第二章「地獄篇」
魔界軍との大戦で名を馳せた護衛艦やまとは、艦長の
護衛艦やまとを旗艦とし護衛艦かがを主力とする空母艦隊の第一打撃群は、東城少将が群司令を務める。
洋祐の階級も編入に伴い『一佐』から『少将』へと昇進、かつ呼称が改められた。
現在第一打撃群は、異星文明対処のため太平洋に布陣している。
……護衛艦やまと艦内──第一打撃群司令部。
『天頂衛星スピカより目標情報入りました。軌道上敵艦隊のうち、二隻が超高速で地表に降下! ニューヨークおよびジュネーブの地球連邦政府施設への自爆攻撃と思われます!』
オペレーターが洋祐に報告する。
ジュネーブには地球連邦政府の大統領府はじめ各省が、ニューヨークには地球連邦上院、下院が存在する。
明らかに敵は人類文明を把握している。
「本艦隊上空の通過時刻は!?」
「およそ四分後です」
洋祐の問いにオペレーターが応えた。
「主砲発射用意! 魔導弾装填」
『対空戦闘用意!!』
前甲板に二基、後甲板に一基鎮座する三連装レールガン主砲塔が起動。唸りを上げて砲台が旋回し、三連装の砲身が仰角をとる。
「全電力スイッチオン、レールガンへの急速充電回路開け」
「──目標捉えました! 極超音速で大西洋に飛来します!」
「魔導弾装填、やまと攻撃指揮官の合図で発射せよ」
護衛艦やまとCIC(戦闘指揮所)の音声が伝わる。
『目標、上空に侵入!』
『主砲一番! 二番! ──撃てえ!』
主砲レールガンが発射!
レールガンは一度に数発連続して発射できるため、火球が次々と空に打ち上がる。その軌道、入力データはコンピューターで逐次更新しつつの発射だ。
砲弾は対流圏から成層圏、中間圏、さらに真空の宇宙へと上昇する。
アイコンで表された敵宇宙艦と砲弾が交錯する──
『到達まで五、四、三……』
──到達予想時刻だが、何の音沙汰もなく皆沈黙する。
『失敗しました! 迎撃失敗!』
「諦めるなっ! 第二射撃てえ!!」
洋祐が鬼の形相で叫ぶ。
指示を受け、護衛艦やまとクルーが第二射の準備に入る。
『装填よし』
『──撃てえっ!』
その間にも敵宇宙艦は地表に降下する。
「目標の詳細情報入りました! 目標は何らかのバリアを展開している模様!」
「何だとっ……!?」
洋祐と顔を見合わせるオペレーターの顔がひきつり、恐怖を訴えかける。
『第二射、到達します』
『到達まで……三、二……くそっ! 駄目だ、被害を与えられなかった!!』
『宇宙艦がジュネーブに直撃するぞ!!』
指示を仰ぐべくオペレーターの視線が集まる中、洋祐は拳を握りしめ決然と言い放った──
「日本国政府、そして地球連邦防衛総省に緊急連絡だ! 空母航空団を出撃させ当該地域の偵察、被害確認にあたらせろ」
護衛艦かがの空母航空団が、洋祐の命令にて発艦態勢に入る。
整備員が海を指し示し、日本異世界共同開発戦闘機【F3『ジークフリード』】がエンジンを噴かす。
魔法によりジークフリードは桁違いの航続能力、機動力を誇る。そのため洋祐はジークフリード隊に偵察を命じた。
パイロットは異世界『方舟』公爵にして、東城少将と東城副総理の娘である遥の婚約者、アレクシスだ。
魔界軍との大戦でジークフリード隊を率いていた編隊長は航空団司令となった。代わりに編隊長となったのがアレクシスである。決して公爵だからとお手盛りで就任した訳ではない。方舟先王アリスの一族で、精霊魔法とその源である『太陽因子』を色濃く受け継ぐためだ。
『武運を祈る』
航空団司令に無線を繋がせ呼びかける洋祐。
『お任せください、お義父さん』
アレクシスも応じた。
バーニアから青色の炎が噴出し、機体下方にブルーの魔方陣が展開。
ふわり、とジークフリードは浮遊し、発進した──
* *
日本公共放送、民放はこの深刻な事態を伝えていた……
甲高い音と共にテロップが表示される。
【 NKHニュース速報:地球外生命体の宇宙艦隊数十隻が出現。防衛省が監視を強化 】
【 国家非常事態宣言発令 】
アナウンサーは冷や汗を止めどなく流す。
『新たな情報です! 地球連邦行政府の位置するジュネーブと、地球連邦議会のあるニューヨークに、宇宙艦が特攻を試みたとのことです。…現在被害状況を連邦即応軍が確認しています』
と、ディレクターが原稿を差し出す。
これ読むの!? とアナウンサーが狼狽した。
『──今入った情報です! 地球外生命体がジュネーブに宇宙艦を落下させ、被害は甚大。地球連邦行政府ビルは完全に破壊されました! 地球連邦大統領、国務総省長官、国防総省長官、ほか地球連邦政府高官十三名が死亡しました!! ニューヨーク旧国連ビルにも直撃! 連邦議員に多数の死傷者が出ています!』
政治部デスクが割って入る。
『これにより地球連邦大統領は、方舟に滞在し難を逃れていた副大統領兼上院議長の方舟バシス大公に継承されました。即応軍空軍の大統領専用機機内にて就任の宣誓が行われました』
『中継です──』
……現地の空撮映像が繋がる。
偵察していたジークフリード隊のうちの一機からのものだ。
地獄が生ぬるく思えるほどの惨状。ヒロシマナガサキのような惨状だ。
アナウンサーが息を呑む。
『……これをご覧の皆さま。ニューヨーク旧国連本部ビルの惨状が見えますでしょうか』
赤茶色の鉄骨が剥き出しになり、アスベストの粉塵が一面に漂う。
世界大戦を教訓とし人類の叡知で創設された国際連合、その平和の象徴がもろくも崩れ去ったのだ。
カメラがズームする。
『──あっ! 何か動いているものがあります、隊列を組み、進撃している人型です。機械の歩兵です!』
灰色のパワードスーツだ!
