第三章「再生篇」
……廃墟、瓦礫の山と化した首都東京。
阪神淡路大震災の火災のように煙の上がる千代田区を眼下に、戦闘機ジークフリードは飛ぶ。
機体下方にブルーの魔方陣を展開、ゆっくりと回る。
やがてジークフリード二機は皇居北の丸、九段下にさしかかる──靖国神社だ。
不思議なことに、皇居と靖国神社だけは無傷であった。アレクシスは強い太陽因子をその地に感じた。関係があるのかもしれない。
「ここですか? お義母さん」
「ええ、この靖国神社が希望の地──
ジークフリードは速度をゆるめ、空中に浮遊、着陸態勢に入る。
カバーが展開し、車輪が伸びる──接地した。
ベルトを外しヘルメットと酸素マスクを取るアレクシスと美咲。そこへ眼鏡をかけた老人が歩み寄る。その年は五〇にも六〇にも七〇にも見える。
「これはこれは。高原先生」
秘密結社太陽鎮守府総督、
高原はうやうやしく一礼する。
「お待ちしておりました、東城副総理詳しくは中で」
石畳に高い足音が響き、アレクシスそちらを向くと青色の政府防災服を着たの
東城美咲副総理兼外務大臣と東城洋祐地球連邦即応軍少将の娘。そしてアレクシスの婚約者だ。
「お母さん! アレクシス!」
甘えん坊な性格の遥らしく母と抱擁を交わす。
そしてアレクシスとも抱擁を交わし胸に顔をうずめる。アレクシスは慰めるように遥の頭を撫でた。
「皆さん、陛下がお待ちです」
「陛下が? ……そういえば天皇皇后両陛下、皇族方は?」
「皇室の方々はご無事です」
高原が言うには、精霊魔法の源である太陽因子を応用し皇居と靖国神社に結界が張られているとのことだ。
「陛下は東城大臣の報告をお待ちです」
「わかりました」
高原はアレクシスと美咲を靖国神社社務所へと案内した。
* *
内閣総理大臣、内閣官房長官、内閣官房副長官ほか主要閣僚が死亡し、内閣総理大臣継承権第一位の東城美咲が内閣総理大臣となった。
本来ならば内閣総理大臣が欠けた場合は内閣は総辞職をしなければならないが、国会議事堂、首相官邸が壊滅したこの状況ではそのような悠長な真似はできない。超法規的措置により副総理兼外務大臣の美咲が内閣総理大臣臨時代理に就任、閣僚を任命しその人事を天皇から認証された。
ブーツが床を踏みしめる音が響く。
政府防災服姿の東城美咲内閣総理大臣臨時代理が危機管理センターに入室した。
閣僚が立ち上がり彼女を迎える。
もはや今の彼女の顔つきからは天然さは一切感じられない。緊張と使命感にあふれていた。
美咲が切り出す。
「現在の状況を教えてください」
「ご存知のように地球連邦政府が壊滅、北朝鮮の即応軍戦略ミサイル軍が平壌ごとやられました」
「第一打撃群、米軍の戦略原潜が残っているもののこれで地球連邦即応軍は壊滅ね」
「はい、ご主人の東城少将が指揮される第一打撃群が太平洋の主力宇宙艦に対応するため航行しています」
ため息をつく美咲に、官僚が歩み寄る。
「北朝鮮の
「通信するわ。出してください」
画面が切り替わる──
刈り上げられた頭に切れ長の瞳、朝鮮人民軍大将の制服の男──
金序運委員長の長男であり、国務委員会副委員長、朝鮮労働党副委員長の要職を兼任している。
そして今は朝鮮人民軍最高司令官となった。
『金大将、残念です』
