4-2.ダブルトラベルトラベラーズ

 船乗り場へ着くと、大きい木製の船が何隻もあった。その中から青の国行きの船を見つけたが、どうすれば乗せてもらえるのかが分からない。


 仕方なく護衛役を演じるライが、水兵服を着た乗組員らしき人物に声をかける。


「もし、この船に乗せてもらえないだろうか?」


「青の国行きかい? 通行許可証は?」


「それは無いのですが、どこかで発行していただけるのでしょうか?」


「理由にもよるけど、組合に申請すれば大丈夫さー」


 さー? 変な語尾は方言らしい。ライは礼を言い、エンジの下へ戻る。


「どんな理由をでっちあげるつもりだ?」


「紅の姫として正式に交渉するよ」


 エンジは毅然としている。流石は影武者だけあって、ある程度の礼儀作法は教わっているようだった。これなら怪しまれずに交渉が進むだろう。



 ただし、それは相手にも礼儀作法が備わっている場合のみだ。


「通行証の申請は受諾できない」


 組合長から直々に申請を却下される。護衛であるライは動揺せず、努めて冷静に対応した。


「何故でしょう?」


「もはや紅は敗戦国。復興を支援したところで不利益を被るだけだ」


「それは組合長が判断することではありません」


 ライは正論で返す。だが組合長は聞く耳を持たず、別の切り口から話を展開させた。


「……この港町を見て、どう思った?」


「経済的に豊かな、とても活気ある場所です」


「そうだろ。自慢の港町だ。その苦労が戦火に包まれては、船員達の苦労も水の泡だ」


「そうならないための話し合いです。青の国行きの船に乗せてください」


「ここでは俺が最も偉い。決定権を持つのは俺だ」


 どうやら話にならないらしい。また日を改めて対策しようと踵を返したところ、組合長が二人の背中に言葉を投げかけた。


「だが、そうだな。その護衛を差し出すというのなら考えてやらんでもない」


 今度はエンジが組合長と対面する。一国の姫として部下を庇う仁徳を見せつけた。


「どういうことか存じ上げませんが、彼女は私の大切な仲間です。通行証と引き換えにはできません。このことは青の女王に報告します」


「もしも、ここから生きて出られたらの話だろ?」


 不穏な空気。室内には数名の船員。おそらく出入り口は固められている。これだけの状況を察しておきながら、エンジは一歩も怯まず力強く宣言した。


「私を殺せば紅の民が黙ってはいない」


「滅びた国など怖くはない」


 組合長の言葉が合図だった。後ろの扉が開かれた瞬間に、ライは守護神を呼び出す。


「紫電一閃!」


 ……しかし、刀は顕現しない。室内が気まずい雰囲気に満ちる。何をされたのか理解できない船員達は、ライの奇行に戸惑って動きを止めた。


 それどころではライは、悲鳴じみた声で紫電に語りかける。


「ちょ、待った! おい! 紫電どうした⁉」


(まだ力が溜まってないのでな)


「どうすればいい⁉」


(性的興奮だ)


「はぁ⁉ ふざけるな! 最初はできてただろ!」


(あれは初回特典だ)


「意味の解らんことを言うな! 今すぐ刀になれ! さもないと死ぬぞ!」


(やれやれ。青の民族衣装に免じて、期待に応じてやるとしよう)


「……待たせたな。死にたい奴からかかってこい」


 茶番が終わり、船員達も正気に戻る。


「ふざけるなッ⁉」


「紫電一閃!」


 白よりも白い閃光が瞬く。



 周囲まとめて攻撃する紫電を放ったはずが、出たのは強烈な光そのものだけだった。船員達の目を眩ましている間に、ライはエンジを抱えて港町から逃亡を図る。


「どうして雷が出ない⁉」


 家屋である屋根の上を飛び移りながら、ライは紫電に文句を言う。


(無暗に電撃を使うな。あれは一発分の射精だと思え)


「もう二度と使わん!」


 母から性教育は受けているため、射精が何かはライも知っていた。ただライは夢精という形での経験しかないが、少なくとも良い印象を持ってはいない。


 こんな時に褌を洗濯する母の背中を思い出すとは……。


   ×    ×


 なんだかんだと愚痴りながらも、ライは港町からの脱出に成功する。


「はぁ……はぁ……。ようやく逃げ切ったか……?」


(まだここは敵の管轄内だ。油断はするなよ)


