第3話 スイルランドの村にて… 上

 雪が降り始めている北部の国…スイルランド。

 大きく聳えたつ『エナラブ山』の麓にあるエルフの村は、周囲を高さ20メートルほどの針葉樹に覆われた場所にあった。

 小さく拓けた場所に高床式の建物が十数軒、約10年前に吸血鬼の王『グラハル・リバル』に街を焼かれたエルフがここに新しい住処を築いていた。

 高さ8メートル程の3階立ての建物があり、その屋根から『エナラブ山』が見える。


 時間は深夜…。


 辺りはひっそりとしている、柔らかに振り始めた雪が、月明かりに照らされて舞い降りていた。

 少女は膝を抱えながら、『エナラブ山』中腹に見える城を見ていた。

 この行動は毎日である。

 近くの木には、見張り台があり、そこには年若きエルフの青年が村周辺の警戒をしている。


 「シノブ…」

 屋根の面に設置している扉が開く音が聞こえ、その向こうから声が聞こえて来た。

 シノブと呼ばれた少女は、その声に振り返る。

 そこには、銀色に輝く髪によこに長く伸びた耳をもつエルフの青年が顔をだしていた。

 その青年を見てから、『エナラブ山』中腹にある城に視線を移し、小さく息を吐く、その息は真っ白な塊で宙に吐き出されると、ゆるくやんわりと消えて行った。

 立ち上がった少女は、外套の襟を立てなおし、顔を出している青年の方へと向かって進んだ。


 建物に入る。

 辺りは冷え切り、そして、静かである。

 寝静まった建物内を、青年の照らすランタンの優しい光の先を見ながら進む。

 3階建ての建物の階段を降りて2階に着くと、部屋まで送ってくれる青年。

 シノブは部屋の前で小さく微笑むと、青年はおやすみと小さく声をかけ、向かいの部屋へと背をむけた。

 静かに扉を開いた時、部屋が明るい事に振り返る。

 部屋へと入り、扉を閉めようとしていた青年が、シノブの視線に瞳を細くし、ゆっくりと扉を開けてシノブの元に戻り、腰につけている短剣を抜いて扉の取っ手をシノブから受け継ぐと、ゆっくりと扉を開けた。


 確かに部屋は明るい、そして、その女は…小さく妖艶な笑みを見せて笑っていた。

 扉が開いたのに気付いてゆっくり見る。

 そこには、なまめかしいウェーブのかかった髪は黒みが強い紫色で、背中の中ほどまでの長さがあった。

 優しそうな目元と小さく潤いのある唇。

 口元…、下唇のちょっと右下には、魅力的に感じるようについている黒子ほくろ…、女性が微笑むたびに、その黒子があいらしくゆっくりと動いた。


 その女と話しているのは、ベッドに上半身を起こして壁に背を預けている女性、黒い髪は一つに束ね、その髪を肩から前に垂らしている。

 細い眉に疲れ切った瞳、その瞳は黒である。

 しとやかな表情の女性は扉を見ている。

 なかに入る青年とシノブ。


 「あらぁ…」と女性が声をかけると、青年が短剣を手前に構えた。

 「…クレアシアン…」と青年が言葉を発すると、シノブは、その名前に弾かれたように中に入って来て、腰の刀を抜いて構えた。

 上段の構えである。


 その二人を見て、小さく微笑むクレアシアン。


 「スクラット、シノブ…仕舞いなさい」と女性が冷静な声で2人に言葉をかけた。

 「エルフの坊や…スクラット…久しぶりね…」とクレアシアン。

 スクラットは、ベッドに座っている女性を見る。

 「そして…、その子がぁ?」とシノブを見て笑みを見せる。

 その表情にシノブは小さく腰を降ろす。


 「…シノブ…。」と女性。


 両手で刀を持っているシノブは、柄の握りに力を込める。

 「…フフフ」とクレアシアンは小さく笑い、「この子が…、あなたが言っていた、私を殺す為に鍛えていた子…なのね?」と言い女性を見た。

 「…その子は、私の娘。」と言葉にする女性。

 「あら…アズサぁ~。娘なの?」と少し驚いた表情を見せ、シノブを見る。


 150センチ程の身長しかないシノブは、腰を一層低くして、クレアシアンを見上げた。

 「…まぁ~こわいわぁ…」と言い小さく微笑む。

 柄を握っている手にスクラットが手を置く、その手の感触がシノブの緊張を解いた。

 右手の上に置かれている手を見る、真っ白く細い手が、シノブの手を覆い、その手は、肌の色には合わないように暖かかった。


 クレアシアンは、二人を見ながら、そばにある小さな暖炉に進み、その暖炉に細い薪をしなやかに落としてから、アズサを見た。

 シノブは刀を鞘に仕舞い、アズサの方に進み、スクラットはシノブの後について進んだ。


 「…今夜は…静かね…」と傍にある窓から外を見る。


 満月に照らされた森が、振り出した雪に色を変え始めていた。

 黒が白に覆われ始め、針葉樹の緑に優しく白が覆いかぶさり始める。

 遠くからはフクロウの鳴き声が、優しく、また、時の流れを感じさせないようなゆっくりとした音色で小気味いいリズムを奏でていた。


 「おかあさん…」とシノブはアズサのベッドに座り、細くなった手の平に手を乗せる。

 その手を交じり合わせるように指を絡めるアズサ、その手の手首には、幅が2ミリほどの紫色の線が、アズサの手首を一周しようとしていた。

 その線に視線を移して見るシノブは、ほとんど一周している線を見ると、アズサに視線を向けた。


 「大丈夫よ…」と弱くアズサ。

 「…そうね…」と傍にあるロッキングチェアーに腰を降ろしたクレアシアンが、自分の指を見ながら言葉にした。


 「どう言う要件だ」とスクラット。

 「要件?…そうね…」と言いながらチェアーを揺らし始める。

 「…そろそろかな?って思ってねぇ~~、それに…」と言い、見ていた手から視線を下腹部に向けて小さく笑みを見せた。


 「お母さんは…死なせない!」とシノブ。

 クレアシアンは、シノブの声に小さく、そして、妖艶な笑みを見せ、「そんなこと言ってもねぇ~~」と言いながらシノブに視線を移し、「その子…ナガミチの坊やと違って…怖い子ね…」と言葉にした。

 「そう…ね…、あなたに似たのかな…アズサ?」と付け加えると、下腹部に優しく掌を置いてリズムを取り始める。


 「そうかもね…」とアズサ。

 その言葉に、小さく笑みを見せるとロッキングチェアーを止めて立ち上がり、再び窓へと進んだ。

 「あらぁ?」と言い目を細める。

 「…なにが…見える」とスクラット。

 クレアシアンは背中越しに、「…あなた達の…天敵?」と言うと振り返り小さく笑みを見せた。

 一同を見るクレアシアン。

 「…楽しくお話が出来て良かったわぁ、アズサ。」と言い妖艶に微笑む。

 「わたしもよ、クレアシアン」とアズサ。

 その言葉に首を小さく傾げて笑みを見せると、何かを思い出したかのような表情を見せ。


 「…そう、あなたに伝えたい事があったの…」と言い、窓辺に寄りかかり、窓から外を見る。

 「…ナガミチは…」と言葉にすると……。

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