第二章
4-1.非売品少女
第二章
生涯の伴侶となることを条件に、黒い軍勢の打倒と紅の国の復興を約束したライとエンジ。彼ら二人は砂浜で休憩した後、次なる目的地へ出発していた。
「さて、これから復讐と復興の旅に出るわけですが、ライさんはどこへ向かわれているのですか?」
芝生の上を歩き、エンジはライの後ろを健気に付いて行く。ライは振り返らず、ぶっきら棒に言った。
「もう敬語は使わなくていい。契約を交わした以上、オレとエンジは対等な関係だ。オレのことはライと呼び捨てにしろ」
「あ、はい……じゃなくて、わかったよライ。それで、どこへ行くの?」
「紫の里だ。エンジを母上の下へ預ける」
「ええっ⁉ それは嫌! 紅の男児ともあろう者が女子一人に国の命運を託し、あまつさえ自分は保護されるなんて看過されないよ! 姉上に知れたら情けないと喝を入れられる!」
「姉弟の喧嘩など知ったことか。エンジを守りながら旅などできん」
「心配無用。ぼくも戦える。こう見えて陰陽道の成績は優秀だよ」
「男のくせに女よりも適性があるのか? 珍しいな」
ここで初めてライが振り返る。陰陽道とは、陰陽五行思想に基づいて自然現象を説明する学問のことだ。また陰陽道には五種類の属性があり、それらは色の因子が覚醒することによって術が発動する仕組みになっている。
「これでも王家の血筋だからね」
胸を張るエンジは得意気だ。本来であれば因子の影響が強い女性の方が陰陽術を使いこなすのだが、エンジは男性でありながら女性よりも適性があるらしい。
実際、前まで男だったライは陰陽術を苦手としていた。少しだけ腕前が見たいと思っていると、二人の前に獰猛な四足獣が躍り出る。
「丁度、おあつらえむきに猛獣が現れたな。お手並み拝見と行こうか」
獣は飢えが限界らしく、牙を剥き出しにして涎を垂らす。眼球は血走り、捕食者として唸り声を上げるも、ライとエンジの二人は臆することなく前に出る。
「任せて! 紅月流陰陽術・焔!」
エンジは意気揚々と詠唱したが、何故か術が発動しない。その後、何度も術を唱えるも不発に終わる。
「……あれ? 焔! なんでぇ⁉ 護符が濡れて力が出ない!」
間の抜けた空気を読むはずもなく、獣は猛然と飛びかかる。慌てるエンジと入れ替わるようにして、素早くライが前に出た。
「下がってろ……。来い、紫電!」
紫に伝わる守護神の名を口にし、手に一振りの刀が顕現する。そのままライは獣と交錯するようにして、目にも止まらぬ剣速で切り刻んだ。
空中で解体された獣は着地できず、地面に落ちて血溜まりを作る。それら一瞬の攻防を、エンジは呆然と見ていることしかできなかった。
「すごい……。刀が現れて、消えた?」
今のところ紫電は一瞬しか使えないが、居合切りを得意とするライにとっては充分な時間である。試し切りもできたことで満足したライはエンジの失態も忘れ、気分を一新するため食事の提案をした。
「さて、ついでだし飯の時間にするか」
「う、うん。食料を調達してくるよ」
「ここにあるだろ」
そう言ってライが指したのは、たった今切り捨てた肉食獣である。
「え、これ食べられるのッ⁉」
「紫の香辛料があれば臭味も気にならない。まぁ、無理にとは言わんが、これしきのことで抵抗を覚えるようでは旅に向かないな」
「美味しそうだなぁ! もりもり食べよう!」
少しでも食中りの可能性を下げるため、エンジは入念に焚火の準備を進める。その間にライは獣の皮を剥ぐ、血抜き、香辛料を漬け込むなどの下ごしらえをする。
ちなみに、紫の一族は食料を狩猟で賄う上、毒に耐性を持っているため悪食だ。毒で獲物を仕留め、毒ごと獲物を喰らう。だが今回はエンジがいるため気遣っている。本来なら調理工程の焼きも雷撃で済ますところ、痺れ毒があるので使用しなかったくらいだ。
(我を包丁扱いしおって……。いつか天罰が下るぞ)
紫電の声は無視。ライだって神聖な刀で調理などしたくない。だからこそ、殺す過程で獲物を捌いておいたのである。自分の剣技と紫電が組み合わされば最強だ。
その一方で、エンジの陰陽術は実戦で通用する技量に達していない。ライは焚火で肉を焼きながら、落ち着いて彼に戦力外通告をする。
「それと先程の戦闘だが、やはり黒い軍勢と渡り合うには実力不足だろう」
「いいや、護符さえあれば戦える! 本気を出せば辺り一帯を焼け野原にしてみせる!」
死にそうな目に遭ったというのに、依然としてエンジの闘志は熱いままだ。彼の意気込みは買うものの、大法螺吹きに聞こえる未知数の実力は半信半疑である。
