05.甘き魔の誘い

 ――暗い。いや、

 視界が全て闇に埋め尽くされている。目を閉じているのか開いているのかも判然としない。

 体中の感覚が希薄で、自分の体が今どんな状態なのかも分からない。


(――ここは、どこだ?)


 何か薄い膜がかかったかのように、意識もはっきりしない。

 自分が何者でどこにいるのか、今まで何をしていたのかも上手く思い出せない。

 ――と。


『よくぞ我が迷宮を踏破した、強き者よ』


 どこからともなく、そんな声が聞こえてきた。

 低くしわがれているが不思議とよく通る、つい最近どこかで聞いた覚えのある何者かの声が。


『此度の勝負ゲームは私の負けだ。今までの達は、私のもとへ辿り着く事さえ出来なんだが、貴公らは見事に我が分身体を倒してみせた。更には、迷宮崩壊という試練にも負けず、見事に脱出を果たしてみせた……。魔導王国においても、貴公らのような強き者は稀有であったぞ』


 その何者かは、心底愉快そうな声音で語り続ける。

 ……勝負ゲーム? 駒? 一体何の事だろうか……。


『もっとも、、あれは反則であるがな。まさかこの時代に、あのような傑物が生まれていようとは。……ああ、案ずるな。貴公の主は生きておるぞ? 我が至宝の一つとして、末永く愛でさせてもらうとしよう』


 ……俺の主? それは……あいつの事か?


『退屈な時代にと思っていたが、中々どうしてこの時代も愉快ではないか! 貴公らのような強き者もいる。勝負ゲームの相手となる優秀な指し手プレイヤーもいる。――これからの戦いも楽しみであるぞ』


 ――これからの戦い? 指し手プレイヤー

 どういう意味だ? お前は何を言っているんだ……?


『他の地下迷宮にも。機が熟するまで、まだしばしの猶予がある。……備えるがよい、新たな混沌の時代に!』


 ――その声はいつしか熱を帯び始めていた。

 何か、とても重要な事を言っているはずなのだが……駄目だ、頭の中がぼうっとして、考えがまとまらない。


『ふむ、いかんな。目覚めてからというもの、どうも饒舌になっているようだ。また喋りすぎだと、に苦言を呈されてしまうな。無駄話はここまでとしよう。

 ――さて、強き者よ。「閉ざされし時空の迷宮」を見事踏破した貴公には、迷宮の主として褒美を与えねばならんな』


 ――褒美、だと?


『――貴公、とは思わぬか? とは思わぬか? 我が迷宮の秘術を持ってすれば、命を落とした者を救う事が出来る。過去のただ一点の過ちを正し、結果を変える事さえ出来よう。……さあ、如何に?』


 ――その問いかけは、まるで蜜のような甘い響きを放っていた。

 彼らを、俺達を救う為に命を落とした彼らを助けられる? やり直す事が出来るだって?

 そんなの、考えるまでもない。


 俺の答えは――。


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