本編
第一章「嚆矢篇」
ヤマタノオロチの再来と呼ばれた東京湾巨大生物上陸災害。日本神話における炎の破壊神カグツチの復讐に始まり、さらには精霊魔法の異世界『方舟』との邂逅と、人類は幾多もの試練を経てきた。
そして、二〇四五年の魔界軍との人類統一戦線をきっかけとして、人類は国家、民族、宗教の違いを乗り越えて団結せねばならなくなった。
フィクションに散見される、人類が団結するには外的要因が必要である、との論が現実と化したのである。
変革の中心にいたのは、東京湾巨大生物上陸災害、ヤマタノオロチ討伐作戦にて内閣総理大臣として見事な指揮を振るった政治家【
荒垣健の名演説によって、人類は団結し【地球連邦政府】を立ち上げたのだ!
人類に対する幾多もの試練において、忘れてはならないのは東城家である。
代々の軍人、自衛官の家系である【
ふたりは共鳴し、精霊魔法の力でカグツチとの戦いを勝利に導いた。
やがてふたりは結ばれ政府の要職に抜擢された。
今や美咲は副総理兼外務大臣兼内閣府特命担当大臣という重要閣僚であり、同時に政府異世界部局【
夫の洋祐は地球連邦即応軍海軍少将であり、切れ味鋭い指揮で名を馳せる名将である。
彼らの娘の【
愛を紡ぐ遥とアレクシスは、日本と異世界が中心となり変わりゆく世界の象徴だ。
荒垣健と東城家を中心に、世界は変わる……日本、異世界方舟、そして魔界も加わり、地球連邦政府が発足。
──だが、それらは単なる序章に過ぎなかった。
……時に二〇四六年。
誰も予期できない試練が待ち構えていた──
《 第四部 【新日本神話:弐】 第一章「嚆矢篇」 》
……荒垣健が勝ち取った日本の繁栄。
一度は魔界軍の被害を受けたものの、首相官邸など首都中枢機能は回復。市街地商業施設も復興し、さらには天皇、皇族も皇居や赤坂御用地に戻りつつある。
一方荒垣は、盟友の立花に後を任せ自らは終戦内閣の鈴木貫太郎のように潔く退陣した。慰留されたものの、彼は妻、
峯坂とは、ヤマタノオロチ討伐作戦時、国土交通省官僚時代の彼女と出会った。現在彼女は、父親が経営していたゼネコンの代表取締役社長を務めている。互いに社会的立場があるため、事実婚の関係である。
今日、荒垣夫妻が出没したのは、大手動画投稿サイト『笑笑動画』の祭典『笑笑超サミット』であった!
千葉県幕張の巨大施設を貸し切り、アニメ、ゲームに始まる各企業、さらには自衛隊から政治家にいたるまでブースを出す大規模なイベントだ。
自宅警備隊なる特殊部隊風のコスプレに囲まれながら、荒垣夫妻は会場に並ぼうとする。
無論、正体がばれないよう荒垣は伊達眼鏡で変装している。
「確かこの辺に待機列があるはずですけどね……」
峯坂が周囲を見回すが、とにかくこの混雑だ。どこが列か分からない。
「すいません、並んでらっしゃいますか?」
荒垣が客のひとりに声をかけた。
「ええ、待機列です──ん……え!? 前総理!!」
客が仰天し、腰を抜かす。
……ばれた。
「「荒垣閣下だ!」」「「日本を救ってくれてありがとう!」」
音声合成ソフト、東洋を舞台にしたキャラクターのコスプレ集団がわっと群がる。
騒ぎを聞きつけたスタッフが駆け寄る。
「荒垣閣下! 峯坂社長! 連絡いただければお迎えにあがりましたのに」
「閣下はよしてくださいよ、麻田元副総理じゃあるまいし」
「ささ、こちらへ」
「ええ……」
スタッフに背を押され、丁重に関係者入口から通された荒垣夫妻は暗幕の中をくぐる。一体どこへ向かうのか。
その時、スタッフが小型マイクに話しかけたことには荒垣夫妻は気がつかなかった。
……幾千もの人だかりが群がる開会式ステージには、軍国主義に染まる日本を百花繚乱の桜吹雪に乗せて歌う音声合成ソフトウェアを用いた楽曲が流れる。
赤、青、黄のスポットライトがまばゆくステージに輝く。
熱狂の中、司会役の
