5-1.flyaway

 ライとエンジは、ミズと名乗る盗賊の住処に来ていた。ミズと関わっても厄介事が増えそうだが、かと言って二人に船の当てがあるわけでもない。藁にも縋る想いで、二人は彼を頼ってみるしかなかった。


「ほう、青の国に行きてぇんだな?」


 エンジが姫の影武者、ライが紫ということは隠し、一通りの事情を話し終えた。その上でライは慎重に申し入れる。


「船を持ってないだろうか?」


「勿論、持ってるさー。ただし条件がある」


 ただで船を貸すほど、ミズもお人好しではない。対価を求めるのは当たり前だが、よっぽどの無理難題を突き付けられた場合、ライは独断でミズを斬る覚悟をしていた。


「俺っちも姫の護衛として、青の国へ入国させてくれ」


 意外な内容の条件提示に、ライとエンジは面食らう。船に乗せてもらう側にとって、全く不利益を被らない。それどころか船を操縦してくれる好条件だ。


「目的は? 何か陰謀があっては信用に関わる」


 あまりにも上手い話すぎるため、逆にライは警戒を強める。ライの眼光に怯むことなく、ミズは軽い調子で話し始めた。


「俺っちは青の民だ。だが、この色を見ろ。俺っちは何色だ?」


 一般的に、人間の髪色は黒い。その黒地に生まれつきの色が加わることで、出身の民族を見分けることができる。青の民なら青みがかった黒髪であり、同じ民との差異が表れるのは色の暗さくらいだ。


 しかし、ミズの髪色は暗くなく、むしろ明るい方へと差異が表れていた。青色が薄く、そして白っぽいような、なんとも形容し難い色をしている。


「名前も無いような薄い青色のせいで、生まれてこのかた青の国へ行ったことがない。どこへ行っても差別され、港で仕事の無い俺っちは盗賊に身を窶すしかなかった。どこにも行けない俺っちが、どこかへ行くためには青の国で自分の根源を探るしかない」


 実は突然変異で、出身の民族とは異なる色で赤子が生まれることがある。原因は不明でありながら、女性の因子が暴走したと考えられているため、不穏分子と断定された者は国から追い出されてしまう。最悪は処刑だ。


 おそらくミズの一家も、ほうほうの体で国から逃亡して来たのだろう。もしくは赤子だけ捨てたか。どちらにせよ、ミズは過酷な運命を背負っている。


「どうするエンジ?」


 従者という設定を忘れ、ライはエンジに判断を委ねる。エンジはすぐに決めることなく、ミズの目を見て問いかける。


「ミズという名前は、誰に名付けてもらったの?」


「俺っちを拾ってくれた、寺の住職さー。水に色なんて無ぇのによ、おかしくて笑っちまうだろ? ま、俺っちらしくて気に入っちゃいるがな」


 良い意味で裏表が無いミズの性格を見てから、エンジはライの方へ振り向く。どうやら決断したらしく、ライは静かに頷いた。


「これから仲間となる人に隠し事はできないね」


 そう微笑むとエンジは自分が影武者であること、ライが紫であることを打ち明けた。


× ×


「これは船と言うより、筏だろ?」


 ミズが案内した場所は、最初にライとエンジが打ち上げられた砂浜だった。そしてミズが指し示したのは、丸太を繋いで帆を立てただけの筏である。


「大丈夫、俺っちは波に愛されてる」


 根拠の無い自信だが、航海術を持っているのはミズだけである。仕方なくライは腹を決め、頼りなさそうな筏に乗り込んだ。


 その一方でエンジは海に苦手意識があるらしく、おそるおそる筏に足をかける。そんな彼の様子を見かねたライは、自分とエンジの腰に紐を結んだ。


「ほら、命綱だ。安心しろ」


「う、うん。ありがとう、ライ」


 水と食料を筏に詰め込み、三人は海へと出発した。


 ちなみに、ミズは二人の秘密を知って驚きはしても、怒りはしなかった。むしろ仲間と認めてもらえたことが嬉しいようで、あれから妙に張り切っている。


「オレも漕ぐのを手伝うか?」


「いや、櫂は一本しか無ぇし、これは俺っちの仕事だ。必ず青の国へ送り届ける」


 出会った時とは打って変わり、漢気に満ちたミズの背中は頼もしい。だが、海に対して底が平面に接する筏は、波の揺れによる影響を受けやすい。


「うわぁ! 波が大きい!」


「浮いてさえいればなんくるないさー」


 責任感がありそうで、無責任なミズの態度にライは苛立つ。


「帆を広げないのか⁉」


「強い風は沖から来る! まだまだ早いさーっ!」


「……オレに捕まれ」


 ミズの言うことは一理ある。そう判断したライは諦めて、怯えるエンジを手元に引き寄せた。ここさえ乗り越えれば大丈夫。今は我慢だ。


 しかし、そんな見通しは甘すぎたと発覚する。今までとは比較にならないほどの、とてつもない大波が三人の前に立ちはだかった。


「あれは絶対に無理だってぇ!」


 絶望するエンジ。ライの目から見ても、この筏が波を乗り越えられるとは到底思えない。波に呑まれる前に、筏を捨てて飛び越すべきか考える。


「おい、エンジ! それにライ! 俺っち達は仲間だよなぁ⁉」


 二人が悲観している中、ミズだけが怒声を上げる。ライとエンジは顔を見合わせ、ミズの背中に視線を向ける。


「だったら仲間を信じろ! 俺っちも信じる! 俺っちが信じる自分を信じろ! 同じ目的へ進む確固たる信念を持ってりゃ、超えられねぇ海はねぇ!」


 鼓舞するミズを後押しするように、一陣の強風が吹いた。その瞬間を見逃さなかった彼は、すぐさま帆を縛っていた縄を切る。


 風を受けて広がった帆は筏ごと浮き上がらせ、急激に速度を増した。きっと、ミズを信じていなければ振り落されていただろう。


 飛ぶように進む筏は波の側面に接し、そのままの勢いで滝登りが如く強引に突破しようとする。最後には波の上辺を貫くようにして、大波を乗り越えた筏は海面へと落下する。


 荒々しい大波から一転して、水平線上まで見渡せる長閑な海の風景。九死に一生を得た三人は感覚が麻痺し、現実に生きていることを確かめるように笑い合った。

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