第6話 工場の主

 リサの部屋を出た亮二は再び廊下を歩いて、地上に繋がる出口へと向かう。


 その手にはリサに『就職祝い』だと渡された、不可解なバスタオルを握っていた。


 亮二自身もまだ把握しきれていないが、基地は地上2階、地下93階の巨大施設で、部屋は全て1階の廊下と繋がっている。

 起動スイッチ等も無く、基地の関係者が軽く念じるだけで脳波に反応し、希望する部屋へ通じる自動ドアが現れる仕組で、基地内であれば部屋の方が移動をしてくれるのだ。


 亮二が10メートル先に現れた自動ドアを抜けると、男性の声が聞こえた。


「調子はどうだい?」 


 ドアの前でパイプ椅子に腰を掛ける、目が大きく坊主頭で、恰幅かっぷくのいい年配男性――。

 彼はステンレス製のマグカップを両手に持ち、亮二を見据えている。


「思考は問題ありませんが、体がまだ……」


「お前の体は知らんっ! に決まっているだろ!」


  (……へ? 何故にタオル?)


 予想もつかない唐突な「タオル」に、亮二は顔をしかめた。


「俺の作品は世界一軽い。そして丈夫だ。肌触りもどこにも負けん! そら、良く確かめてみろ!」


 老人の勢いに押され、言われるがまま手に握りしめていたバスタオルを亮二が撫でる――。


 太陽を浴びた後の様な、ふわふわとした制御を知らない柔らかな感触と香りに、亮二が目を見開いてうなずく。

 年配男性は「そうだろう」と満足気に、冷たい緑茶の入ったマグカップを彼へ渡した。


 亮二はこの時に、自分が今いる場所と老人の正体を認識する。

 渇ききっていた喉を一気に潤し、お礼と共にマグカップを男性に返して、彼は辺りを見回した。


「今日はですか?」


「日曜日だからな……しかしどうしても早く渡したくて、お前を待っていた。俺は『宮前三郎みやまえさぶろう』……ここの主だ!」


 三郎の自己紹介が終わり、天井が目をくらますほどの光を宿す。


 明かりと共に現れた施設は、高品質な織物を製作する聖地だった――。


 そこはタオル工場……体育館サイズの広い建物の中に、三郎こだわりの織機しょっきや乾燥機等の機械類が置かれている。

 隅にある透明な部屋の大きな棚には、美しく折り畳まれた子供タオル達がビニール袋を纏い、キレイに積まれていた。


「お前達のも担当している。大佐の軍服より良いものを仕立ててやるから、楽しみにしていろ!」


 工場の主は数あるミシンの1つを撫でながら自信たっぷりにそう断言し、亮二を見送った。

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