蝋梅のような毛色の狐

 蝋梅のような毛色の狐が来るようになったのは、いつからでしょうか。私は幼い頃から、母と一緒に琴を弾くのが日課となっておりました。

 蝋梅色に輝くお月さまを眺めながら、廂に琴を並べた私と母は曲を吟じます。  あるときは優しく、またある時は穏やかに。

 母と私は、琴を通じてお互いの気持ちが手に取るように分かりました。だから、その夜の母の琴の音を聴いて、私は母の哀しみを悟ってしまったのです。

 それは、今生の別れを告げる曲でした。

 母は私を真っすぐに見て、それから琴に視線を戻して曲を弾き続けます。母の琴には、朝露のように美しい涙がほろほろと落ちるのでした。

 それからまもなく、母は病で帰らぬ人となりました。

 月には極楽浄土があるといいます。私は、そんな月の住人となった母のために、夜ごと琴を吟じました。

 母と弾いていた優しさに満ちた曲を弾くことなく、私は憐憫を含んだ哀しみの曲ばかりを吟じました。そうすると、どこからともなく裏山から狐がやってくるようになったのです。

 冬の朝に咲く、蝋梅のように毛色の鮮やかな狐でした。その狐は私が琴を弾き始めると必ずやって来て、じっと庭で私の曲に耳を傾けます。その狐に導かれてやってきたのでしょうか、屋敷を囲む山の獣たちが一匹、二匹と私の曲を聴きに来るようになりました。

 月光の下で彼らは鳴くこともなく、私の鎮魂の曲に静かに耳を傾けていました。

 蝋梅色の狐は極楽浄土にいった母が、私を想い使わせてくれたものなのでしょう。独りになった私が寂しくなように、母は使いを寄越してくれたのです。

 でも、狐は私の曲を聴くばかりで、こちらにおいでと言っても私のもとへ赴くことすらしません。

 お母さまが私のために寄越した使いなのに、彼(もしかしたら彼女かもしれません)は私に見向きも致しません。

 少しばかり嫌な気分になって、私はいつもとは違う陽気な曲を奏でたのです。するとどうでしょう。頑なに私を拒んでいた狐が、こんっと陽気に鳴いたではありませんか。

 

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