8-1.Dance Festival
草原の国にてツバキ、スオウ、ウメの三人は変わらず農作業に精を出していた。閑静な田園風景の中で、彼女ら三人の声は気持ち良いくらいに響く。
「らっせーら! らっせーら!」
畑を耕す彼女達の表情は暗いどころか、すっきりと爽やかであった。紅の国を復興する焦燥感は無く、丁寧でありながら素早く仕事をこなしている。
そんな三人の背中に向かって、声をかける老人男性の姿があった。
「畑仕事も一段落したべぇ。ちっと、ここらで息抜きしねがい?」
お爺さんは草原の国の民である。本来なら一般人が他国の姫に話しかけるなど憚れるが、ツバキは晴れやかな笑顔で応じた。
「まだ始まったばっかだっぺよ! 今からやんねと夜になっちまう!」
三人は目的を忘れ、完璧に順応していた。もはや姫としての威厳は失われ、口調までもが伝染して訛っている。
「もう昼だぁ。それに、ほら見てみろ」
農業の先生であるお爺さんが指した方向では、普段お世話になっているお婆さんの姿があった。風呂敷に包まれた荷物を上に掲げている。
「ツバキちゃーん! おにぎりと茶ぁ、持って来たべさぁ!」
「ばっちゃの握ったおにぎり⁉ 食べたい食べたい!」
ツバキは畑仕事を途中で放り出し、顔に土を付けたまま無邪気にお婆さんの下へ駆け寄る。側近の二人も後に続き、食事の準備を手伝った。
「たくさん食べねぇ」
「あんがとな、ばっちゃ! いただきます!」
子供のように大口を開け、おにぎりをたくさん頬張る。その美味しそうな表情を見て、お婆さんも満足そうだった。
「うひょーっ! やっぱ、ばっちゃの握り飯はうんめぇなぁ!」
「あらあら、落ち着いて噛みなで。はい、茶ぁ飲んで」
「茶も香ばしいわぁ。この瞬間のために働いてる気ぃすっぺ」
最初は使命感に燃えていたツバキも、今では農作業を通じて大らかな心へと変化した。草原の民とも次第に打ち解け、彼女は癒しの存在として受け入れられた。
「今年はツバキちゃん達のおかげで大助かりだぁ」
「随分と働き者だなぁ。どこにそんな力があんだい?」
お爺さんたちの言う通り、紅の三人は尋常ならざる力を発揮して畑を耕していた。どんなに気温が暑い日だろうと、平常運転で底無しの体力を見せつける。
身体が衰えている老人からすれば、三人の加入は農業の革命だ。例年よりはるかに仕事が楽であり、空いた時間で実験的に他の作物を育てる余裕さえある。
「いつも、じっちが作った米食ってっからな。来年も美味いの食わしてけろ」
謙虚なツバキの物言いに、ついつい老人達の目頭が熱くなる。
「嬉しいこと言ってくれるでないの。農家冥利に尽きるわ」
「これで嫁に来てくれたら、なおのこと嬉しいんだけどねぇ」
草原の民は平均寿命が長い分、少子高齢化社会が問題となっていた。自国の若手が不足しているため、他国の人間であっても農業を引き継いでくれるのは非常に有り難い。
だが、そこは同じ女性であるウメが断る。
「まだ姫には早いべ」
「じゃ、ウメちゃんが見合いすっか? いいとこ紹介すんど」
「ええっ⁉」
すぐさま標的が自分となり、普段は寡黙なウメは珍しく慌てる。また流れ弾が男であるスオウにも命中した。
「スオウ君はうちの孫なんてどうだ? ちょっくら会ってみねがい?」
「いやいやいや、まだ俺には姫をお守りする使命が……」
ツバキに対し忠誠を誓うスオウは、はっきりと縁談の誘いを断る。だが、主君であるはずのツバキは縁談に肯定的であった。
「別に良いんでねーの? この国で自由に暮らすってのも」
スオウとウメの表情が固まる。まるで捨てられた子犬のように、ウメは慎重に問いかけた。
「本心ですか姫?」
臣下の真剣な瞳を、ツバキは真正面から見つめる。そして静かに言葉を紡いだ。
「……働いて美味い飯食って、好きな人と一緒に綺麗な風景を見て、優しさに包まれながら寝る。生きる上で、これ以上の幸せはねぇべ」
思えば紅は格式ばった行事ばかりが多く、姫であるツバキは自由が制限されていた。幸いにも民の期待に応える度量は持ち合わせていたが、何もかもを他人に決められる不満は精神を摩耗していく。そして最後には黒の侵略。
食事を終えたツバキは土手に寝転がり、ただ無心で青い空を眺める。白い雲が流れて行くだけの、この何もしない時間が愛おしくもあり、時に辛くもあった。
何が正しかったのか。どうすれば良かったのか。自問自答しても答えは出ない。国が無くなって自由を得た反面、民の怨嗟する声が脳内を蝕む。特に影武者となった弟のことを思うと、今でも慚愧の念に堪えない。
許せるものか。
だが、怒りに任せ復讐してどうする? また新たな憎しみを生むだけではないか? どうせ失ったものは取り戻せない。ならば、もう一つの本願である復興を優先するべきだろう。草原の国の農業技術を盗めば、荒れ果てた土地を生き返らせることも可能かもしれない。また一から建国しよう。
そうツバキが結論づけた時、近くから砲撃の音が聞こえた。
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