やはり紫の里で保護するか……? 肉に齧りつきながら思考していると、エンジの方から旅の指針について提案してきた。
「それより、よければ青の国へ向かわない? 海沿いへ歩いて行けば、どこかしらに港があるはず。そこで装備を整えよう」
「別に構わないが、先に真なる紅の姫の居場所を教えてくれないか? オレとしては姫の身柄を確保したい」
真っ直ぐ青の国へ行くということは、エンジを旅の一行に加えることと同義である。ライとしては早急に紅の姫を保護し、紫継承の儀を完遂したい。それからでも黒い軍勢の打倒と、紅の国の復興は可能である。
「……ぼくは影武者として死ぬだけの運命だった身。姉上に関する情報は持ってないけど、ある程度の予測はできる。きっと姉上は黒い軍勢の打倒と、紅の国の復興を悲願しているから、青の国と草原の国へ同盟を結びに向かっていると思う」
「なるほど。では、港へ行けば情報が手に入るというわけか」
「それでね、できればぼくも姉上を手伝いたいんだ。港から船に乗って、可能なら青の国と同盟を結びたい」
「都合良く事が運べばいいが……」
ライは黙々と肉を食いながら、どうすべきか思考を張り巡らせる。とりあえず青の国に行くまで判断を先延ばしにするか、と気持ちが緩んだところでエンジが後押しする。
「そこで提案なんだけど。ただのならず者が情報収集したのでは警戒されて非効率だから、港に入ったらぼくを真なる紅の姫として扱ってくれないかな?」
そうきたか。ライが紫の立場で青の女王と会うのは可能だが、それで勝手に他国との同盟を結ぶには無理がある。効率を求めるのであれば、エンジの協力は必要不可欠だ。
「となると、オレは姫様の護衛役か。まぁ、いいだろう」
ライはエンジの提案を受け、彼を旅の一行に加えることにする。そう決めた後の行動は速く、食事を終えた二人は青の国の港を目指す。
× ×
交易で盛んな港の防犯は甘く、誰でも簡単に町内へ入ることができた。さらに奥へ進むと、歩道に羅列する出店と、買い物する人間達でごった返している。
「ここが青の港町。すごく賑わってる」
楽しそうな町の雰囲気に、エンジは興奮しているようだ。紫の里から出たことのないライも落ち着きなくそわそわするが、ここは大人の威厳を見せつけるため釘を刺す。
「装備を整えるんだろ? 観光は後にしろ」
「それなんだけど、姫と護衛っぽい服装に着替えないと」
ライとエンジの格好は砂浜に打ち上げられた時から変わっておらず、生乾きの所々薄汚れた服装を着替えていない。これでは青の女王と会う前に門前払いである。
「ん? あー、女物の服か。ついでに見繕ってくれないか?」
「えぇッ⁉ ぼくだって巫女服くらいで詳しくないよ。女性のライが選んだ方がいいって」
「……それもそうか。では、行ってこよう」
期せずして、ライは一人で港町を散策することになった。実家から持ってきた路銀は充分にある。その足取りは軽い。
一時間後、ライとエンジは再び元の場所に戻ってきた。
「待たせたな」
「おかえり……なんか不思議な格好だね」
エンジは新しい紅白の巫女服に着替えただけ。一方でライは紺色の半袖で、肩を覆う特徴的な襟の服を着ている。また、その襟に赤い布が巻き付けてあり洒落ていた。
「港町に伝わる水兵服というものらしい。青の国の袴は変わってるな」
ライはくるりと体を回してみる。港町の呉服屋なので主に作業服を取り扱っているのだが、ライは動きやすそうという理由で気に入った。ただし男性用の制服のため、店主の勧めで仕方なく下は袴に着替えた。
「それは女性用の行燈袴だよね? 中仕切りが無い形の。おかしいな、袴は見慣れてるはずなのに、どうしてか違和感が拭い切れない」
(何故だろうな? 日常の既視感とは別に、とてつもない新鮮味を感じるぞ)
エンジの意見に共感する紫電。エンジから紫電の声は聞こえないはずだが、何故か二人の会話が成り立つ。
ライも女物の服に詳しくないため、男二人の感想を聞いて不安になる。
「やっぱり変? 別の服に着替えるか?」
「え? いやいやいや、大丈夫、大丈夫。すっごくライに似合ってると思うよ」
エンジは思い出したようにライを褒めちぎる。今の格好を着替えさせては、男として何故だか勿体無い気がした。
「そうか。エンジも着物姿が様になってるな。護符は準備できたか?」
「うん、ありがとう。じゃ、船乗り場に行こう」
上機嫌のまま、二人は青の国へ行く船を探した。
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