6-1.Dog K A 3 L

 凪の海域を抜けて翌日。ライ、エンジ、ミズの三人は筏から人目の見えない陸地へと降り立った。


「やっと青の国に着いた……」


 慣れない海の上で生きた心地がしなかったエンジは、念願の目的地で安堵の息を吐く。だが、航海のため不眠不休で働いたミズは満身創痍だった。


「……すまん、俺っちは寝る。おやすみさー」


 糸が切れたように筏へ倒れ込む。ミズのことは青と同盟を組めてから、また迎えに行ってやれば良い。ここから先は自分の仕事だとライは気を引き締める。


「どこから着手する?」


「時間が惜しい。正面から青の女王への謁見を要請しよう」


「手っ取り早いな。何か策はあるのか?」


「ぼくは紅の姫を装ったままだけど、ライは紫として正式な立場を明かしてほしい。王家ともなれば紫の存在は知っているはずだから、話くらいは聞いてくれると思う」


「任されよう」


 港では紅の従者を演じていたが、今回は紫として振る舞って良いらしい。エンジの的確な指示にライは満足した。


「あ、それと下着を買おう。せめてさらし」


「今すぐ必要か?」


「いいから」


 いつになく頑固なエンジの態度に、ライは抗えぬまま青の国へと入国する。


 ×   ×


 青の国は港とは比べ物にならないほど、大通りでの人の往来が激しい。様々な店が立ち並ぶ道の奥に、城へと続く荘厳な門が建てられていた。


 その門の前へ立つライとエンジ。二人とも堂々とした態度で、門兵の受付に話しかける。


「もし、私は紫と申す者だ。この度は青の女王に謁見したく参った次第。どうか責任者に取り次いでいただけないだろうか?」


「紫……失礼。確認致しますので少々お待ちを」


 悪くない対応である。聞き覚えがないであろう紫を名乗っても、門兵は手引書通りに動いてくれた。これで紫を知っている責任者の耳まで届けば楽に事が進む。


「なんだなんだ? 黒の次は紫だと? 何用だ?」


 しかし、門から出てきたの粗暴の荒そうな男だった。その反応からして紫を知っていると思えない。ライは丁寧に受け答えをする。


「貴方が責任者だろうか?」


「おう、儂が城の門番長よ」


 たかが警備兵だろ。そう喉元まで出かかったが、なんとかして言葉を呑み込む。ライは相手を刺激しないよう、遠回しに気を遣った。


「すまないが、城内へ案内してもらえぬか? できれば、城の管理者程度の役職に就いている者に話を通してほしい」


「得体の知れない色をした不審者を通すわけがなかろう。即刻、立ち去れ」


 まさかの門前払いである。受付の門兵より性質が悪い。ここで引き返すわけにもいかないライは態度を改め、強気の姿勢で前に出る。


「黒い軍勢に対し有益な情報を持ってきた。その価値を判断するのは門番長如きではない」


「何をぉ? 儂を愚弄するか!」


 こうなれば強行突破も厭わない。紫が来たことを上層部が知れば、とりあえず話し合いの場には応じるはずだ。

 物騒なことを考えていると、門の向こうから張りのある声が響く。


「おい、そこ! 何を騒いでいる!」


 現れたのは女性だ。青みがかった黒髪を後ろでまとめ、几帳面そうな性格が垣間見える。また動きやすい鎧の上に、高級品らしき外套を羽織っていた。


「黒の間者を追い払おうとしておりました!」


 いっそ清々しいまでの嘘を平気で吐く門番長。その様子を見た女性は、訝しげな顔でライの方へ問いかけた。


「……真か?」


「いえ、私は紫です。黒の情報を青の女王陛下へ献上しに参りました」


「左様か……。紫……はて? どこかで聞いたことがあるぞ」


 良かった。少なくとも彼女は門番長より地位が上で、紫についても話が分かるらしい。この好機を逃す者かと、ライは一気に捲し立てる。


「紫は世界の管理者たる役目を担っております。今回も世界の危機を避けるため、僭越ながら私がお力添え致します」


「影社会で暗躍しているという一族か……。てっきり噂だと思っていたが、まさか本当に実在していたとは……」


「あの、どういった話で?」


 一体、何の話か見当もつかない門番長を、彼女は鋭い目つきで一瞥した。


「何でも無い。それより貴様、独断で客人を追い帰すとは、どういった了見だ?」


「へ、へへぇ! 申し訳ございません! 差し出がましいことを!」


「目障りだ。下がっていろ」


 彼女の口から客人認定されたことで、ひとまずライとエンジは第一関門を乗り越えたと安心する。だが、まだ油断はできない。


「私の身分を把握していただけたのなら、どうか城へ案内していただけないでしょうか?」


「待て。後ろの者は誰だ?」


 青の女性は後ろにいたエンジを指す。突然の指摘でもエンジは全く狼狽えず、お淑やかな女性を演じてみせた。


「私は紅の姫、アカネと申します。紫に導かれるまま、青の国へと参りました」


「紅の姫は黒に処刑されたはずでは……?」


「処刑されかかったところを、紫に救い出されたのです」


「黒から単独で奪還したのか? いくら紫と言えど、にわかには信じがたい話だな……」


 どうやら黒と他国との間で、情報に齟齬があるようだ。また怪しまれそうになったところを、すかさずライが補完する。


「真の紫ならば可能です。なんでしたら守護神をご覧に入れましょう」


「聖なる神が人前に易々と出るわけが無いだろッ!」


 青の女性に一喝され、ライは二の句が継げなくなっていた。身近にいる紫電の存在で忘れかけていたが、本来であれば信仰の対象とは神々しいものだ。


(よく分かっているじゃないか)


