04.最後の一撃

「くそ、何てしつこい奴だ!」


 目を凝らすが、大通路の向こう側は暗闇が支配しており、ドラゴンゾンビがどの辺りにいるのかは分からない。

 だが、今の咆哮の大きさからして、そう遠くはないはずだ。


「ど、どうする!?」

「まだ距離はあるみたいだが、もし転送開始前に奴が襲い掛かってくるようなら……」


 ――俺が奴を引き付けて、その間にリサとアーシュに脱出してもらうしかない。

 そう考えた俺は、戦槌を床に置き、愛用の短剣を引き抜き、いつでも打って出られる姿勢を取る。

 だが――。


「駄目よ、ホワイト君! どうせ一人であいつを引き付けるとか、考えてるんでしょう!? そんなの……絶対に許さないわ!」


 アーシュには俺の考えなどお見通しだったようだ。

 目に涙を溜めながらそんな事を言われたら……流石に俺も覚悟が鈍る。だが、アーシュの次の言葉は、そもそも俺の覚悟自体が無駄である事を示すものだった。


「そもそも、この転送魔法陣は必要な人員が揃っていないと発動しない種類よ? 恐らくだけど、ホワイト君がここから出ていったら、転送処理自体が止まるか、一時中断されると思う……。どちらにしろ、ここから出ては駄目よ」

「げっ……。それじゃあ、ここで奴を迎え撃つしかないって事か」


 確かに、アーシュの仮説は筋が通っている。

 俺達三人が入らないと起動しなかった魔法陣なのだから、一人が抜ければその処理が止まってしまうかもしれない。


 一瞬、「俺がわざとドラゴンに喰われればどうだ?」という馬鹿な考えも浮かんだ。

 だが、それで魔法陣が再起動したとして、また180セグンドからカウントダウンが始まるようだったら、転送は間に合わず、リサとアーシュもドラゴンゾンビの餌食になってしまうだろう。

 どちらにしろ、ここで迎え撃つか、ドラゴンゾンビがこちらに近寄って来ない事を祈るしかない。

 ――しかし、事はそう都合よく進まないようだ。


「……まずいわね。あいつ、こっちに向かって来てるわ」


 魔法の眼鏡で「遠見」をしていたアーシュが、青ざめた顔色で俺達に告げた。

 どうやら、この大通路の暗闇の先で、ドラゴンゾンビがこちらに向かって這い寄ってきているらしい。

 そう言えば、先程から微かに、何やら鈍い音が響き渡っているようにも聞こえる。大通路に横たわる残骸や、残存の魔物達を轢き潰しながら移動しているのかもしれない。

 やがて――。


『転送開始まで、あと60セグンドです』


 記録音声がそう告げたのとほぼ同時に、暗がりの向こうにドラゴンゾンビが姿を現した。

 のたうつ大蛇のように身をくねらせ、周囲の瓦礫や魔物の遺骸を押し潰しながら、物凄いスピードでこちらへと迫って来ていた。


「……まずいな。あの速度じゃ、転送開始前にこちらへ辿り着くぞ――アーシュ、まだ魔法は撃てるか?」

「『爆裂』の魔法は残りの魔力だと厳しいわね。あとは、『電撃魔法ライトニングボルト』か『火球ファイアボール』か……。もしくは『魔法の矢マジックミサイル』みたいな初級魔法を連発するか……。どれも多少の足留めにはなるかもしれないけれど、あまり効果的じゃないわね。『氷の壁アイスウォール』も、この通路の広さを考えると一瞬の足留めにしかならないわ」


 アーシュの魔法はどれも強力だが、強い魔法抵抗力を持つドラゴン系統の魔物には有効打にならない。

 本人も言っている通り、多少の足留めにしかならないだろう。


「なら、幻覚魔法はどうだ? あのドラゴンゾンビは、まだ五感が残っている様子があったはずだ」


 俺が相対した時、ドラゴンゾンビは俺の姿や挑発の声に反応を見せていた。ならば、幻術の類も効くのではないだろうか?


「……多分駄目ね。ドラゴンの魔法抵抗力の高さは並じゃないわ。幻覚魔法は、虚像を創り出すのではなくて、相手の五感を狂わせるものだから、ドラゴンゾンビには効かないと思うわ。それに、万が一効いたとしても、こちらの位置を見失うような事はないはずよ。

 あの手のアンデッドは、。だから、いくら幻覚を見せても私達の気配を見失う事はない……」


 なるほど、ドラゴンゾンビが俺達の跡を正確に追ってくるのは、そういう理由からか……。

 ――そうこうしている内にも、ドラゴンゾンビは更に迫りつつあった。もう迷っている時間は無い。


「アーシュ、『電撃魔法ライトニングボルト』だ! 以前の戦いでは、『電撃魔法ライトニングボルト』であいつの動きが少しだけ鈍ったように見えた! アンデッド化してても、その点は変わらないかもしれない。まずは一発食らわせて、効果があるようなら一定間隔で撃ち込んでくれ!」

「分かったわ! 確かに、直接のダメージにはならなくても、電撃なら筋肉の動きに多少の影響は与えるかも……これが最後なんだから、魔力が切れるまでやってやるわ!」

「……あと、これはあくまで保険なんだが、『魔法の矢』一発分位の魔力は残しておいてくれないか?」

「……? 分かったわ。やってみる!」


 流石に俺の意図は伝わらなかったのか、アーシュは一瞬首を傾げたが、すぐに気持ちを切り替えて『電撃魔法』の準備に入った。


 ――『電撃魔法ライトニングボルト』。その名の通り魔力を電撃に変換して放つ攻撃魔法だ。

 電撃は特に生物に対して効果が高い。原理は分からないが、強い電撃を受けると動物の肉体は痺れたようになって上手く動かなくなる。当たり所が悪いと、そのまま心臓が止まってしまう事もあるくらいだ。

 電撃による熱や衝撃も中々に強力であり、『火球』と同じく上級魔術師を代表する魔術の一つだ。


雷光よレランパゴ!』


 アーシュの古代語と共に、構えた杖の先から電撃が迸る!