長い脚で路面を踏みしめ、長い腕のビーム砲で周囲を焼き払う。
──テレビ画面が漆黒に切り替わる。
赤い枠で囲われ、白字明朝体で警告文が並ぶ。
【 国民保護に関する情報 】
【 武力攻撃事態。武力攻撃事態。地球外生命体による大規模攻撃の可能性があります 】
【 対象地域:関東地方 】
『……ただいまから、立花総理大臣による記者会見が行われます。──首相官邸から中継です』
内閣官房長官や三人の副長官が舞台袖に起立し、立花内閣総理大臣を迎える。
『それでは、内閣総理大臣による緊急記者会見を始めます。冒頭、総理から発言がございます。皆様からの質問はその後でお受けします。……それでは総理、お願いいたします』
進行官の合図で、立花が原稿を一瞥した──その時!
突如、轟音が鳴り響き、天井から粉塵が降る。
官僚の怒号、叫びが聞こえ、銃撃音が聞こえる。
「総理!!」
SP三人が即座に立花を庇う。
出入口から侵入する「敵」に報道陣が後ずさりする……角張った灰色の駆体、長い手足、中が伺い知れない不気味なバイザー……
敵地球外生命体のパワードスーツだ!
パワードスーツは腕部を上げ、ビーム砲を構える。
砲身がデジタルカメラのレンズのように伸び縮みし、砲口が収束する。
──発射!
出力を絞ったレーザービームだった。
バン! と直撃した人体が弾け血飛沫と化す。
記者会見場が血みどろの惨劇と化した。
……それが最後の中継映像だった……
画面が砂嵐となり、途絶えた。
アナウンサーが呆然とその光景を見つめる。
──すなわちこの瞬間、
* *
……大混乱に陥る世界を尻目に、地球外生命体は着々と世界侵略を進めつつあった。
宇宙艦が世界各地主要都市を制圧。パワードスーツ部隊が地上戦を展開していた。
各地を制圧すると、ひときわ大きな宇宙艦が太平洋に降下、浮遊状態に入った。全長は他の宇宙艦よりふた回り大きい。
そのような地球外生命体を誰より敵視する独裁国家があった。
『──憎たらしい外星人は、われらが
……この放送を読み上げるのは、北朝鮮国営放送の年配の女性アナウンサーである。
この危機に北朝鮮が立ち上がった!
北朝鮮は都市があまり発達しておらず、敵の攻撃対象とはなっていなかった。
だが、北朝鮮もれっきとした地球連邦加盟国であり、地球連邦即応軍戦略ミサイル軍極東方面隊に編入されている。何より北朝鮮には魔界軍との大戦で弾道ミサイル攻撃で突破口を切り開いた実績がある。
『ここで、現場の声を紹介しましょう』
映像が切り替わる──
カーキ色の軍服を纏った朝鮮人民軍将兵たちだ。
『もし攻撃命令が下されれば、真っ先に突撃し、卑怯にもパワードスーツの中に隠れ侵略行為に明け暮れる外星人の化けの皮を剥がし、地球をお前たちの墓場にしてやる!』
鬼の形相で下戦士が握りこぶしをつくる。
『偉大なる金序運元帥様の軍管区に土足で踏み込んだ貴様ら外星人には銃弾ももったいない! 一匹残らず犬の餌にする! 首領様が生み出し将軍様に育てていただいた金序運元帥様が領導されるわれら朝鮮人民軍の弾道ミサイル攻撃により、外星人は泣き叫びネズミのように逃げ惑うだろう!』
軍官が高らかに宣言する。
『『金序運同志! 命令だけ下してください!』』
皆が小銃を振り上げ、叫んだ。
『……このように現場の指揮は最高潮に上がっております。──と、ここで平壌と中継が繋がりました!』
木目調の落ち着いたデザインの広い室内、壁にはディスプレイが並んでいる。
北朝鮮最高司令部である。
その中央に仁王立ちするは──北朝鮮最高指導者金序運委員長だ。
『弾道ミサイル発射──!!!』
頬肉を揺らしながら金が叫ぶ。
国営放送が音楽を流す。昭和のアニメソングを思わせるイントロに必勝不敗の金序運戦法を勢いに任せて歌いあげる『攻撃』的な歌詞だ。笑笑動画でも有名である。
軍事機密のため見せられるのはここまでであり、中継が終わる。
ディスプレイにミサイルを示すアイコンが光り、太平洋の敵宇宙艦に向け飛翔する。
「着弾!」
「やったか!?」
金が身を乗り出す。
「映像入りました───だめです! バリアで防がれました!」
……煙が晴れる……灰色の巨艦が悠然とそびえていた……
舌打ちする金委員長。
青ざめた軍官が駆け寄る。
「──偵察機から報告! 平壌に外星人の宇宙艦がワープで出現! こちらに向かっているとのことです!!」
……金が目をつぶり、こぶしを握りしめる……国家の長として葛藤しているようだ。
息を吐き、金はゆっくりと皆に向き直る。
「……全人民を……平壌から、避難させろっ……!」
「り、了解……!!」
側近、幹部らが目を見開くが、すぐに敬礼し返答する。指導者が国家を捨てるという重すぎる決断だ。察するに余りある。
「国家主席と国防委員長の遺体は絶対に敵に渡すな! 遺体と要人、軍事技術者は中国、ロシアへ列車で運べ。人民は軍で誘導しバスで平壌から脱出だ」
金序運の祖父である国家主席、父である国防委員長の遺体は首都に冷凍保存されている。
「最高司令官同志! われわれ砲兵部隊は最後まで平壌をお守りいたします!」
「だめだ!!!」
最高指導者と運命を共にすべくなされた嘆願だが、金が一喝する。
──金は銃を軍官に突きつけた! だがその目には涙が浮かぶ……
「お前たちは、生き残るんだ。……敗戦の責任は私がとるっ………!」
最後の台詞は嗚咽で言葉にならなかった。
軍官が袖で涙をぬぐいだした。
金の親族や古参の幹部らが平壌に残ることとなった。
……一通りの指示を終え、金は側近に向き直る。
「
「ご子息様たちは既に脱出されました」
「ああ、それでいい。これで金家の血筋は途絶えることはない」
金は妻を呼び寄せる。
きつく抱擁し、耳元で言う──
「すまない、私のせいでお前を巻き込んだ……お前を幸せにしてやりたかった」
「……いいのです、優しいあなた。あなたは庶民に過ぎない私を見染めてくださったではありませんか。あなたと過ごす時間すべてが、夢のようでした……」
純愛を体現するその様子に必死で涙をこらえていた幹部らだったが、金に歩み寄る。
「我々もそうです。技術屋に過ぎない我々を重用し、上層部に取り立てて最高の待遇を与えてくださった。ミサイル開発、科学力の必要を理解してくださった聡明なる元帥様。元帥様のおかげでわれらが共和国は国際社会も無視できぬ存在となりました」
金も涙ぐむ。
「ああ、私は良い部下を持った……!」
「突入されます」
司令部を揺るがす爆音が響く。
──パワードスーツ部隊が防護扉を破り、ビームを乱射!
金序運と妻は抱きあい、目を閉じた……
爆炎が平壌の空を焦がした。
* *
……地球連邦即応軍海軍第一打撃群空母航空団、ジークフリード隊一番機およびその僚機は東京上空を飛んでいた。
一番機パイロットのアレクシスは、緊張から操縦捍を強く握りしめた。なぜなら──
──後部座席に、副総理兼外務大臣にして自身の義母の
内閣総理大臣継承権を持つ唯一の生存者だ。
パワードスーツに襲撃された首相官邸から、ギリギリのタイミングで偵察に出ていたアレクシスが救い出した。
残りの生存者は、魔法により敵の脅威をものともしない方舟の軍、魔導士により護衛され、避難している。方舟は地球外生命体の侵略を受けていなかった。
『航空総隊司令部! 聞こえるか!? 東城美咲副総理兼外務大臣の生存を確認!!』
先ほどから自衛隊主要施設との連絡がつかない。
後ろを振り返り、アレクシスが首を振る。
「……だめですお義母さん、主要施設はやられたようです」
「アレクシス君、
「太陽鎮守府……!!?」
聞き慣れぬ言葉にアレクシスはいぶかしむ。
「靖国神社の地下にある秘密結社。与党自主憲政党や全国の神社仏閣を傘下におさめているの。その地下本部の存在は私たち国務大臣や皇室にしか教えられていない。あそこなら臨時拠点としての機能があるわ」
「……わかりました、靖国神社に向かいます──二番機、続け!」
ジークフリード二機が青空に身をひるがえし、バーニアからオレンジの炎を噴き出す。
果たして、太陽鎮守府とは──
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