醜い口喧嘩が始まった。


「私は姫の護衛任務がある! 片時も目を離せない!」


「それはオレも同じだ! 百歩譲って監視は分かるとして、何故のこのこ飛び出して来た⁉」


「勘違いするな! 私はライが飛び出して来たから、危機を感じて飛び出したのだ! そういう貴様こそ、どうして飛び出して来た⁉」


 まさか婿を横取りされると思い嫉妬したから、なんて口を滑らすほどライも愚かではない。アサギの指摘に取り乱さず、揚げ足を取るように主張した。


「嘘を吐くな! オレはアサギが飛び出して来たから、オレも飛び出したんだ! 絶対にアサギの方が先に飛び出した!」


「ふざけるな! 絶対にライが先に飛び出した!」


「いや、アサギだ!」


「ライだ!」


「アサギ!」


「やめい! 喧嘩するな!」


 終わりの見えない罪の擦り付け合いを、ルリ姫が一喝する。正気に戻った二人は口喧嘩を止め、それぞれ互いに謝罪する。


「お嬢様! 申し訳ございません!」


「す、すまない」


「良い。二人とも親しい者が取られると危惧したのじゃろう。だが、こなたも同じ年代の友人が欲しいと思っておったのじゃ。立場上それは叶わぬと思っておったところ、親しく話しかけてくれるアカネちゃんがいたのじゃ。どうか、こなたと友達になってくれぬか?」


 寛大な心で許すルリの態度で、アサギとライは覗きを誤魔化せたと安堵する。その一方でエンジは、ささいな願いを持つ少女に対し罪悪感が膨らみ、潔く土下座した。


「ご、ごめんなさい!」


「よし、腹を切れ」


「極端か⁉」


 真顔で槍を構えるアサギを、ライが押さえつける。そんな二人が視界に入らないくらい、今にも泣き出しそうなルリはエンジに問いかけた。


「こなたと友達になるのは嫌か?」


「そうではありません! ただ、姫に隠し事をしておりました! ぼくは真なる紅の姫ではなく、その影武者でございます! さらに言えば紅姫を姉に持つ弟、つまりは男であります!」


「ええええッ⁉ 嘘じゃろぉ⁉」


 衝撃の事実を打ち明かされ、吃驚仰天したルリは座っていた丸太から転げ落ちる。話を聞いていたアサギも、騙されたことで頭に血が上った。


「はしたない! 男女七歳にして席を同せず! 即刻お嬢様から離れなさい!」


「誠に、誠に申し訳ございません! 紅姫の姉は存命のため、どうか、どうか何卒、同盟の破棄は許していただけないでしょうか⁉」


 必死に懇願するエンジの姿を見て、事情を察したアサギは責める気が失せた。代わりに矛先をライに向ける。


「何故、影武者を紫が護衛するのだ?」


「生涯の伴侶となることを誓い合った仲だからな」


「きゃーーッ!! 破廉恥!!」


 アサギは顔を両手で覆い、その場でしゃがみ込んだ。こいつこんな性格だったっけと、ライは訝しげに見るも効果は無い。


 他の三人共が地面に伏せた状況で居た堪れない中、逸早くルリが体勢を立て直す。そして土下座したままのエンジに、小さく歩み寄った。


「面を上げい。本当の名は何と申すのじゃ?」


「……エンジでございます」


「そうか、エンジよ。先程こなたは驚いてしまったが、それはエンジが影武者だからではなく、男ゆえに驚いてしまったのじゃ。どこからどう見ても女子にしか見えん」


「性別まで偽り申し訳ございません!」


 再度、頭を下げるエンジに対し、優しいルリも苛々してしまう。


「じゃから、そうではない。事情を鑑みれば仕方の無いことじゃ。心配せずとも同盟は破棄せん。こなたの胸に仕舞おう。今まで通り親しく話してくれれば良い」


「ありがとうございます!」


 今度のエンジは頭を下げず、心からの感謝を伝える。その晴れやかな表情を見てから、ルリはもじもじとお願いをした。


「それでじゃな、先程の返答じゃが、こなたと改めて友達になってくれぬか?」


 差し伸べられたルリの手を取り、エンジは笑顔で立ち上がる。


「うん、こちらこそよろしくね」


 二人は手を握り直し、固い握手をする。これでエンジの胸にあった罪悪感は消し飛び、対等な関係を結ぶことができた。


「だそうじゃアサギ。エンジが男子じゃからと言って、こなたの友を無下に扱うでないぞ」


「ご安心ください。去勢させます」


「全てが台無しだろ!」


 無数に輝く星空の下で、ライの突っ込みが空しく響く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る