 紫電は蝶々に変化する素振りも見せず、満足気に浸っている。ライの目からは人間の姿に見えているというのに、口惜しくも懇願することしかできない。


「どうか青の女王も交えて、黒い軍勢に対する話し合いの場を設けてくれ」


「……本当に貴様が紫だと言うのなら、それを証明する手っ取り早い方法がある。私と手合せしろ」


 青の女性から予想外の提案に対して、ライは驚愕の顔色を隠せない。


「何故、手合せの必要が……?」


「紫は非常に腕の立つ武芸者と聞く。もし私に勝つことができたら、貴様を紫と認めて女王への謁見を承ろう。武器を選べ」


 まさかの展開ではあるが、腕に自信のあるライは勝負に乗ることにした。腕前を見せるだけで自分が紫だと照明できるのなら、今後のことも考えれば確かに効率が良い。


「……いいでしょう。それで信じてもらえるのなら安いものです。私は刀を」

「私は槍だ。さっそく所定の位置につけ。審判の合図で勝負開始とする」


 一行は門の先へと進み、中庭らしき広場へと移動する。ライは審判から竹刀を受け取り、槍を構える青の女性と対峙した。


「青天組一番槍隊長アサギ。推して参る」


 試合前に礼儀正しく名乗る彼女であったが、まだ紫を正式に継承していないライは名乗る名前を持ち合わせてはいない。また、それを説明する義理も無い。


「申し訳ないが、命のやり取りでなければ紫は無暗に名乗らない」


「剣術三倍段も知らんらしい。無作法者に教えてやる」


 両者の間に不穏な空気が流れる。観客も息を呑んで辺りが静寂に包まれる中、審判が力強く試合開始の鐘を鳴らした。


「始めッ!」


 合図と同時に突き出されるアサギの槍を、ライは身を捻って冷静に躱す。突いては引く槍の素早い連続攻撃の前に、ライは反撃の糸口を探す。竹刀の間合いに入りたくとも、熟練された槍使いの動きには隙間が無い。


 それでもライには槍を見てから回避し、思考するだけの余裕があった。ライもまた人並みならぬ動体視力を持ち合わせている。攻撃が当たらず痺れを切らすであろう頃合いを見計らって、ライは一歩だけ相手に詰め寄った。



 刀の間合いに入れさすまいと、たまらず突きから薙ぎ払いへと移行するアサギ。だが、それはライの仕掛けた罠であり、ライ自身はすぐ一歩を引いていた。まんまと罠にかかったアサギの槍を踏みつけて動きを止め、返す刀で小手を狙って終わり。


 以上の算段で槍を踏むまでは良かったものの、地面に着いた槍の先を支点にし、アサギが回転蹴りを放ってきた。不意の一撃をライは上体を逸らし間一髪で避けるが、槍から足が離れた上に姿勢も悪い。不利な状況下でアサギは容赦無く攻め立てる。


「青天流槍術・漣!」


 一度の突きで、同時に三つの突きを繰り出す熟練の技。絶体絶命の危機でもライは慌てず、跳躍して技の範囲内から逃れ、そのまま相手の真上から斬りかかる。


「小癪な!」


 横の動きに強い槍は、咄嗟に縦の動きに対応できない。ライの一撃を槍の柄で受け止めたアサギは竹刀を弾き返す。そして着地するライの硬直を狙い、再度必殺技を放つ。


「青天流槍術・蒼破!」


 威力を増した槍の一撃に対して、なんとライもまた竹刀による突きで応戦する。元から突きに特化した槍に敵うはずもなく、無惨にも竹刀は粉々に破壊されるが、槍の動きを止めるには充分な強度であった。


「何ッ⁉」


 槍の柄をライに掴まれ、アサギは完全に動きを封じられた。無理やり振り払おうとするも、槍を掴んだままライが蹴りを繰り出す。片手で防ぐも、攻撃の波は収まらない。互いに槍を掴んだまま、至近距離での肉弾戦が再開される。


 槍を跨いでの飛び蹴り、下を潜っての裏拳、または槍を動かすことで攻撃を防ぎ、相手の動きを阻害することに余念が無い。まるで曲芸じみた二人の闘い方に、周りで見ていた者達が歓声を送る。


「ライ! 負けないで!」


「隊長! そこです! 頑張ってください!」


 いつまでも続くかと思われた試合に、突然の幕切れが訪れる。槍が衝撃に耐え切れず、真っ二つに折れたのだ。二人は握っていた槍の破片を持ち、ほぼ同時に互いの首に当てた。


 一瞬の間を置いた後、アサギの方から話を切り出す。


「ふっ、やるな」


「そちらこそ」


「実力は理解できた。貴方を真の紫と認め、女王への謁見を許可する」


「恩に着る」


 ライとエンジはアサギの案内の下、青の国の城内へと足を踏み入れた。

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