 電撃はバリバリと空気を引き裂きながら、あやまたずドラゴンゾンビへと直撃する――どうだ?


『GRUUU!?』


 一瞬だが、ドラゴンゾンビが苦しそうな呻きを上げ動きを止めた――が、またすぐに動き出す。

 しかし、やや進行速度が落ちているようにも見える。……直接的なダメージには繋がっていないようだが、足留めにはなっているようだ。


「次々行くわよ!」


 効果ありとみたアーシュが、更に「電撃魔法」を放つ。

 一撃、二撃……三撃。その度にドラゴンゾンビは一瞬動きを止めるが、またすぐに動き出す。こうなってくると、ドラゴンゾンビとアーシュの根競べ状態だ。

 だが、「電撃魔法」は「爆裂」の魔法ほどではないにしろ、高等魔術に入る代物だ。魔力消費量も決して少なくない。

 十発目を数える頃には、アーシュの魔力は限界に達し、肩で息をするようになっていた。体内魔力を使い過ぎて、衰弱状態になりかけているのだ。


「まだ……まだ!」

「アーシュさん、その状態じゃもう無理よ!」


 アーシュの状態を見かねて、リサがすかさず止めに入る。

 精霊使役と古代語魔法。分野の違いはあれど、どちらも体内魔力を消費して力を行使する事に違いはない。アーシュがこれ以上「電撃魔法」を使えば、命の危険があるとリサは判断したのだろう。


「でも、まだドラゴンゾンビが……。この距離だと、ギリギリ間に合わないわ……」


 確かに、アーシュの言う通りドラゴンゾンビはもうすぐそこまで迫っていた。

 対して、転送開始までは体感であと20セグンド。このままでは、ドラゴンゾンビは転送開始前にこちらに辿り着く。が……そんな事は絶対にさせない!


「いや、あと数秒は俺が稼ぐ。……アーシュは俺が合図したらに『魔法の矢』を撃ってくれ」


 言いながら、俺はある物をアーシュの目の前に突き出した。アーシュはそれを見て全てを理解したのか、静かに頷いてくれた。

 ……ここからは俺の出番だ。


 予め組み立てておいた愛用の小型弓に、手にしていた物――一本の矢をつがえ、限界まで弓を引き絞る。

 そのまま、狙いをドラゴンゾンビの眉間に定め、有効射程に入るのをじっと待つ。


 考えてみれば、奴は大通路に来てから一回も吐息ブレスを使う素振りを見せなかった。

 ドラゴンの吐息には一日に使える限界があると言うが……もしかすると、ダリルとドナールが奴の吐息を限界まで使わせてくれていたのかもしれない。

 ――二人の、いやグンドルフも含めて三人の為にも、この矢は外せない。


『――転送開始まで、あと10セグンドです』


 ドラゴンゾンビが迫る。

 人間の足なら、10セグンド以内には辿り着けない距離だが、今の奴の速度は俊敏な肉食獣並だ。余裕を持ってこちらへと辿り着くだろう。


『――転送開始まで、あと5セグンドです』


 有効射程ギリギリ……祈りを込めて、矢を、放つ!


 ――放たれた矢が、空気を切り裂きながら進む。

 激しくのたうつドラゴンゾンビの頭部は、大きく左右に揺れ動いている――が、タイミングを見計らって放たれた矢は、緩い弧を描いて飛び――見事、ドラゴンゾンビの眉間へと直撃した。


 ――だが、矢はドラゴンゾンビの硬い鱗を貫通する事無く、甲高い音を立てて弾かれる。

 威力不足――なのは先刻承知済み。俺の狙いは、


「アーシュ!」

魔弾よミシル・マヒコ!』


 俺の合図に合わせて、アーシュが「魔法の矢マジックミサイル」を放つ――魔弾は音よりも速く駆け抜け――宙を舞っていた

 ――瞬間。


『GRUUUUUUU!?』


 ドラゴンゾンビの眼前で、激しい閃光と炸裂音が広がった。


 ――俺が最後に放った矢は、「魔硝石ましょうせき」製の矢じりを使った物――ヴァルドネルとの戦いで、奴の虚をつくの一役買ったのと同じ物だった。

 「魔硝石」は、魔力を浴びると激しい閃光を放ちながら破裂する。殺傷能力は無きに等しいが――その閃光と破裂音は、生物の視覚と聴覚を激しく刺激し、一瞬その行動を委縮させる。

 野生の動物だろうが屈強の戦士だろうが、古代の魔導師だろうがドラゴンだろうが、例外なく、だ。


 不意の閃光と破裂音に動じないのは、巨兵のような人造物か、骸骨戦士スケルトンのように五感を全て失ったアンデッドだけなのだ。

 もし、ドラゴンゾンビの五感が失われていたら、この手は使えなかっただろう。


『GRUUUUUUUAAAA!!』


 とは言え、行動の自由を奪えるのは一瞬だ。すぐに、ドラゴンゾンビは閃光と破裂音の衝撃から回復し、こちらに襲い掛かってくる。

 だが――。


『――転送処理、準備完了。これより転送を開始します』


 その一瞬が、俺達の勝因となった。

 転送魔法陣がまばゆいばかりの輝きを放ち――刹那、俺達の世界は白一色に染まった。


 そして次の瞬間――俺の意識は真っ暗な闇へと落ちていった。

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