『東城副総理兼外務大臣……いや、今は日本国内閣総理大臣でしたね。あなたのことは父から聞いていました。日本の経済支援の恩を返すためにも必ずや反撃態勢を整え、外星人を葬ってみせます』
と、北朝鮮国営放送に切り替わる。
喪服を着込み、目にあふれんばかりの涙をためたアナウンサーが肩を震わせながら原稿を読み上げる。
『……誇りある朝鮮労働党党員、朝鮮人民軍将兵、そして全人民にもっとも悲痛な心境で告げる。偉大なる金序運同志が外星人により命を奪われた』
首都平壌に設置された銅像に幾千もの人民が群がる。
老紳士が地に拳を叩きつけ慟哭する。
『こんな理不尽なことがどこにあるでしょうかっ!? 外星人はあまりにもむごいことをする!!』
中年女性が泣き叫ぶ。
『魔界軍が来てもびくともしなかった鋼鉄の心臓は本当に止まってしまったのですか? ああっ! 今からでも人民皆の心臓を捧げて元帥様の心臓が動き出すならどんなにいいことでしょう!!』
女性キャスターが総括する。
『元帥様、安らかにお休みください。金公正将軍様に従うことが元帥様をいつまでも崇める道です』
あからさまな演技ではあるが、金序運は魔界軍へのミサイル攻撃を利用して国際社会の地位を上げたためある程度民衆から慕われていたのだ。
……日本国政府一同は若干引きつつも、頭を切り替え反撃態勢を整えるべく各々の仕事に入る。
「総理。地球連邦大統領に昇格したバシス副大統領兼上院議長が、残った即応軍海軍戦力で太平洋の宇宙艦を叩くとのことです」
地球連邦における大統領継承順位はアメリカ合衆国に倣っている。
副大統領兼上院議長は旧国連安保理を母体とする上院の長であり、上院は大統領に対し最高裁判所判事等の人事、安全保障政策の同意権を持つ強力な機関だ。
画面が切り替わり、異世界の軍服に身を包んだバシス新大統領が映る。軍服は濃紺を基調に金の装飾が施されている。
『内閣総理大臣就任ご苦労、東城閣下』
「そちらも。バシス新大統領閣下」
『東城閣下。ご主人の東城少将との回線が繋がった。モニターに出す』
バシスが映る画面の一角に一瞬だけノイズが走ると、青色の迷彩服に身を固めた東城洋祐少将が映る。 バシス新大統領の計らいだ。
『美咲、間もなく交戦海域に入る。今回アレクシスは政府拠点の防衛でそちらに待機だ』
「うん、聞いてる。……気をつけてね」
『……連邦防衛総省長官が不在だが、荒垣前総理は?』
「奥さんの峯坂社長が重体で、ずっと付き添ってるの。防衛総省長官、そして抵抗軍総司令官に就任してもらえるようバシス大統領も説得してくれてるんだけどね」
『そうか……荒垣前総理がいてくれればな……』
洋祐の傍らの部下が耳打ちする。
『──戦場に入った! 無事を祈っててくれ』
通信が切られた。
美咲にできることは、手を組み祈ることだけだった……
* *
護衛艦やまと、そしてイージス艦、汎用護衛艦で構成される即応軍海軍第一打撃群の放つ無数の砲火をかいくぐり、パワードスーツはビームを連射する。
地球軍は必死に応戦するものの、押されている。
パワードスーツを迎撃すべく、護衛艦やまと攻撃指揮官が命令を下す。
『対空戦闘! 右舷に近づく目標。副砲、CIWS攻撃始め!』
百二十七ミリ速射砲が右に旋回。同時に二〇ミリガトリング砲ユニットが起動し、敵パワードスーツを捕捉。
──発砲!
「やったか!?」
洋祐が身を乗り出す。
──と、突如、衝撃が走った!