 紫電の忠告に殺意を抱くも、もはや言い返す気力さえ残ってはいない。不自然に虚空を睨むライの姿を見て、いい加減にエンジも無視できなくなっていた。


「前々から気になってたけど、ライは誰と喋ってるの?」


 エンジは聡い。また彼とは契約を交わしているため、これ以上の隠し事は無意味だろう。ライは正直に話した。


「紫の守護神だ。他の人間には見えない」


「守護神って、各色に存在する守り神のこと? てっきり伝承の逸話だと思ってたけど、本当にいたんだぁ……。ねぇ、それってぼくにも見えるかな?」


「オレが紫を正式に継承した時、刀として現世に顕在するはずだ」


「そうとも限らん」


 ライの肩に、紫色の鮮やかな蝶々が止まっている。どこから紫電の声がしたのか、ライは直感で理解した。


「……もしかして紫電か?」


「左様。我こそが紫の守護神こと、紫電である」


「わぁ、この綺麗な蝶々が守護神? 本当に声が聞こえる」


 伝説の存在にエンジの目がきらきらと輝く。畏敬の念に対して紫電も満更ではないようで、普段よりも流暢に話し始めた。


「我も婿殿に挨拶がしたくてな、こうして他の生物を模してやった。光栄に思え」


「ありがとう。守護神って実在したんだ」


 エンジの言い方が気にかかり、ライは純粋な疑問を投げかけた。


「紅の国に守護神は伝わってないのか?」


「伝統として巫女の役職はあるけど、祭儀は形骸化しているかな。格式ばかり重んじていたから、特別に信仰心が強いわけじゃないと思う」


 紫の場合は当主のみに守護神の存在が認知されていたが、紅の場合は守護神の存在自体が時代と共に風化したらしい。どうやら国によって守護神の伝わり方が異なりそうだ。


「嘆かわしいことだ。自ら土地神の守護を放棄するとはな」


「ん? 守護神って元は土地神だったのか?」


「左様。信仰を持つ人々が土地に住むことで、我らは守護神へと昇格する」


「あ、そっか。信仰による守護神の加護が、色の因子を覚醒させる鍵になるんだ?」


 それが陰陽道の正体? ライでさえも気づけなかった真理に、エンジが先に到達した。とてつもない才能に戦慄する。


「ほう……鋭い洞察力だ。こやつ見込みがあるぞ」


「何のだよ? それより、どうやって青の国へ行くつもりだ? 諦めて草原の国へ向かった方が早いんじゃないか?」


 船の通行許可証は発行されない。一から船を作るのは無理。船を盗んでも航海術が無い。どうしたって行き詰っている。だがエンジは諦めない。


「いや、紅の姫を名乗っても青の国の民は何も知らなかった。だとすると姉上は草原の国へ向かっているはずだから、ぼく達は何としても青の女王に謁見しないといけない」


「オレとしては真なる紅の姫の確保を優先したいが」


「例え会えたとしても、姉上の頑固さは筋金入りだから保護できないよ。それに強い側近の護衛が二人いるから、草原の国なら身の上の安全が保障されてるはず」


 頑固さで言うならエンジも負けてはいない。対策を練るなら落ち着いた場所が良いため、今夜の寝床を探すついでに一行は移動を開始した。


「ねぇ、紫電。青の国に行ける別の道のりってあるかな?」


「青は複数の列島から構成されているからな。何度も泳いで島々を経由すれば行き着くのは不可能ではない」


「……ぼくは泳いだことがないんだ」


 歩きながらも会議する二人を余所に、警戒を怠らないライは何者かの気配を察知した。


「しっ、誰か来る」


 咄嗟に隠れる暇も無く、何者かはライ達の目の前に登場する。


「よお、よお、よお、よおッ! こっから先に行きてぇなら、通行料を払ってもらおうかぁ!」


 獣のように大仰な動作で現れたのは、派手な刺青を彫った半裸の大男だった。彼はライ達の行く先を遮り通せんぼする。どこへ向かっても通行料かと、ほとほと愛想が尽きたライは冷静に対処した。


「生憎と、その先に用は無い。引き返すぞ」


「はぁん⁉ 女の二人旅で一体どこに行こうってん…………でら別嬪ッ!」


 肩を掴まれたライは反射的に振り返り、大男と目が合ってしまう。彼女の鋭い眼光に当てられた彼は心を射止められた様子だ。


「あっちから声がしたぞ!」


 港にいた船員達の声が聞こえる。まさかここまで追って来るとは予想だにしていなかったライは、腹癒せに居場所が割れた原因である大男に拳骨をお見舞いした。


「声が大きいんだよッ!」


「ライ、どうするの⁉」


 地面に倒れた大男を囮にし、ライとエンジは草木の茂みに隠れる。そして丁度、船員達が大男を発見した。


「盗賊のミズか! 女二人を見かけなかったか⁉」


 大男はミズという名前らしい。彼はライ達のことを売らず、むしろ威勢よく立ち上がって逆に喧嘩を買った。


「おう、おう、おう、おうッ! 青の男とあろう奴らが、寄って集って女の尻追っかけてんのか! よっぽど暇らしいなぁ!」


「減らず口を叩きやがって! もしや匿っているな? おい、一斉に飛びかかるぞ!」


 隊長格らしき人物の指示通り、複数名の船員が統制された動きで槍を突く。武器を持たないミズは串刺しかと思いきや、彼は槍も届かないほど高く跳躍し、そのまま隊長の顔面を蹴り砕いた。


 人間の顔から血が噴水のように飛び出る様を見て、船員達の戦意が削がれる。さらにミズは間髪入れずに叫んで脅す。


「てめぇらが何人束になったところで、このミズ様には敵わねぇんだよッ! おとといきやがれってんだ!」


 隊長を失って統制が取れなくなった船員達は、尻尾を巻いて散り散りに逃げて行った。一部始終を見ていたライはこの場を去るわけにもいかず、覚悟してミズの前に出る。


「助かった。礼を言う」


 この男を敵に回すと厄介そうだ。できるだけ穏便に済ませようと友好的に接したところ、ミズは予想外の行動に出る。


「礼はいらない。抱かせてくれ!」


「は? うわ、やめろ!」


 ミズはライに勢いよく抱きつき、そのまま地面に押し倒してしまった。自分よりも力ある大男に捕まった彼女は恐怖を覚え、藁にも縋る想いで守護神の名を口にする。


「紫電一閃!」


 ライの手に刀が顕現するも、こんな至近距離では刃が当たらない。咄嗟の機転で柄をミズの首に添え、これでもかと電撃を流し込んだ。


「ぐえっ!」


 絶命する蛙のような悲鳴を上げ、力無く気絶するミズ。彼を退かすにも一苦労したライは、呼びかけに応えた紫電に質問した。


「はぁ、はぁ……。いつ力が溜まった?」


(強姦されそうになって興奮した)


「最低かよッ!」


 守護神にあるまじき性癖である。あの厳格な母でさえも、こんな変態と一緒に旅をしていたのかと思うと、将来を憂う若き紫は気が遠くなった。

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