ほうっと少女の嘆息が聴こえる
ほうっと少女の嘆息が私の耳朶を叩いた。見ると、煌びやかな着物を身に纏う姫君が私の眼の前にいるではないか。黒髪を翻す姫君の背後には、山の獣たちが集っている。前世では私の背に隠れ好き放題していた奴らが、少女の後ろに隠れるとは情けないものだ。奴らは私を怯えた様子で見つめている。
私はこの山に棲む狼だ。前世ではこの山に潜む山賊の長をやっていたらしい。
やっていたらしいというのは、私にとって前世の記憶など朧なものでしかないからだ。人だった私は飢饉のなか生み捨てられ、死人の肉を喰らって生き長らえた。そんな私を人々は鬼の仔と恐れ追涯した。
その追涯の果てに、私は修羅の道に生きながらにして堕ちたのだ。前世の因縁から獣に生まれついたとしても、なんとも思わん。
そうしなければ、私は生きられない道に生まれついていた。そちらの方が非常というものだろう。
獣に生まれ変わったとして何の支障があろうか。私にとって獣の生より、寧ろ前世で私を追涯した人間の方が恐ろしい。
「なんて綺麗な狼なのかしら……」
山の獣どもが生き仏と尊ぶ少女は、そんな私を見て愛らしい眼を光らせている。何とめでたい姫さまだ。私のようなものを美しいなどと思える気持ちが分らん。
唸って牙を向いてやる。あなたのような無垢な人間は、私のような存在に近づいてはいけないのだ。あちらへ行け。
けれども、姫は怯えるどころか決然とした様子で私に近づいてくるではないか。
あちらにいけと私は彼女に吠える。そんな私に彼女は怯えながらも歩み寄ってくる。何を考えているんだ、この餓鬼は。
苛立った私は大きく鳴き、姫に襲いかかる。そんな私の眼の前に、颯爽と黄色い閃光が走った。それは、蝋梅色の毛を持つ狐だった。
私は躊躇うことなく、その狐に噛みついていたのだ。
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