日本国政府は、復興、サブカルチャー、ネット文化の復活を大々的にアピールせんがため、異世界『方舟』公爵アレクシスと、内閣官房参与東城遥の司会役での登場となった。
『──笑笑超サミット、間もなく開幕します! ───と、ここでスペシャルゲストの登場です──』
勢いよくスチームが噴出され、煙が漂う。ダメ押しにBGMまで流れた。
『──前内閣総理大臣、荒垣ご夫妻です!!!』
「(いや、大げさすぎるだろ)」
声援の中、ぼやく荒垣。
一言お願いします、とマイクを向けられる。
『…………俺は、皆が思っているような英雄じゃない。皆ひとりひとりが、建国記念日、日本の独立を賭けて戦った。俺たちはもう滅亡しない!!』
歓喜の声援が送られる。
──西暦二〇四六年、四月二十九日。
建国記念日を取り戻した日本が再び立ち上がり、復興の狼煙を上げた──
* *
春が去り、夏が始まるころ……東京、銀座の一角は厳重な警備に囲まれていた。
パトランプを光らせた警察車両。無線で連絡を取り合う制服警官に、眼光鋭いスーツ姿の警官が通行人を威圧する。
昼下がり、ビルの下を行き交うサラリーマンやOLらが興味を示すその先には高級寿司店があった。
……これほどの警備を受ける客とは誰か?
渋い面持ちの板前が皆の前に寿司を出す。
「中トロです」
脂の乗った淡い光沢のマグロに、皆視線を奪われる。
客のひとりは人民服を着込み頭髪を刈り上げている。隣にはスーツを着こなし眼鏡をかける男……そう、ふたりは──
──北朝鮮最高指導者、
さらに立花の
歴史的な日朝首脳会談だ。
日朝が接近した背景には、魔界軍との人類統一戦線で北朝鮮がミサイル攻撃で突破口を切り開いたことが挙げられる。北朝鮮も正式な地球連邦加盟国であり、特に金委員長は知日派でもある。
午前の会談で北朝鮮による拉致問題の認定。日本国への不可侵、経済支援が取り交わされ、午後の大詰めの会談、協定文書署名を控え、今は立花が金委員長を昼食に誘っている。
金序運は友人の日本人料理人の影響で寿司を好むため、立花が銀座の高級寿司店をセッティングした。
金委員長が頬肉を揺らしながら大口を開け、寿司を頬張る。口の中に脂の旨みと甘みが広がり、酢飯のほどよい酸味。それらがワサビによって引き立てられる……金は目を瞑り堪能していた。
親指を上げ、ハンドサインで板前と立花に感動を表す。板前が微笑み、頭を下げた。
……交渉相手の好物を把握し、物事を優位に進める。これぞ有能な政治家である立花のやり方だ。
リスのように女性らしい仕草で寿司をつまんでいた美咲も、立花と目線で頷き、ふたりして茶をすする。
生姜をつまんだ金が切り出す。
「荒垣前総理がいないのは残念だが……立花総理だけではなく、東城次期総理と会食できるとは嬉しいな、東城女史、相変わらずお美しい」
「あら、奥様に怒られますよ金委員長」
美咲がはにかむ。
金序運は既婚者である、三人子供がおり、唯一の男子、
……湯呑みを置き、立花が答える。
「私は荒垣とは共に要職を務めよく知る間柄ですが、奴は去り際を心得る男です。ただ、心の中には熱い炎を灯す奴で、いざとなったら牙を向くでしょう。……まあ、日本国と朝鮮民主主義人民共和国との平和協定が締結される今、荒垣の出番はないでしょうが」
口角を上げる立花内閣総理大臣に、金委員長も笑った。
* *
暗闇に、魔方陣に見まがうような光の輪が閃き、水蒸気が絶対零度真空の宇宙空間に晒され瞬時に凍りつく。
そこは、海と緑の惑星──地球。
衛星軌道上、宇宙空間がゆらめき、無骨な灰色の構造物が出現した。
全長は数キロメートルあろうか。トラス状のフレームが張り巡らされた構造物で、幾多もの宇宙船らしき物体を内包している。
各部がグリーンやブルーに発光し、構造物を妖しく照らしあげる。
自衛隊に言わせれば、【
──すなわち、地球外生命体の襲来だ!