船体が轟音を上げてきしみ、傾く。
「状況を教えろ!」
洋祐が無線越しに怒鳴ると、ダメージコントロールを行う機関操縦室から悲痛な報告が入る。
『護衛艦やまと艦橋に被弾!! 他の艦の艦橋も敵パワードスーツにより被害を受けています』
『第一主砲塔、第二主砲塔大破!!』
『左舷に損傷!』
『浸水が発生していますっ!! 船体傾斜! 復元、不能!!!』
CIC(戦闘指揮所)からも阿鼻叫喚の報告が入る。
『敵パワードスーツ、速すぎるっ! 撃ち落とせない!!』
「これまでかよっ……!!」
洋祐が拳を握り顔をしかめ、怒りをあらわにする。
部下が歩み寄る。
「東城少将……敵パワードスーツ部隊は撤退しました。脱出するなら今です」
キッと部下をにらみつける洋祐だったが、手元に視線を移す……
迷いは許されない。洋祐は艦隊数千人の命を預かる少将、地球連邦即応軍海軍第一打撃群司令なのだ。
「────総員、退艦!!!」
「「了解!」」
部下が各艦に通信を打ち、重要書類を鞄に収める。
各艦ではクレーンで小型挺が降ろされ、ゴムボートが海上に降ろされる。
小型挺には将校が優先して乗り、ゴムボートは下士官兵が乗り込む。
洋祐は小型挺に乗る途中、感慨深そうに護衛艦やまとを見上げた。父親の代から乗ってきた軍艦だ。洋祐自身もカグツチとの戦い、北朝鮮ミサイル攻撃への対処、魔界軍との大戦で共に戦ってきた。
やまとのレーダー、アンテナがへし折れ、主砲から黒煙が昇っていた。無惨な姿に申し訳なく思う。
「(やまと……お前のことは一生忘れない)」
洋祐が肩を震わせ、元やまと乗組員たちが涙した。
……皆意気消沈し、ボートで艦隊を離れる。
東京湾の海は荒く、脱出した洋祐たちに容赦なく波がふりかかる。
海水の雫がライフジャケットから垂れ、悔し涙と混じりあう。
だが、洋祐の切れ味鋭い眼光は衰えていなかった。皆を叱咤する。
「まだ
……洋祐が見やる横須賀の港には、一隻の戦艦が鎮座していた。
──戦艦三笠! 日露戦争の武勲艦だ。
前後に二つずつ据えられた三〇センチ主砲塔。左右に突き出した副砲。高いマストが二本そびえ、経年劣化しているものの、一五〇年の歴史と重みを感じる。
「本気ですか……あれは記念艦ですよ」
「昨日までは、な」
荒ぶっていた大海が静まり、雲の切れ間から陽射しが光の束となり海を照らした……
* *
……戦艦三笠の甲板を歩き回りながら洋祐の部下が苦言を呈する。
「戦艦三笠は建造から一五〇年も経った老いぼれです。主砲はコンクリートで固められ、船体は地面に埋め込まれています。誰も機関の動かし方を知らないし、動かす兵もいない……無茶苦茶もいいところです」
……先程から作業服姿の老人がちらちらと目にる。
その中の一団が歩いてきた──
──海上自衛隊元海将の
三笠保存会会員と異世界『方舟』の女王ミュラ、そして魔導士たちを引き連れていた。
歴戦を生き残ったベテランの堂々たる歩み。
ああ! 誰がその歩みを止めることができよう。
老齢を感じさせない筋肉の張り、みなぎる気迫は若者に負けない。
……宏一は洋祐の父親であり、熱血な指揮で知られていた。東京湾巨大生物上陸災害では護衛艦やまと副長兼砲雷長として最前線で指揮をふるった。二〇二二年には自衛艦隊司令官として異世界派遣統合任務部隊指揮官。その後海上幕僚長を経験。魔界軍との大戦では荒垣内閣の防衛大臣に任命されている。
地球連邦防衛総省高官、ひいては地球連邦主要閣僚に推す声があったものの年齢を理由に辞退。現在は公益財団法人三笠保存会の理事長を務めている……
そのような歴戦の古参の将兵が洋祐に歩み寄る。
東城宏一と東城洋祐。父子が敬礼を交わす。宏一のサングラスが陽射しを反射して輝いた。
「お前らは無事だったか?」
「何とか」
集まった屈強な古参兵を見渡し、洋祐が口を開く──
「親父……いや、東城元司令官をはじめ海上自衛隊の先輩方は充分日本のために尽くされました。だがもう一回だけ、力を借りたい」
宏一がサングラスを外す。
「……何をしてほしい?」
「戦艦三笠で戦いたい」
洋祐の気迫に宏一は息を呑んだ。
* *
バッ! と後部主砲を覆う天幕が取り払われ、ミュラが精霊魔法を三笠に施す。
艦体のあちこちで魔方陣が回り、緊急の修復作業が開始された。宏一が保管していた戦艦三笠の図面をもとにミュラが修復の詳細を検討する。
……靖国神社地下、政府臨時拠点にて東城美咲内閣総理大臣は夫からの報告を受けていた。
美咲が涙ぐむ。
「洋祐、無事でよかった……!」
『……親父を中心に戦艦三笠を復活。方舟や魔界の軍艦で連合艦隊を編成して明日勝負を挑む』
「こちらは良くない報告よ。地球外生命体が無線でメッセージを送付したの」
『内容は?』
「胸糞悪いとしか言いようがない降伏勧告ね。今夜記者会見で私が発表するわ」
果たして、その降伏勧告とは──!!?
──西暦二〇四六年八月十四日。
日本の運命がここに決する──
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