第11話 『デルヘルム』への帰還 上

 午後の穏やかな時間。


 冷ややかな視線で草原を見つめる…その草原には…何もない。

 目の前では、黄色の地に黒い斑点がある長い尻尾を振っている、金色の髪を短く切った少女が辺りを見わたしている。

 振り返ると、タンクトップ姿のオールバックの男が、大きな石の上で高イビキだ…。

 その近くには、意味もなく剣をひたすら上下に振っている少年がいれば、ここに来て盾ばかり拭いている少年。

 そうそう、大きな石の下で、涎を垂れ流して寝ている少女の魔法使いがいて…。

 その近くには、銀髪で耳の長いエルフの女と、話し込んでいる神官の少女が2名…。


 冷ややかな視線は、一同を見わたす。


 ここ数か月、狩りらしい狩りをしていない。

 新人狩猟者は増えたが…。

 適度に狩れるモノらがいない…。

 目につくのは…のんびり歩いている動物と、国王の旗と腕章をつけているゴブリンに獣人の亜人。


 たまに会うマモノは…オーク。

 それは、この者らでは、無理である。

 林にいるハンティングベアーを狩るが、同じ考えを持つ狩猟者も多く。

 最近では、保護動物並みに頭数が減っている。


 ただ…ネシラズの討伐は…聞かれていない。

 だが…、この者らが狩れるレベルでもない…。


 冷ややかな視線のモノは小さくため息をつく。

 午後の穏やかな時間である。


 「うむ?」と辺りを駆け巡っていた少女が立ち止まり、一方を黙って見ている。

 そこは、林である。というか、かなり離れている林であり、林と言っても大きくは無い。

 冷ややかに少女が見ている方向へと視線を移すと、人影がそこから1つ、2つと駆け出してきた。

 その姿は、魔物から逃げているのではなく、走っている…ただ、走っている姿である。

 その一人は、手に何かを持っている。

 長い…武器?と思っていると…。


 「アサトぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」と叫び声をあげて駆け出す少女。

 その声に居眠りしている魔法使いの少女が目を覚まし、剣を振っていた少年が手を休め、盾を磨いていた男が顔を向ける。

 銀髪のエルフが不思議そうな表情で立ち上がると、おしゃべりをしていた少女らも立ち上がった。

 涎を拭きながら立ち上がる魔法使いの少女は…。

 「あ…アサト?」と眠い声で名前を言うと、大きく目を見開いて。

 「あ…アサトって…アサト君?」と言いながら少女が駆けて行った方向へと視線を向けた。

 その上で高イビキの男は…高イビキのままだった。


 その男に、「インサン!起きて!インサン!アサト君たち!帰って来た!」と顔を叩いて起こすと少女が向かって行った方へと駆け出して行く。

 無理やり起こされた男も、「な…あ?…」と重い瞼を懸命に、というわけでもないが、もっそりと開けて上体を起こすと、両手を上げ、大きなあくびをしながら、 「…まだだろう?帰ってくるのは、もう何日も先だろう?」と聞く、「…ッチ」と冷ややかな男。

 「あぁ…、予定ではな…でも、本当に帰って来たみたいだ」と言葉にすると、その方向へ進み始めた。


 「インシュア…行ってみましょう」とエルフの女。

 テレニアである。

 インシュアは石の上に立ちあがると、遠くに見える2人の姿と、その姿に両手を広げて走ってゆく尻尾と耳のある少女を見て。

 「マジ…帰って来た!」と叫ぶと石から飛び降り、もっさりと走り始めた。

 その後をテレニアが、「待っていたもんね…。なんか、かわいいね」と傍にいる見習い神官の少女らに笑みを見せた。


 「あれ?」とアサト。

 誰かが駆けてくるのが見えた。

 その姿は…耳に尻尾、そして、小さく弾む胸に大きな笑顔…。

 「あ…あぁ~~、チャ子!チャ子!」と大きな声で駆けてくる姿に手を振り答える。


 チャ子はスピードを上げて草原を駆け、アサトの傍に来ると大きく飛んで抱きついた。

 その姿を見て驚くジェンス。


 「お帰りぃ!アサトォ!」とチャ子。

 「うん…ただいま」とアサト。

 少し触れ合ってからチャ子を離し、「あれ?チャ子背が伸びた?」と聞く。

 「ウン!」と相変わらずの大きな笑顔で頷いて見せた。

 その笑顔に、「そっかぁ~」とアサト。


 確かに、耳も尻尾も動物に近い大きさであり、体は女性になり始めていた。

 身長も、ここを出る頃は胸あたりであったが、今では、アサトの鼻辺りに頭のてっぺんがある。


 「成長…早いな…」とアサト。

 「ウン。母さんと同じくらいになった…だから、逃げれる!」と言い笑顔を作った。


 …だから逃げれるって…。


 駄々をこねていた頃のチャ子を思い出して、少しおかしくなった。

 あの頃は、文字の勉強が嫌で逃げていたら、ミーシャに連れていかれた、両足を突っ張って抵抗していたが、それでもかまわずに引きずって行かれた姿…。

 このくらい大きくなれば、さすがのミーシャも引きずれないでしょう…。


 「あさとくぅ~~ん…」と、ニット帽にノースリーブ、そして、ミニスカートの女の子が名前を叫んで走ってくる。


 …だれ?


 チャ子はジェンスの周りを匂いを嗅いで回っている。


 「おかえりぃ~~あさとくぅぅぅぅん!」と…確かに叫んでいる…でも…。


 …だれ?


 その方向から見慣れた姿も走って来た。

 オールバックにノースリーブ姿…は見慣れていないけど、その形は見慣れている、インシュアだ。

 その後ろには腕組みをして、相変わらずの冷ややかな視線で向かってくる姿に、そばには銀髪のエルフ。

 その後ろは…見慣れない姿が4つ…。


 「お帰りぃ…アサト君!」と駆けて来た少女が、目の前に立ち手を掴むと胸に押し当て。

 「待ってたよ!」と笑みを見せた。


 「あ…れ?レニィさん?」とアサト。

 その言葉に「ウン!もう忘れたの?」とレニィが言葉にした。というか…、最後に会った時とは雰囲気がガラッと変わっていた。


 あの時は…神官服をしっかりと着て、こんな言葉と言うか、態度では…でもないか…ポドリアンやグリフを恫喝していた、それを考えると、この雰囲気もありなのでは?


 「あぁ…覚えているって言うか、なんか雰囲気が…」と言葉にすると。

 「ウン。」と言い少し離れて、「どう?」と聞く。

 「どう?って…言われても」とアサト。

 「実はね…神官やめたの!」と言い笑みを見せた。


 「え?やめた?」

 「ウン。なんか、デブ髭に旅に出たいか?って聞かれて、ウンって答えたら…魔法使いにされてしまった」とニハニハと笑う。


 魔法使いにされたって…。


 「どうして?」とアサト。

 「うん?なんかね…。『夜の王』?討伐のチームに魔法使いがいないからどうだって聞かれて、いいよ!って言ったら、魔法使いにされた」と再び二ハニハと笑う。


 …夜の王って…。


 「え?知っているの、夜の王?」とアサトはちょっと驚きながら聞く。

 「いや…全然。でも、海渡れるなら…OK!」と親指を立てた。


 この人…ホンとキャラが変わって来たし、ポッドさんを…デブ髭って…。

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