……海と緑の壮麗な惑星。青のベールに包まれた大気圏……
宇宙、静止軌道を舞台に、二隻の戦艦が布陣していた。静止軌道とは、周回速度と地球自転速度の一致により物体が地表に静止して見える、高度三万六千キロメートルの軌道である。
その外観はスペースシャトルにも似ているが……灰色の艦体はツヤ消しが施され、艦首には並列のブラスターキャノンが睨みをきかせる。
『こちら衛星軌道艦〈インデペンデンス〉ならびに〈フリーダム〉。天頂衛星〈スピカ〉からの情報を捉えた。地球連邦統合参謀本部、連邦大統領の命令により、本艦隊は地球外生命体に対する情報収集ならびに警戒任務にあたる』
インデペンデンス。フリーダム。この二隻は、地球連邦即応軍宇宙軍に所属する宇宙戦艦である。
二〇二二年、日本神話の炎の破壊神カグツチがシステム侵入、危うく東京に特攻するという苦い経験を持つ艦型ではあるが、米軍により発展改良され、宇宙空間での中露への牽制。地球連邦政府が成立して以降は、来たるべき地球外生命体の脅威に備えている。
コックピットにて簡易宇宙服を着込んだ艦長が席につく。
『ファーストコンタクトだ、気合いを入れろ』
太い窓枠、分厚い強化窓ガラスから姿を覗かせるのは、先程、突如として宇宙空間に現れた構造物であった。艦長はヘッドセットをつけ、指示を下す。
『全チャンネルで交信を試みろ、発光信号パターン、映像の提示も行え』
『了解──』
艦体上部の貨物扉が開き、パネルが起き上がる。映像を映すスクリーンであった。
地球、人類の説明、地球連邦政府の成り立ちについて映像で説明される。同時に艦首横の二つのサーチライトが点滅し、発光パターンを示す。
『──目標に動きあり!』
艦長が見ると、構造物が瓦解していくのが確認できた。ボルトのようなものが緩み、固定器具が放出。トラス状構造物、その数十メートルはあろうフレームの一本一本が宙に浮かぶ……
──突如、光を放った!
艦長の目がくらむ。
『うわっ!?』
先行していたフリーダムから悲痛な叫びが伝わる。
『インデペンデンス! こちらフリーダム、強烈な電磁波を受けた!』
艦長が座席から身を乗り出す……
──その宇宙艦から、何かが放出されたように見えた。
『──や、何だあれは!?』
灰色の影が窓をかすめる。
無骨なシルエット……長く伸びた腕と脚。背中には二発のバーニアを背負い、ロケット噴射で宇宙空間を飛び回る。
バーニアで推進するが、四肢の動きの反動を利用して細かい姿勢制御を行うその機体──
──人型パワードスーツだった!
瞬く間に、それらはフリーダムに取り付く。
太ましい腕の内部に備わるビーム砲を乱射し、窓ガラスを中のクルーごと木っ端微塵に粉砕! 艦体外壁をズタズタに荒らす。
『しまった、攻撃だ! ブラスターキャノンで応戦しろ』
艦首二連装ブラスターキャノンに火が入り、プラズマが砲口からほとばしる。
『発射!!』
光条が敵宇宙艦に吸い込まれる──が、弾かれた!
『バリアか……!』
『クソッ!』
クルーが毒づき、艦長が怒りを露にする。……その時だった。
──パワードスーツがインデペンデンスのコックピットと目と鼻の先にまで迫る!
ビーム砲を自分に向け構えるパワードスーツを仁王立ちで見据える艦長。頭部バイザーの奥に悪魔が見えた気がした……
ビームが直撃!
艦長とクルーの肉体は発火、瞬時に蒸発しインデペンデンスのコックピットが爆発! ……爆発は居住区画、貨物区画、燃料タンク、エンジンと次々に誘爆し外壁を吹き飛ばした!
残骸が絶対零度真空の宇宙空間で凍りつき、きらめいた……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます