第8話 二階のオアシス

 亮二が朝食を作り終えたタイミングで、姉や妹がダイニングに集まる……。


 テーブルにはトーストされた食パンと、サラダが添えてある皿に盛られたトマトソース付きのスクランブルエッグ&ウインナーに、乳酸菌アピール強めのカップヨーグルトやホットコーヒーが4人分並べられていた。


 (ふぅー、今日も朝から頑張った!)


「あれっ? は?」


 自分の母親がいない事にようやく気付いた亮二が、姉の綺羅に聞く。


「とっくに病院。午前中にが入ってるみたい」


 日曜日に珍しく予定がない綺羅が、トマトソースを上唇につけながら答える。


 母親の早智さちは循環器科の医師で、食卓に現れない事は頻繁にあった。病院での彼女は『美人医師』と評判もいい。

 亮二の姉や妹達は個性はあれど母親の美しい顔を見事に継承しているが、亮二だけが平凡な父親の顔をどうしてか色濃く受け継いだ。


  (仕方ない……一緒に食べるか)


 亮二は母親の席に着き、自分で用意した朝食を食べ始めた。



「亮二ぃー、ママレードジャム!」


「兄貴、弁当はそこの手提げに入れといてよ!」


「もう一枚パンを焼いて! 亮二」



 (だから一緒に食べたくないんだよなぁ……)


『食事はキッチンで!』……亮二が日頃からそれを望む理由が、この日の朝食風景に凝縮されていた。




 加奈子と美海が出掛けた後――。


 卵粥の入った小さな土鍋と取り皿やレンゲ、ペットボトルをお盆に乗せて、亮二が2階へ上がる。


 一番奥にあるオアシスへの入り口を数回ノックした後、元々少しだけ開いているドアを足で押し開けた――。


「にーちゃん、おはよう」


 亮二に気が付いた少女がベッドで体を起こし、その際に乱れたボブヘアーの横髪を耳に掛ける。


「おはよう、菜々美ななみ。具合はどうだ?」


「今日は苦しくないよ! 心配してくれてありがとう」


 菜々美はニッコリ笑った。


「そうかぁー。良かった!」


 兄の亮二はその笑顔に、一瞬でほだされる……。


  (何て可愛いんだ! 他の鬼女きじょ共とは、大違いだ )


 佐久間家の末っ子――最近13才になった妹の菜々美は心臓が弱く、もうすぐ夏休みだというのに中学校へ1度も登校ができていなかった。

 それでも健気に病気と向き合う可愛い妹の為なら、亮二は常にどんな事でもやる気でいる。


 真新しい制服を着た菜々美の姿を拝む時に備え、一年分のバイト代を全て費やしてまで、ビデオカメラと一眼レフを買う程に、亮二は菜々美を溺愛していた。


「にーちゃん、明日は用事で朝早く学校に行くけど、朝食はしっかり食べるんだぞ!? 用意しておくからな」


「はーい!」


 文句の付けようがない、天使の笑顔――。

 亮二は、溶けそうになる自分の頬を両手で押さえつつオアシスを後にし、鬼女が巣くう砂漠へと帰った。

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