6-3.San Sebastian (Revisited)
次々と降り注ぐ砲弾の雨を、ライとアサギは武器で斬り落とす。
「紫電!」
「蒼破裂空!」
「焔!」
またエンジも得意の陰陽道で、着実に砲弾を撃ち落としていた。彼らの背後にはルリ姫を筆頭とした占導師が集結し、膨大な術式を詠唱している。
しかし、砲弾を打ち返せるだけの技量を持った戦士が少ない。その上、青の優秀な占導師は術式の詠唱に駆り出されているため、彼らを広範囲に亘って防衛するには人手が足りていなかった。
術式の完成を信じて守り続けるも、時間の経過と共に疲弊した戦士が砲撃の餌食となっていく。このままでは被害が広がるため、焦ったライはルリ姫に問いかける。
「詠唱の完了はまだかッ⁉ これではじり貧の消耗戦だ!」
「……詠唱自体は完了しておる。じゃが、後もう一息まで力が溜まらん」
ならば、後もう少しの辛抱だ。ルリ姫の言葉を信じようと奮起した矢先、刀の紫電から元も子もない情報を与えられる。
(あの方法では力など溜まらんだろうな)
「……何故だ?」
(我と同格の守護神が不在だからだ。どういうわけかは知らぬが、青の国には土地神が根付いていない。あのような特殊で規模が莫大な術を発動させるには、守護神からの加護が必要不可欠だ)
紫電の言葉が届くのはライだけである。この情報が正しいとして、青の民が素直に従ってくれるとは思えない。
そう一人で考えている内に、また一人が砲弾を受け止め切れず戦死した。戦場で迷っている時間は無い。ライは説得を試みる。
「もう限界に近い! 青の女王よ、どうか撤退も考慮してくれ!」
「姫の集中を乱すな! 口が過ぎるぞ紫!」
ライの訴えはアサギに遮られる。青の国には土地神がいないと伝えたところで、信心深い彼女は激昂するだけだ。ライは説得を諦め、強硬手段に出る。
「やはりオレが船へ行って、直接黒を皆殺しにする!」
「何隻あると思ってる⁉ それこそ待ってられん!」
「術の完成を待っては手遅れになるぞ!」
「今、誰か一人でも欠けたら手が回らなくなるだろ!」
「だああっ! 二人とも言い争ってる場合じゃないでしょ⁉」
エンジが喧嘩の仲裁に入ったことで、今この三人の防衛線が崩れたことになる。敵が無防備な隙間を見逃すわけもなく、一つの砲弾がルリ姫を目掛け飛来してきた。
「しまッ……⁉」
「流星!」
突然どこからか半裸の刺青男が現れ、軽々と砲弾を蹴飛ばす。男は地面に着地すると、後頭部をガシガシ掻きながら不機嫌そうに言った。
「うるっさい目覚まし時計だぜぇ」
「ミズ! どうしてここに⁉」
筏で寝ていたはずのミズは、加勢せずに逃げる選択もあったはずだ。だが、今こうして窮地に現れたことでライは驚愕する。
「なんか城でライが騒いでたからよぉ、とりあえず合流しに来たさー」
ミズは肉眼で星を観測できるほどの、強い視力の持ち主である。騒動の中心にいるライ達を探すのは朝飯前だった。
そして予期せぬ実力者が味方についたものの、アサギは単純に喜べず戸惑いを隠せない。得体が知れないミズの存在を不審がる。
「素足で鉄球を蹴り飛ばしただと? 何者だ?」
「私の従者です。船番をさせておりました」
「よぉ、エンジ。同盟の話は上手いこと運んだ?」
怪しまれないよう話の辻褄を合わせるエンジの気も知らず、ミズは夕食の献立を聞く気軽さで秘密を暴露する。複雑な事情をアサギに打ち明ける時間など無く、また大砲による被害が拡大しない内にライは動き出した。
「そんなことより、いいところに来たぞミズ! オレの代わりに無防備な占導師達を守っていてくれ!」
「おい! 持ち場を離れるな!」
アサギの制止する言葉を振り切り、ライは黒船へと一直線に走り抜ける。足で城から海まで到達するには遠すぎる距離だが、何日も守護神と一緒にいたライは感覚が磨かれ、紫電の扱いを本能的に心得ていた。
「紫電五光!」
雷撃を身に纏う、身体強化の秘技。ライは紫電に溜められた電力を消費しながら、目にも止まらぬ速度を発揮して移動する。
あっという間に海岸へと着いたライは、身体強化されたまま空高く跳躍した。その浮遊した状態で五光を解除し、黒船に照準を合わせて刀を振りかぶる。
「紫電一閃!」
文字通りの落雷が船を襲い、甲板にあった大砲と船員達を破壊する。強襲する形で黒船に乗り込めたライの横顔は、どういうわけか不満気であった。
「どうした紫電? 威力が控え目じゃないか」
ライとしては、船ごと粉砕する勢いで放った雷撃である、この後で何隻も相手にしないといけないため、できれば一撃で黒船を効率的に無力化したかった。
(弁明したいわけではないが、未だ不完全な状態では力不足を否めん)
「興奮すると力が出るんだろ? ほら、胸を見ろ」
甲板にいた黒の兵は感電死で一掃されていたので、ライは躊躇無く己の胸を外へ露出させる。以前はそれで力が溜まっていたのだが、何故か紫電の反応は鈍い。
(いや、あれは海の上という自然の解放感と婿殿の視線があったからであって、誰もいない敵国の船という人工物の中では興奮せんな)
「叩き折るぞ! 貴様の趣味嗜好に合わせてられん!」
(これは我個人の考えではなく、紫の総意だ。元来、紫は大和撫子を好む。それに引き替え主は荒っぽい男口調で、女性らしさが欠片も無い。親の顔が見てみたいわ)
「見たことあるだろ! 母上を侮辱するな!」
(まぁ、あの程度の威力であれば、まだ何発か雷撃は放てる。紫の神髄を極めたいのであれば、この戦況を引っくり返してからでも遅くはなかろう)
紫電との会話に気を取られていた最中、空を割くような銃声が鳴り響く。音源は船内に隠れ潜んでいた、黒の船員が持つ鉄砲だった。
「それが噂に聞く鉄砲か。紫の前では恐れるに足らず」
ライは弾丸を刀で斬り落としていた。彼の超絶技巧と、紫電の強度が合わさって可能な芸当である。
それでも船内まで電流が届かなかった己の未熟さを恥じ、ライは静かに船員の首を跳ねた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます